26話 病院行け
…晃成から心情の読み取りの解読についてのヒントを教わった翌日。相変わらず梅雨で薄暗い雲の中、俺達は授業を受けていた。
「〝歯を食いしばった、拳を握りしめた〟…?えーっと…この時の、登場人物の気持ちを…天官君、代弁して下さい…?」
…なんか都合良く、俺にその問題が回ってきた。蒼馬に勝負を仕掛けられるという事をされていなければ、この問題には手も足も出なかっただろう。蒼馬、未来予知の才能があるのかもしれないな。
俺はその文章から心情の大体を察し、そして答える。
「…〝何も出来なくて、彼女を助けられなくて、悔しい〟…ですか?」
「…そう、ですね…?大体、合ってます…?」
…なんとか及第点を貰えたらしい。昨日の出来事が無かったら多分俺は〝自分を痛めつける行為が凄く心地良く感じた〟とかいうドM思考をした登場人物だと解釈していた事だろう。いや最低過ぎる解釈で引くわ。もう少しまともな解釈が出来ないのか。
…だが文章全体を見る事で、不思議と心情が読めるようになってきた。その行動理由や原因と繋ぎ合わせ、答えを導き出せるようになった…この調子なら、成績の向上に繋がるかもしれない。
…現在俺は、蒼馬のテスト勝負を受け入れる形になっているが…それも、悪くないかもしれないな。
「…む〜…」
「……」
…何故か隣の席の人の視線が凄く不満そうだ…なんで?
いくら俺が周りの雰囲気を読めるからといっても、こればかりは流石に分からない…京さんが特殊な思考回路をしている人だからだと思う。
そもそも人の心をなんとなく察す事が出来ても、それが本当に合っているとは限らない。答えは分からない訳だしな。
「……」
一応晃成からヒントを貰って、自分なりに考えた事がある。
…文章の中の世界に入り込んで、それで心情を予測する…それだったら、俺という物語に関係無い第三者が何かしらのアクションを取れば、何が起こるか。それが予想出来れば、更に模範解答に近づけるのではないか、と。
…試しに、現実でそれを実践してみよう。
「……」
「──!?」
…俺は、京さんの方に顔を向けた。視線を合わせるだけでも良かったが、生憎と相手からこちらの目は見えないからな。
バッ!!
そうすると…京さんは直ぐに視線を逸らした。
(…う〜ん…怖かったのか?)
まあ前髪重い幽霊みたいな奴が突然こっち見てきたらそりゃビビるわな。俺もやられたら叫ぶ自信あるぞ。
…幽霊みたいな見た目の奴がホラー耐性ゼロで、同じ事やられたら叫ぶって…許されるのだろうか?許されるなら是非とも許してほしいものである。
…ってか、つまり俺は不用意に人を困らせている要因なのでは?なんだか悲しくなってきた。
「…ふぅ〜…」
…相当ビビったらしいな。不自然なまでの深呼吸をしているのがその証拠だ。
そもそも俺は誰かをビビらせたい訳じゃないのだが…まあ、それよりも素顔を見られる事の方が嫌だからな。許せ、皆。
[視点変更:京瑞葉]
(びっっっくりした…!!)
本当にびっくりした。だって急にこっち見てくるんだもん…!
心臓がまだ、ドクドクと激しく脈打っている。それどころか、脈打つ鼓動は留まることを知らず、心臓の早鐘はだんだんと間隔が短くなっていく。全身の血液が熱くなり、循環しているのが見えなくても感覚で分かるくらい。
私は誰にも悟られないよう、顔を教科書で不自然でない程度に覆う…教科書の文字が近いのが、何かと落ち着く。
「すぅ〜…はぁ〜…」
ゆっくりと深呼吸…深呼吸を…。
(──ッ、出来ないッ!!)
深呼吸をすればする程落ち着く、までは良いのだけれど…それと同時に脳が活性化されて、その分を埋めるように天官君の思考で埋め尽くされる。その度に呼吸が一瞬止まって、満足に呼吸も出来ない…深呼吸が意味を為さない瞬間だ。
(というかなんでこっち見てきたの!?今までそんな素振り見せなかったのに…)
落ち着け、落ち着け私…ここは理論的に導こう。そう、落ち着いて理論的な解答を…。
「…………」
………。
──あ〜もう…!全然頭が回らない…!普段なら出来ている事が、いざ実践となると緊張しすぎて出来ないみたいな感じがする…!
極度の緊張状態が引き起こす軽度のパニックは、思考を疎かにするもの…それがまさか、ここまでだなんて…。
…一旦、考えないようにしないと…本当にヤバいかも。
[視点変更:天官零]
「叡、蒼馬…俺はお前達に言いたい事がある」
「ん?なんだ?」「ん?何?」
…授業の合間の休憩時間…授業という名の劇の幕間みたいな時間に、俺は丁度良くこちらへと来た叡と蒼馬に話し掛けていた。
…都合が良過ぎて、狙ったんじゃないかと疑ったが…まあこの反応を見るに、俺が何を言いたいのかは分かっていなさそうだ。
…まあ、お陰でなんの躊躇いも無く言えるが。
「…耳貸せ」
俺が二人にそう合図をすると、二人は一瞬疑問符を浮かべたが…直ぐにこちらに耳を近づけてきた。
…まあ、これで周りに聞かれないだろう。
──だったら、これも言える訳だ。
「蒼馬との勝負、受けてやるよ」
「…!本当?」
「こんな嘘誰が吐くんだ…」
…これは、一応考えた事ではある。そもそも俺が蒼馬に勝てない、と思っていた理由は国語の点数が原因だ。逆に言えば、国語以外なら良い勝負が出来るのだ。
ボキャブラリーだけなら蒼馬よりも全然あるから、英語は勝てる。数学はほぼほぼ満点取れる自信があるからイーブン。社会や理科などの癖の強い問題が来られるとアレだが…2回目だからな。どんな問題が来るか、分かっていれば対策も容易だ。
…そう。国語が一番の肝で、最難関。テストまでもう時間が無い。
──短時間で、どれだけ国語力を伸ばせるかが勝負の分水嶺。
「え?何?お前等なんか勝負してたか?」
「うん。一昨日、通話でテストの点数を競おうって僕が提案して…」
「あー、アレか…俺が参加すると毎度の事ボコボコにされるヤツ」
「うん、なんかごめんね?」
…まあ、これは余談だが…以前に叡と蒼馬は二人で鬼畜の盛り合わせ、難易度異常の100問テストを解いた事がある。一問一点、少しでも間違いがあれば直ぐ様×をつけられるテストで点数を競っていたのだ。
…その結果は…見るも無惨なものだったな。
叡が12点なのに対し…蒼馬はその8倍の96点。最早どこ間違えたのか凄く気になるところだ。
アレ程の難易度を持ったテストで12点を取る叡も凄いには凄いのだが…やっぱり蒼馬が馬鹿みたいに頭が良い。矛盾した表現だが。
…それで、叡は二度と蒼馬とテストの点数で勝負をしなくなった。めでたしめでたし、ってヤツだな。
「でも…零が受けてくれて嬉しいよ。やっぱり僕が満足に相手出来る人との勝負だからね」
「…ま、蒼馬がテストで手を抜かなければ、相手出来るのは零くらいだわな…そう言えば、蒼馬って以前のテスト結果どうだったんだ?学年2位のヤツ」
「ああ、アレね…全部きっちり95点を取ったよ。それでもトップじゃなかったのには流石に驚いたけど」
…やっぱり、狙って点を取ってたのか。おかしいと思ったんだよな…あの程度のテストで蒼馬があそこまで点数を落とす訳が無いからな。
これも蒼馬の癖だな。若干点数を落としてしまう、そんな癖。
…まあ、蒼馬なりの保身、なのだろうが。
「──まあ、今回は真面目にやるよ。全部満点目指して、ね」
「勘弁しろよそれ」
流石にオール満点取れるなら苦労しないんだが…ぶざけてんのかな?そうだよな?
「まあ零ならいけるって…ね?」
「コイツ…本当舐めてるな…」
ここ数年は蒼馬に一切勝ってないからな…舐められるのも仕方無いが。
「まあ俺は高みの見物させてもらうわ〜。どうせ勝てねえからな」
「いや、叡も一緒に──」
「ぜってえ嫌だっ!」
…叡はどうやら参加しないらしい。まあ絶対に勝てない勝負は虚しいだけ、という考えがあるのだろう。叡ももっと勉強すれば蒼馬レベルの学力に化けそうなものだが…アイツの場合優先順位は運動に向く。より有意義な方をしたいのは当然だから、止めはしない。
…今度叡とも運動対決をしてやろう。それで良いよな。
「それじゃあ零…勝負だよ」
「気が早いな…テストは数日後だってのに」
…蒼馬は基本的に気が早い。楽しみ過ぎて待ち切れない、ってか?
…本当、面倒な親友達だな。
…今日も放課後勉強。今回も教室で勉強…を、したいのだが。
「……」
(…え、なんで居んの?)
俺の隣で、自分の席から立たない〝お嬢様〟がお一人。落ち着きの無い動きをしまくって、まるで不審者だが…これが入学当初、気品溢れていると思っていた京さんなのだろうか。
…所作を繕ってたとか?確かに俺が見える範囲では所作に異常が見られたが…それでも普段見せている所作は、自然とやっているように見えた。その線は薄いか。
「……」
せっせと何か荷物を纏めている…ように見えるが。荷物の音がしないのはどういう事だ…?
…まあ、気にしないようにしよう。
俺は隣を完全に無視し、目の前の勉強に集中する。
「……」
「……」
「…………」
「…………」
──いや、集中出来るか…!?出来ねえよ…!?
そんなジロジロ見られたら集中しようにも集中出来ない。
そもそも、なんだ?俺がこの人に何か不都合な事でもしたのか?例えば…いや、思いつかん。心当たりあったら苦労しないんだわ。
「はぁ…何してんだ?」
…取り敢えず声を掛けてみる。
「──ひゃぁっ…!?」
え、なんで悲鳴上げたの?もしかして俺やっぱ怖がられてる?
…まあ、やっぱこの髪だもんな…でも、それなら以前までどうもなかったのは何故だろうか。それかもしかして恐怖じゃないのだろうか。
…京さんは悲鳴を上げると同時、机に脚をバン!とぶつけ、その衝撃で机の上の本を落としてしまった。
…なんか落ち着き無さ過ぎないか?こんなものなのか?
「おいおい…」
今までのイメージが崩壊してしまうんだが…これが素の京さんなのか?だとしたら少し面白いが。
俺はその本を拾おうと手を伸ばし…そして。
トンッ
お互いの手が…触れ合った。京さんも同様に、本を拾おうとしていたタイミングだったからだ。
「あ…悪い」
俺は咄嗟に手を引っ込めて謝った。意図してなかったとはいえ、女子の肌に触れるのは男子から恨まれる可能性大だからな。出来れば触れないようにしたい。まあ触れたんだが。
「…ぁ…ぁ…」
…多分怒ってる…よな?顔真っ赤だし。
「えっと…?どうしたんだ?」
呼び掛けても、全く反応が無い。
…こりゃ多分キレてるな。まあこの人、偏見だけど男嫌い凄そうだし。あちこちから告白やらプロポーズやらされまくってるから、男と関わる事が辛いのだろう。だから触れるだけでも、逆鱗に触れ──
「ぁあ…あの…え〜っと…」
………ん?なんか違うっぽいぞ?
普通、キレた時は視線はこっちに向けて相当睨みつける筈だ。怒りの感情は、攻撃の意思が芽生えるものだから。
…だが今、京さんが取っている行動は…目の焦点はまともではなく、身体も妙に落ち着いていない。まるで薬物を摂取したか、酩酊状態であるかのよう。流石にそんなことしてないと信じたいが…人は何が原因でそういう事するか分からないからな。
…まあただ。そうだったら見過ごす訳にはいかない。
「──おい、ちょっとジッとしてろ」
「えっ…?」
俺は椅子から立ち上がり、京さんの方へと歩み寄る。
男女両方に恨まれようが、別に良い。どうせ俺は元から嫌われ者だからな。
「えぇ…!?あ、あの…!」
「良いから、動くな」
俺は京さんの肩を押さえて、固定する。
…なんか、傍から見れば如何わしい状況だが…そう捉えた奴はぶん殴る事にしよう。別に俺はそういう事をしたくない人なんでな。
「…え、ちょ…!」
…焦ってるが…なんというか…あんまり抵抗しないな?普通相当抵抗するものだと思っていたのだが…。
…まあ、良いや。
俺は京さんへと手を伸ばす。
「──〜ッ!」
…そして。
ピタッ
「…うわ、凄え熱」
京さんの額に触れたのだが…凄く熱かった。体温高過ぎだろ…40℃あるんじゃないか?
「ぁ…え…?」
何が起きたか分かっていない、という表情の京さん。まあ…予想と違ったのだろう。想像豊かな〝お嬢様〟は、一体どういう事を想像したのだろうか…分からない。
…まあ京さんがそれ程抵抗しなかった以上、変な想像はしてなさそうだが。
──まあ、取り敢えずは言っておこうか。
「風邪引いたのか?」
「え?」
「ならさっさと病院行け…こうやって無理して学校来なくても良いんだよ…」
…この台詞、叡みたいなイケメンが言ったら凄い萌えるんだろうな〜…とか意味の分からない事を考えながら、更に言葉を続ける。
「なんでこの時間まで学校に残ってるのかは知らないが…一先ず帰れ。それとも傘忘れたか?」
確かに今日の登校時間ではそれ程雨は降っていなかった。多少濡れて風邪を引いても不思議では無いが…濡れた様子は無かったしな…うん、謎だ。
「え、っと…」
「…どうした?」
何やら妙にソワソワしながら、京さんは言った。
「──か、傘…忘れた、かもです…」




