23話 充実の盈満
[視点変更:天官零]
…体育祭の後から、周りが俺を見る目が変わった。それは良い意味でも、悪い意味でも。
…まあそれでも、少しは話せる奴が増えた。それは良い傾向だろうな。
…多分、だけどな。
…でも、特に一番変わったのは。
「……」
「じー…」
京さんだった。
今までは頻繁に見てくる程度だったのだが…現在は。
「……」
「……」
「……なんで付いてきてるんですかね」
現在昼休憩。俺はとある用があって、ある場所へと行こうとしてるのだが…何故か俺の横に、京さんがピタリと付いている。…それを追ってきた大量の生徒達を連れて。
「…!…気の所為じゃ、ないですか…?」
いや気の所為ってレベルじゃないんだが。
「じゃあ何処に行こうとしてるんだよ」
「…屋上ですけど」
「真逆じゃねえか」
階段降りてるんだが?絶対嘘だろ。嘘が下手過ぎやしないか?この人成績は学年一位で間違い無いよな?
「な、なんですか…悪いですか?」
「いや、アンタが近くに居ると困るのは俺なんだが…」
現に注目を集めている。羨ましいだの、なんでアイツがだの、嫉妬ばかりの冷たい視線だ。特にこの人の後ろに、背後霊みたいに付いている男子達の視線が、物凄く痛い。
…ただ、なんだろうか。僅かに、暖かい視線が混ざっているような気がする…なんでだ?
俺は別に、これと言って何かをした訳じゃ無い…あるとすれば、暴走した五十嵐を止めた事か?だがそこから俺と京さんの関係性を見守るなんていう要素が、何処にあるのだろう。
考えても、答えは分からない。
「……別に、どうだって良いでしょう」
「俺の事も考えてくれよ…」
このままだと、俺が周りから消されかねない。嫉妬とは恐ろしいからな…五十嵐のようにな。
「──考えてますけど」
「ん?なんか言ったか?」
「…いえ、なんでも…」
「…?」
さっきから様子が変だ。まあいつもの事なのだが…殊今日に限っては、それとはかなり違う。
「…で、いつまで付いてくるんだ?」
俺は未だに離れる素振りすらない京さんにそう訊ねる。俺としては、さっさと離れて欲しいものだ。
「…そうですね…何処に行くのか教えて貰えたら」
「それ絶対離れないやつだよな?」
離れる条件に行き先を訊ねるって…普通に離れるだけならそんな条件付けないだろ…。
…なら、少し暈して言うか。
「ちょっと呼ばれてな──」
「いつ?誰に?何処に?どのような理由で?」
怖い怖い怖い…!?なんで一つの質問に答えたら一気に大量の質問が飛んで来るんだ…。
「別に関係無いだろ…」
「…それもそうですね。ごめんなさい」
素直に謝ってくれた。根は優しいのか…?
「…分かったなら離れてくれ」
「………はい」
離れたのは良いのだが…なんか渋々離れたって感じだった。
…なんだよそれ、まるで俺から離れたいくないみたいな…。
「…はぁ」
これは面倒だな…どうにかして、対処できないか…?
…先程、俺は京さんに〝呼び出された〟と言った。
それ自体は間違いでは無い。呼び出されたのは、間違い無いから。
しかし、その後に飛んできた質問…それに対する回答が可能なのは、たった一つ。〝何処に?〟という質問にのみだ。
…そう、俺はいつ、その場所に行けば良いのかは分からない。誰に呼び出されたのかも分からない。要件も知らない。その呼び出しは、謎だった。
「…此処か」
体育館裏…まあ目立たない所だ。人気も無いから、人が来れば直ぐに分かる。
「──お、やっと来たか」
「……」
この声は、最近聞いたな。最近と言っても、かなり前の方だが。
「…猪狩か」
「そうそう、猪狩聡二君だ」
その辺の茂みから現れたのは猪狩だった…なんか性格変わったか?コイツ。
「…で、なんの用だ」
「やっぱり嫌われてんな…まあ良いか。前に手紙送ったけど来てくれなかっただろ?だから今日呼び出したんだ。お前が今持っている手紙がそうだ」
…成程。あの手紙か。確かに物騒な事が書かれていたが…。
「──で、あの呼び出しを無視した俺を、痛い目に遭わせるってか?」
「いや、アレは脅しのつもりだ。別に危害を加える事はしねえ」
「…それは中々お優しいことで。随分丸くなったなお前は」
「そう言うお前は随分刺々しくなったよな?九年前から一人称も口調も変えてよ」
確かに俺は九年前に比べても、別人レベルに変わっている。今、猪狩が言った一人称や口調の他にも、性格、筋力、知識量、経験、自制能力…どれを取っても、本来の天官零ではない。
「──やっぱアイツ等が原因か?」
「…だったら、どうした」
「不遇を託ってもどうしようもならねえってのに…いつまで引き摺ってんだよ」
「…お前にだけは言われたくないな…俺から奪った、お前にだけは」
本来なら直ぐに飛びかかっていただろう…だが脳が俺に対し、冷静であれと信号を送ってくる。
…久し振りにコイツに会った時は暴力を振るったが…今、それをしようとは思わない。
俺は元々衝動的だったのだが…なんでこうも理性的になれるのか。
「はぁ、まあ良いか、そんな事…あ、そうだ。お前等の所の退学者は頂いたぜ?」
「……五十嵐の事か」
察するに、退学した五十嵐を【開闢】に引き入れた、ってところか。
…まあアイツ、喧嘩ならかなりの実力があるからな。普通に戦力になるだろう。
「そうだ。アイツの顔ボコボコで面白かったぜ。流石零だ」
「お前から名前を呼ばれると吐き気しかしないな」
「つれねえな…じゃあ本題だ」
まだ本題じゃなかったのかよ。前置き長いな。
「以前に、お前を狙うやつが増えるって話しただろ?」
「…ああ。大事な奴とは距離をとっておけって言ってたな」
「だが皮肉な事に、お前は距離を取るどころか大事な奴を増やす始末」
「……」
否定はしない。確かに俺の中で、親しくなりたい奴は数人程度だが増えた。それが俺にとっては良い事か悪い事か…分からない。だが、猪狩は悪い事と言うらしいな。
「本当、俺の忠告を聞きやしねえな。折角人が善意で教えてやってんのによ」
「…要らないお世話だ。俺がお前を信用する筈が無いだろ」
「でもお前も分かってる筈だ。このままアイツ等と関わると駄目だってな」
…それは、分かっているさ。分かっているが…切り離せない。
「見ねえ内に落ちぶれてやがんな、お前。3年前までは必要最低限の関わりで済ませてたのに、今は無駄だらけ。しかも最悪な事に、そんな状態で【開闢】に喧嘩まで売っちまった」
「…別に今更【開闢】程度──」
「蹂躙出来るか?俺達はお前の情報をかなり持ってるぜ?昔はともかく、今のお前じゃあ【開闢】を潰すのは到底無理だろうな」
…まあ悔しいが、猪狩の言う通りだ。俺は3年前までそれが可能だっただろうが…現在となると、難しい。
「…そんな弱くなっちまったお前に、一つ良い事を教えてやるよ」
「…良い事だと?」
俺がそう訊ねると…猪狩は俺の真正面に立って。
「──【開闢】が狙ってるのはお前だけじゃねえ」
「は?」
そんな言葉を、漏らしてしまった。
「どういう事だ…アイツ等と深く関わりがあるのは俺だけだろ」
「そうだ、あくまで本命はお前を潰す事…だけどよ。鳳崎達が狙ってたあの女…京とか、言ったか?」
「──!」
「別に俺は知ったこっちゃねえが、【開闢】の中では是非とも欲しいんだとよ」
「………」
猪狩のその説明に、俺は唖然とするしかなかった。
「…まあ、それをお前に言う必要があったかは不明だ…一種の諜報活動だと思ってくれよ」
「…諜報、だと?」
…俺の味方とでも言いたいのか?コイツは。
コイツとは、絶対に相容れない。お互いの境遇そのものが、相容れないから。
「別に味方だなんて面白くもない冗談を言うつもりはねえよ。あくまで俺の気分だ」
「…そうか」
そう言ってくれる方が、気持ち的には楽だ。
…恨むべき相手に、そんな事思ってもどうしようもないが。
「──っと、そろそろ時間だな。ってことで、俺は帰るぞ」
そう言って、猪狩は踵を返して去って行く。
…去り際。奴は俺に対して、こう言ってきた。
「──【開闢】が本格的に動き出すのは…今日から二週間後だ」
…現在の授業は英語。佐々木先生の授業は退屈ではある。
「久々に隣の席の人と英語でコミュニケーションを取ってみようか。そうだな〜…体育祭の事についてでも話そう」
…最初の授業以来か。確かこの授業で、俺は京さんに変態呼ばわりされたんだったな。今となっては変な思い出だが。
…まあだが、今回はメモを取る必要はないらしい。それだけでも助かりはするか。
「じゃあ、各自準備が出来たら始めてね」
…さて、取り敢えず今回も適当に済ませるか。
『…体育祭楽しかったか?』
『…本気で言ってます?』
『………悪い、忘れてくれ』
阿呆か俺は…あんなことがあって楽しかったなら相当だぞ?
いつもそうだ…俺はこういう場では上手く話せない。今まで人との関わりを大してやってこなかったからな…特に、女子に関しては。
『はぁ…そう言う貴方は、楽しかったんですか?』
『え…?』
まさか、京さんから質問が飛んでくるなんて思わなくて声が出てしまう。
…まあ、質問にはきちんと答えないとな。
『楽しくはなかったが…色々と清々したな』
…五十嵐に制裁を下した事もそうだが…あれだけ身体を動かすのも久し振りだった。その点は、俺をその気にさせた五十嵐に感謝すべき点でもあるか。
『…そうですか…』
『……』
『……』
……暫しの間、沈黙が続く。気まずさが場を支配し、お互いに口を出しづらい。
『はぁ…』
…と、無意識に溜息を吐いてしまったのだが…。
『…なんですか。私との会話が退屈だって言うんですか?』
やべえ、面倒臭い事になった…。
『誰もそんな事言ってないだろ…』
『でも、私の事なんかどうでも良さそうな目じゃないですか』
『だから目は見えないだろって…』
このやり取り何回目だ?俺の個性である重めの前髪を無視しないで頂きたい。
『私は貴方の目が見えてるので』
『絶対に有り得ない嘘止めろ』
高校に入って、生徒達には未だに誰にも見られていない筈だからな?ましてや風も何もないこの場所で、そう簡単に前髪越しに目が見えてたまるかってんだ。
『そもそもなんで顔を隠してるんですか…』
『…そんなの、どうだって良いだろ』
──俺だって別に、やりたくてやった訳じゃないしな。
『…まあ、良いです。今回のところは見逃してあげます』
『随分と上からだな…』
『便宜上は私の方が立場は上なので』
『そんな解釈するな』
まあカーストでは京さんが圧倒的上だから、キツく言い返せないのがまた腹立たしいが。
『ああ、それと…』
『まだあるのかよ…なんだ?』
どうやら更に質問してくるらしい。
…前までは関わろうとすらしなかったこの人が、ここまで俺に関わってこようとするなんて珍しいな…と、そんな事を考えていると。
次に飛んできたのは、俺でさえも頭が真っ白になるような、そんな質問だった。
『──貴方って…好きな人は、居ないんですか…?』
『………………は?』
最早トークテーマから逸脱し過ぎた、センシティブな話題を出してきた。どんな意図があってそんな質問をしてきたのか、どんな神経でその質問を絞り出したのか。
『は、早く答えてください…』
『…いや、アンタ…何言ってんだ…?』
そもそもこの会話は〝体育祭について〟の感想を話す為のもの。それを利用して、俺に恋愛に関する質問をしてくるだと…?
『良いから、早く──』
…と、京さんが再び俺を催促しようとしたその時。
「はい、終了だよ。どうだった?お互いの感想を知れたかな?」
…佐々木先生のそんな声で、辺りは静かになった。誰一人、声を発さない。
(ふぅ…助かった…)
別にあのままテキトーに答えておけば良かったのだが…答えなくて良いなら、その方が良い。
…あのタイプの質問は、どう転んでも碌な事にならないからな。
「…はぁ…」
京さんが、そんな溜息を漏らす…その溜息には「仕方ないですね…また今度訊かせて貰います」という…そんな声が乗せられているような気がした。
…どうやら何処かで再び訊かれそうだな…まあ、その時は受け流すか。
──しかし。京さんは何故あんな質問を?
そんな疑問が、脳内を逡巡する。
普通、有り得ない。あれだけ男子に大して興味関心を抱かない、寧ろ突き放してきた、〝お嬢様〟…だがその〝お嬢様〟は、たった一人の〝陰キャ〟と、それなりの関わりを持っている。
…別に好かれている、なんて事はないだろう。このご時世、印象で決められる。前髪重めの奴なんて印象が悪いに決まっているからな。
…だったら…なんだろうか。
(──考えるだけ無駄…か)
人の意思は、知ろうとするだけ無駄だ。本人にしか分からないものだから。大体は自分に都合が良いように解釈する。五十嵐がそうだったように。
(…にしても、今日は随分と濃い一日だな…)
いつもより多くの人と話し、猪狩に今後の事を教えられ…そして、京さんに謎の質問をされた。
…灰色だった俺の日常に、だんだんと色が戻りつつある…もう戻らないと思っていた、俺の日常が戻っている。
(…なんで戻ったんだか…)
この高校に入った時には、まだ灰色のままだった…つまり、色付いたのは高校入学後の事。
…この高校生活。その渦中に居た人物…それは。
(京さん…か)
京瑞葉だった。
…全く…皮肉だよな。誰よりも目立つのが嫌いな俺が、目立ちまくっている人と関わって充実した生活を送っている、なんて。
…俺は基本的に関わってきた奴等は大事にしたい。叡も蒼馬も、何も無い俺に関わってきてくれた奴等だからな。
…だからこそ、思ってしまうんだろうな。
(…叡や蒼馬だけじゃない…俺に良くしてくれた嘉納や、俺とここまで関わってきた京さん…それらは全て、護りたい…ってな)
また俺の悪い癖だ…まだ、あの時の異名を持ってこようとする。
…きちんと、別れは告げた筈なんだけどな。惜別の情なんて、要らないと分かっているのに。
──何故俺は、そこまでして〝英雄〟などと言う、黒歴史じみた看板を背負ってしまうのだろうか。




