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22話 護りたい者

今回もちょっと長めです。

[視点変更:天官零]


「さてと──天官。一応訊いておくが…アレは元から全力を出すつもりだったか?」


 …嘉納から、そう質問が飛んでくる。


 …一応嘉納は、この体育祭を真剣に取り組んでいたからな。気になっても仕方無い。


「…出すつもりは、無かったな」


 俺は正直に答える。


「成程…あくまで五十嵐に挑発されたから、全力を出したという事だな?」

「ああ」


 …こういう風に(なじ)られるのは、中々に圧を感じるな…一体、どんな説教が飛んでくるのかと思ったのだが。


「ありがとうな、天官」

「…?」

「練習で全力を出さなかったのは、何か理由があるんだろ?お前はあんま目立ちたくなさそうだしな…でも、そんなお前が全力を出してくれた。目的は違えど、そういう意図は無けれど…チームに貢献してくれた。それだけで、俺は嬉しいんだよ」

「あ、ああ…そう、か」


 …嘉納、お前さては相当モテるだろ。この事に怒りもせず、前向きに捉えてくれる。


 …少なくとも、俺はそんな嘉納の性格が好きだ。ポジティブに考えるなんて、俺には無い思考だから。


「…んま、出来れば次からは全力を出して欲しいけどな!」

「ああ…頑張ってみるさ」


 …少なくとも、嘉納の期待は裏切りたくない…そう思う程だった。


 嘉納のような人格者はそうそう居るものじゃない。だからこそ、そのままで居て欲しいと思った。


 ──だが、その感覚に(ひた)るのも(つか)の間。


 …ザワザワと、辺りが騒がしくなる。


 …人の声と、鈍い音…時折(ときおり)悲鳴のようなものも聞こえてくる。


「…なんだ?」


 嘉納が(いぶか)しんで、喧騒(けんそう)のする方向へと視線を向ける。


 …


「──おいおい…やべえぞ…!?」

「……」


 …俺達が見た光景…そしてその渦中(かちゅう)に居る人物…それは。


「──退けぇ!退かないと殺すぞ!そこを…退けえええええええええッ!!!」


 ………………。


 …なんだ…アレは。


 …五十嵐が、前方で(わめ)いている。何処かへ一直線に向かい、それを邪魔する者は殴り飛ばして。


「──アイツ…!」

「嘉納、止めるぞ…!」

「ッ、ああ!」


 俺は嘉納と、走り出した…暴走している五十嵐を、止める為に。


(アイツは確実に轍鮒(てっぷ)(きゅう)(ひん)していた筈──だからか、もう失う物が無いから、どんな事をしても怖くない、と)


 そういう奴が、一番厄介だ。暴れる事に全てを懸けているような、そんな危うい感じだ。あれだけ暴れられると、余程の事が無い限り止められない。説得も、そもそも話を聴かないアイツでは不可能だ。


(にしても、アイツは何処に向かって──)


 そう思った瞬間、俺は目に入った。


「…京さんか…!」


 五十嵐が向かう先。そこには(たし)かに、京さんが居た。真っ直ぐ、真っ直ぐと…五十嵐は京さんの方へと向かっていく。


 その京さんは…動いて、いない…否、動けないのか…?京さんは確実に五十嵐を視認しているのに、動こうとしなかった。


 このままだと、五十嵐が京さんの許へと辿り着いてしまう。今のアイツは異常だ…何を為出(しで)かすか分からない。


「──やべえぞ…!」


 嘉納がスピードを上げるのに応じて、俺もスピードを上げた。


 …お互いこのままだと、ヤバいと感じたから。言葉で表現は、出来ない、したくない…だが、何かがヤバいと感じ取ったから。


(間に合ってくれ──!)











[視点変更:京瑞葉]


 …少し時間は遡る。あの人がリレーに何故か女子の代走として出て、それが返ってあの人が所属するチームの負けに繋がった後の事。


(天官君…運動も出来るのね…)


 先の走りは、本当に凄まじかった。本当に、途轍も無い…。


(思えば、天官君って色々ハイスペックよね…)


 …成績も良い方、運動も出来る。褒められた物では無いけれど、喧嘩も強い。性格は…少なくとも良い方。人と一定の距離を置いているけれど、逆にそれが接しやすい。


(──って、私は何を考えて──)


 何故私は、天官君の良いところを並べているのだろう。


(まだ〝好きかもしれない〟っていう段階なのに…いや、深く考えるから気になっているように感じるだけなのかな…?)


 だったら、考えない事にしよう。うん、それが良いかも。


「──?」


 突然、辺りが騒がしくなった。嫌な音と共に、阿鼻叫喚(あびきょうかん)が鳴り響く…そんな喧騒。


「え…!?」


 見れば、あの人が私目掛けて一直線に詰め寄って来ているのが確認出来た。


「嘘…」


 さっきまで(しぼ)んだように(うずくま)ってたでしょ…!?もう、あの人は私に危害を加えることは無いと思っていたのに…!


「やめろ五十嵐!暴れんな!」

「黙れぇ!!」


 ドゴオッ!!


「ぅがっ…!?」

「──ひっ…!?」


 一人、また一人と…殴り倒される。暴虐(ぼうぎゃく)、その言葉が似合う程に、救いようがない。


 …このままだと、いけない。逃げないと…。


「──あ、あれ…?」


 脚が、全く動かなかった。なんで?特に疲労とかも無いのに…脚が硬直して、足が地面から離れない。


(動いて…動いてよ…!)


 そんな願望とは裏腹に、脚は(なまり)のように重いまま。それどころか、さらに重くなっているような…。


 ドゴオッ!!


「はぁ、はぁ…!」

「──ッ!?」


 …そして。その人は、私の前にまで辿り着いていた。


「ッ、()()ッ…!」

「──きゃっ…!?」


 私を無理矢理押し倒し、馬乗りになる。


 …この、状況は…以前の…。


「もう、知るか…俺の声は誰にも届かない…だったら──」


 ブツブツと、何かを呟く目の前の下衆の、その目は…(うつ)ろだった。まるで、もう何もかもがどうでも良い…そう感じているのか、というくらいに何も宿していない目。


「…今此処で、食ってやる…!」

「えっ…!?」


 食う…?それってつまり…。


(い、嫌!嫌嫌嫌!なんでこんな人と…!)


 なんでこんな人と、そういう事をしないといけないの…!?本当こういう人に限って、私の貞操(ていそう)(おびや)かされる…!


「此処で俺と()()の関係性を永久なものとするんだ…!」


 気持ち悪い、気持ち悪い…!


 私の都合も知らずに、私に手を掛けようとしてくる…ほぼ全員だ。ほぼ全員、私の事など考えもせず、ただただ自身の欲を満たそうと、私を利用してくる。


 …本当、そういう人達ばっか。


()()…今直ぐに──」


 ──コツン


「……………あ?」

「え?」


 …この人の後頭部に、小さな石が当たった。小さいが…しっかりと痛いと思う。


「や、五十嵐君。あまり乱暴は良くないんじゃないかな」

「──テメェ…確か寺沖だったか?」


 …彼は…確か天官君と良く一緒に居た…。


「お前如きが…俺の邪魔をするな…!」

「同じ人なんだし()()も何も無いでしょ?それとも、人間の中で優秀な存在とそうでない存在を分けているのかい?」

「当たり前だろ…!社会では弱い奴から切り捨てられ、強い奴は生き残る!弱肉強食がこの世界の(ことわり)だ!」


 …甲論乙駁(こうろんおつばく)な議論をぶつけ合う…が。お互いが折れないからか、実質蛙鳴蝉噪(あめいせんそう)な議論となっている。


 恐らく片方は取るに足らないと判断し、片方はそもそも聞こうとすらしていない。だからここまで薄い、水掛け論となっている。


「…まあ、否定はしないよ。この世界は弱肉強食、強い奴が生き残る世界…だけどさ」

「……」

「──君みたいな人って…勝手に自滅するタイプなんだよね」

「………………殺す」


 小さくそう呟いて、その人は立ち上がる。


「あらら、まだ暴力に走っちゃうか…確かに黙らせるには手っ取り早いけどさ。社会でそれが通用するなら苦労しないんだよ」

「五月蝿え!一人じゃ何も出来ねえ癖に長々と御託並べてんじゃねえええ!!」


 そう言って、その人は彼に殴りかかった。


(危ない…!)


 声に出して言いたかったが、言えなかった。恐怖が勝り、身体の信号が正常に伝わらなかった。


 …そして。


「そうだね、僕は一人じゃ喧嘩出来ない…けどさ」


 殴られる直前だというのに、彼は物怖じせず、ただただ突っ立っていた。


 …そして、拳が当たる直前。


「──僕には君と違って、頼れる親友達が居るからさ…僕が喧嘩しなくても良いんだよ」


 ──ドゴオッ!!











[視点変更:天官零]


「ぐがっ…!?」


 …ったく、蒼馬の奴…間に合わなかったらただの恥ずかしい奴だったぞ…あれだけ格好つけて言っておいて殴られるなんて事があったら、流石に後味悪い。


 …まあ、(はな)から蒼馬を殴らせる気なんて無かったがな。


「…嘉納、お前は殴られた奴等の怪我を()てくれ…俺がコイツを止める」

「それは分かったが…一人で大丈夫か?」

「…今殴られていない俺の心配より、殴られた他の奴を心配してろ。下手したら骨折とかしてるかもしれないからな…早く容態(ようだい)をチェックしてやれ」

「…なら、そうさせてもらう」


 …そう言って、嘉納は五十嵐に殴られた生徒達の許へと駆けていった。


 …それで良い。お前は、それに専念していてくれ。


「ぐはっ…テ、メエ…クソ陰キャ…!」

「…蒼馬、後は任せとけ」

「うん。()()()()()、かましちゃいなよ、零」

「…そうだな」


 …いつも通り…ね。


 嫌な思い出ではあるが…不思議と今は、そういう気分かもな。


「っ、悪い零!蒼馬!遅れた!」

「叡、遅かったね」


 …お、叡が来たか…丁度良い。


「──叡、京さんを離れさせろ」

「え?いきなりなんだよ…というか、女子に触るって俺嫌なんだが…」

「触れなんて言ってないぞ…良いからさっさとしろ。それともお前が五十嵐と喧嘩するのか?お前運動は出来ても喧嘩は得意じゃ無いだろ。()()()()()俺に任せとけって…」

「あーはいはい、分かりましたよ〜…京さん、立てるか?」

「は、はい…」

「ならとっととこの場から離れるぞ!」

「ッ、待て!()()ッ…」


 …さっきまで脚が動いてなかった京さんだが…どこかのタイミングで恐怖が和らいだらしい。まあ、恐怖の対象である五十嵐の注意を、俺が引き付けてるからかもしれないな。


「蒼馬、お前はどうするんだ」

「別に僕を離れさせなくてもデメリットあんまり無いでしょ?」

「…まあ、そうだな」


 京さんを離れさせたのは、五十嵐が京さんを盾にしようとする可能性があったから。


 流石に人質を取られると、俺とて対処は難しい。だから俺は、か弱い女子である京さんを逃がした。


 蒼馬に関しては…人質に取られるような奴じゃないからな。拘束から抜け出す技術くらいなら持っている。


「クソが…!クソ陰キャ…!」

「ずっとクソ陰キャ呼ばわりしやがって…俺は天官零なんだが」

「黙れ!下が上に口答えするな!」

「…下だの上だの面倒だな…」


 少なくとも精神的弱者はお前だ、五十嵐。そのキレやすさは本当に終わってるぞ。


「お前如きが、何故()()と関われる!本来は俺が…俺だけが、()()と関わりを持てる、唯一の存在だったと言うのに…!」


 …コイツ、もう正気じゃないな。最早、幻覚を見ているのと同じ…いや、これがほぼデフォルトの性格って考えるとそれより(たち)が悪い。目を醒まさせる事の出来ない幻覚、って感じか。


 …まあつまり、救えないレベルで浸食(しんしょく)した幻覚(思い込み)に惑わされているから、どんな言葉も響かないという事だ。


「なのにお前はぁ…!俺の本来座るべき特等席を…!巫山戯(ふざけ)やがって!殺してやる!」

「殺したら犯罪だぞ?」

「黙れ!お前如き殺したところで罪になど問われるかぁ!!」


 …そして、五十嵐は俺にかかってきた。


 …暴走しているからか、キレているからか、かなりのスピード。さっき走った時よりも速いか。


(──まあ、この程度問題無い)


 今の俺は天官零()だ。ゼロ()ではない。少々目立ってしまうが、それを諦めてしまえば…フードで顔を隠している時に比べても、動きやすい。


 ──ドゴオッ!!!


「がぁっ…!?」


 …さて、と。


「──かかってこい。現実見せてやるよ、この異常者が」











[視点変更:京瑞葉]


「…此処くらいなら安全か?」

「はぁ、はぁ…」


 …あの人からかなりの距離を空けた。直ぐには私の許へは来られない筈。


(…天官君、また私を助けてくれて…)


 どうして、こうまでして私を助けてくれるのだろう。私に気があるようにも見えない、ただのお人好しみたいな感じ。


「……アイツ、本当はこういう事して目立つのは嫌なんだよ」

「え…?」


 彼は、突然そんな事を言いだした。その目はとても…悲しそうな目だった。


「零は基本的にああいう事はしないな…だって目立つから。注目を浴びるのが苦手なんだよ」

「そ、そうなんですか…」


 だから頑なに私と距離を置きたがっていたのだろうか、だから沢山の男が寄ってくる私に近付こうとしなかったのだろうか。


「──ま、アイツだって好きでそうなった訳じゃないんだけどな…」


 彼が何か言った気がしたが…小さ過ぎて聞き取れなかった。


「…にしても…本当アイツ喧嘩強えな…」


 今私達が見ているのは、天官君が相手を蹂躙(じゅうりん)しているところだ。


 …ゼロさんの時も同じく圧倒していたが、今回に関してはそれより激しく動いている気がする…フードを気にする必要が無いからだろうか?


 ただ、顔は見えないように工夫している…凄い人だ。


「…彼はなんで、あんなに喧嘩が強いんですか?」


 ダメ元で訊いてみる事にした。だって気になるから。気になる事は誰だって、その瞬間に訊きたい。


「……それは、ちょっと俺の口からは言えないかな」

「……そうですか」


 私はその話題を直ぐに打ち切った…また、悲しそうな目だったから。


 …本当に、天官君の秘密はなんなのだろう。何が彼をそこまで強くして、何が彼を彼たらしめているのか。


(…気になる)


 知りたいという欲が、溢れ出る。


 もっと彼を知りたい、もっと彼と関わりたい…もっと彼にとって、()()でありたい。


(──ああ、そっか)


 …そこまで彼を想って…私は、気付いた。


 …恐らく、私が自覚するずっと前から。私が貴方に他の人とは違うという事を感じ取った日から。私が貴方に興味を抱いた、あの日から。


(──天官君が、好きだったんだ)











[視点変更:天官零]


「はぁ、はぁ…!ぐ、ぁっ…!」


 殴りまくった、蹴りまくった。五十嵐の顔面は、もうボロボロだった。見るに堪えない、(いびつ)な形。


「…随分と無様な(なり)になったな」


 コイツには同情しない。形振(なりふ)り構わず、人を傷付けたからな。因果応報(いんがおうほう)だ。


 …まあ、俺も人の事は言えないけどな。


 喧嘩が得意と言っても、喧嘩は好きじゃない。だから俺はずっとずっと、喧嘩はしてこなかった。


 …人を傷付ける行為が、気分の良いものだと感じる奴は殆ど居ないだろう。


 …だから同情はしないが、コイツを傷付ける事にも若干の抵抗がある…って、そういうのを同情って言うのか?


 …だったら俺は甘いか?お人好しか?…どうでも良いか。


「ふざげ…お゛ればまだ…」

「もう良いだろ。いつまで執着(しゅうちゃく)すれば気が済む、いつまで女を(なぶ)れば気が済む…お前の時代は終わった…いや、お前の時代なんて、そもそも無かったんだよ」

「ざ…げ…なぁ゛…()()は…ぉれ゛が…」

「…その()()っていう奴の目を見てみろよ」

「は…?」


 …五十嵐はキョロキョロと辺りを見渡し、やがて京さんを見つける。


 …そして、五十嵐が京さんの目を見た時。


「……」


 …冷ややかで、侮蔑(ぶべつ)を含んだ、〝生理的に関わりたくない〟という視線。いやそれどころか、自分自身をまともに見ていない…そんな雰囲気。それが、五十嵐の目に焼き付いた。


 〝好き〟の反対は〝無関心〟。嫌われていれば多少、是非は違えど意識されているという事だが…無関心ならば、そもそもの存在を否定されているに等しい。


 ましてや、自身が好きな女から、だ。意識されない、記憶にも残らない…覚えるに、値しない。


 実際に恋をしていないから分からないが…それは相当辛いものだろう。


「ぁ…あ、ぁ…」


 …やがて、五十嵐は事切れたかのように、倒れ伏した。存在否定をされて引き摺らない奴なんて、相当だからな。


 コイツは良くも悪くも人気者ではあった…こういう事に免疫なんて無い。そもそも否定等された事が無いから。


「──何はともあれ、終わったか」


 コイツは致命的に、何かが欠如していた。道を踏み外していた。


 恐らく、過去に何かがあった筈だ。だから、ここまで異常じみた奴へとなったのだろう。


「──そうじゃなければ…俺達は仲が良かったかもな」











 …あの後、残りの競技は中止となった。当たり前だ、あんな事があって、普通に続ける方がおかしな話だ。


 …だから今日は学校側から、直ぐに帰って休めとの事だった。


 暴れた五十嵐は、退学となった。勿論喧嘩した俺も(とが)められそうだったが…頼れる親友達、そしてこの高校で出来た仲間達の証言で、処罰は(まぬが)れた。


 …俺はこれからも、鳳高校の生徒として活動出来るのだ。


 …そして、俺は現在、澪と一緒に夕食を摂っている。


「いや〜でも、叡お兄ちゃんや蒼馬お兄ちゃんとも話したかったな〜…」

「いや、帰り際にお前から話し掛けに行けば良かっただろ」

「お兄ちゃんが帰り際に話し掛けないからいけなかったんです〜!私がお兄ちゃん抜きじゃ上手く話せない事知ってるでしょ?」

「…はぁ、そうだな…」


 どうやら俺が悪い事になったらしい。


「いや〜でも、久し振りにお兄ちゃんの喧嘩が見られたから良しとしましょう!」

「お前な…喧嘩ってのは褒められたもんじゃ無いんだが…」

「──あの可愛い子助けたんでしょ?」

「…………なんの事だか」


 俺の妹はなんて鋭いのだろうか。澪には京さんの事は何も教えていない筈なんだが…。


「綺麗だったよね〜、暴れた残念イケメン君が狙うのも分かる分かる」

「だから違うって言ってるだろ…」

「まあまあ、私はお兄ちゃんの事ならなんでも知ってますし?お兄ちゃんがあの人の事を──むぐっ!?」


 何か言いかける澪の口に、パンを無理矢理詰め込んだ。


「──んぐっ、これはお兄ちゃんの食べかけのパン…って事は…間接キスだね!嬉しい!」

「五月蝿え…はぁ…」 


 …なんでこの妹はこんなに元気なのだろうか。良く分からない。


 …だけどその元気は、俺が平静を保っていられる要因なのかもな。


 俺は立ち上がって…。


「…取り敢えず俺は部屋に戻る…寝るから、布団に潜り込んでくるんじゃねえぞ」

「フリだね?分かった!」

「何も分かってないな…!?」


 …まあ、基本的に澪は添い寝をしてこない。あるとしても、本当に稀だ。そういう時は決まって、怖い夢を見ただとか、雷が鳴っただとか、そんな感じだけどな。いや女々(めめ)しいな…。


「──おやすみ、お兄ちゃん」

「──ああ…おやすみ」


 …そう言って、俺は部屋に戻っていくのだった。










「──(まも)りたい人が出来たんだね、お兄ちゃん」










[視点変更:猪狩聡二]


 ポタポタと、水が(したた)る音だけが鳴り響く廃ビル。その廃ビルに、コツコツと足音が混ざってくる。


「──来たか」


 俺はその音を聞き取って、そう呟く。


 …俺の前には、新戦力が居る。【開闢(かいびゃく)】を更にデカくする為の、新戦力が。


「…このふざけた手紙を寄越したのはお前か?」

「ああそうだ。どうせお前、()()無いんだろ?だったらウチに来いよ、歓迎してやる」

「論外だな…メリットが無いだろ」

「此処ではお前が失った物を取り返すチャンスが幾度となく訪れる…それで十分だろ?」


 …俺がそう伝えると、その男は沈黙して。


「…ッチ、分かった」

「よし、じゃあ宜しく頼むぜ」


 …俺は、その男の名を呼ぶ。


「──五十嵐光毅さんよぉ」

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