20話 なんでそんな嘘吐くの?
[視点変更:天官零]
…俺は、ソレを審判に見せた。〝ソレ〟、とは…。
「…カメラ?」
証拠品として残る、恐らく最高級の物…カメラだ。
「その動画が証拠です。これ、結構性能が良いカメラなので、しっかりと写っている筈ですよ」
「ふむ…」
審判はそのカメラの動画を見始める。
「ッ!」
──ガシッ
「五十嵐、何しようとしてんだ?」
…五十嵐がカメラの中の動画を見られたくなかったのだろう。カメラを壊そうとしたかどうかは分からないが、叡によって阻止された。
「ぐっ…」
五十嵐は挙措を失い、その場に立ち尽くしてしまった。流石に叡が居るんじゃ、五十嵐と言えどカメラを止めるなんて不可能だ。
この状況を変える力は、五十嵐には無い。少なくとも、決定的な証拠と、それを保護する人物が存在するからな。
「…これは…!」
審判は動画のある瞬間を見て瞠目する。言わずもがな、五十嵐が叡に対して脚を掛けている場面だ。
「…君、嘘を吐いたのか?」
分かりきった返答が来る質問。嘘を吐いた事なんてこれだけ見れば一発で判るのに、敢えて訊いてくる。もしかしたら思いやりや慈悲なのかもしれないが…俺からしたらただキツく詰ってるだけにしか見えない。五十嵐だってそう感じているだろう。
「ち…違う!こんなのは、間違っている!」
五十嵐はそう叫んだ瞬間、俺を睨んできた。
「お前…ありもしない映像を捏造して…なんのつもりだ!?」
「捏造?」
どうやら五十嵐はまだ諦めないらしい。全部俺達の所為だと、責任を押し付けてくる。
「惚けるつもりか!お前は俺を嫌っていた!だから俺を辱める為にこんな捏造した映像を用意したんだろう!!」
「いや、憶測だけで語られてもな…」
「ふざけるな!」
ふざけてるのはどっちだか…もうやだコイツ。面倒な事この上ない。
…だったら他の保護者とかの映像借りるか…?いや多分無理だ、俺がコミュニケーション取りたくないし。
…そうだな、だったら。
「──私、見ました」
…お?
「…み、瑞葉…?」
…丁度良い。これなら俺はこれ以上目立たなくて良さそうだ。
後は、京さんに任せる事にしよう。
現状、五十嵐は叡に掴まれて何も出来ない。好き放題言ってやれ。
「…その映像は本物だと思います。ちゃんと、私の目で現行を見ましたから」
「っな…!?」
…まあ、言い逃れ出来ないな、これは。
「…そもそも、この映像が捏造だとしたら、動画編集が必要になります。競技中という短い時間内での動画編集って、果たしてこのように違和感の無い完璧な映像になりますかね?」
「…ぐっ…!?」
…言い返す事すら許さない、攻撃性の強い言葉に圧倒される五十嵐。
「それに、彼等を嫌っていたのはこの人の方です。陥れようとしたのも、この人の方です」
…ただ事実を並べているだけなのに、随分と傷付く言葉だ。
…まあ京さんも、五十嵐には相当な不満を溜め込んでいるからな。多少嫌な言い回しもしたくなるだろう。
「……」
「…そうか。じゃあ君、少し二人で話そうか」
…審判と二人きりでの会話?普通に怖いな。
…まあ、これで五十嵐の件は解決…か。
…そして、五十嵐は連れて行かれた。御愁傷様、ってやつだ。
「…いや〜、でも驚いたよ。急にボクのカメラを貸してほしい、なんて言うんだから」
あの後午前の競技が続き、現在は昼食の時間。一応今回は叡と蒼馬が女子達に取られているので、澪と吹雪姉妹と仲良く?昼食を摂っている。
…因みにあのカメラは、俺が少しの間涼菜さんから拝借したものだ。流石にカメラは持っていなかったからな。
「…というか涼菜さん。カメラを確認した時に見た、あの夥しい量の写真はなんだ…?」
「え?勿論全部零君の写真だけど?」
「はぁ…まあ全部消したから良いけど」
「え!?嘘!?……って、消えてないじゃん」
「許可無く消す訳無いだろ、冗談だ」
「あ〜、零君の意地悪〜」
「はぁ…」
…なんだこの会話。まあ、和むから良いが。
「お兄ちゃん、リレーに出るんだっけ?」
「ああ…そうだけど」
「おぉ〜!零にぃ走るの!?」
「ああ…一応な」
「私、零にぃの活躍ちゃんと見てるね!」
「あ、ああ…けどあんま期待しないでくれ…」
ただでさえ走るのは苦手だってのに…期待されると本当に困る…。
…ただそう言えば、愛依は俺の走る姿って殆ど知らないんだっけか。
…まあ、出来るだけ頑張って走ってはみよう…俺の可能な限り、だが。
「いや〜、しかし体育祭って懐かしいね〜」
「いや、アンタまだ高校卒業して大学生になったばっかだろ…」
「いや違う違う。零君の体育祭を観るのが懐かしいって話」
「…そうだったか?」
確かに吹雪姉妹は基本的に俺達の体育祭には顔を出さなかった。あったとしても一、二度くらいだ。本人達は行きたがってたらしいが、なんか殆ど予定と被ってたんだっけな。今回はそんな予定が無いので来ているらしい。
「確かに!零にぃ運動出来るのに全然目立つ競技に出ないから、涼菜ねぇが〝なんで零君そんな競技取ってるの〜!?〟って言ってたよね?」
「そうそう」
「お、おう…それは…なんか、すまん」
多分俺は悪くないんだろうが…癖で謝ってしまった。
「でも今年はリレーに出るんだよね?楽しみにしてるよ?」
「…ああ」
…楽しみに…か。ますます、下手な事は出来なくなったな。下手な試合を演出しようとした訳じゃないが…これは少し、俺もやる気を見せるか。
「──ねえねえそこの嬢ちゃん達」
背後から、そんな声が聞こえてくる。若い男性の声だろうか。随分と陽気な声だった。
振り返れば、陽キャ臭を漂わせた男達が居た。服は相当派手な色をしていて、鍔を後ろにして帽子を被っている。
…めちゃめちゃ自己愛が凄そうな人達だな。まあ十中八九、ナンパ師だろう。
「ん?どしたのお兄さん達」
涼菜さんがそう訊ねる。いや友達感覚か、距離感近いな。まあ、この人の場合これがデフォルトなんだろうけど。
「いや〜、君達凄い綺麗だからさ〜、少し俺達と話さない?」
めっちゃ雑な導入だな…まあ、意外と顔が良い人達だから、それでも良いんだろうが。
「え〜?どうしよっかな〜?」
なんでそんな乗り気なんですかね涼菜さん?この状況楽しまないでくれ?
…一応、このナンパ男達を除いて、男って俺だけなんだよな…俺を困らせないでくれ…普通に居た堪れない。
因みに澪と愛依は黙っている。どちらも怖がっているという訳ではないが、澪は呆れながら、愛依は楽しそうに傍観している。
…コイツ等もコイツ等で、涼菜さんに任せようとしているっぽいな…。
「…んで、誰お前」
男の一人と目が合った瞬間、俺にヘイトが向いた。いや、相手からしたら目は見えていないだろうが。
…無視していれば良いものを、なんでこういう奴等に限って突っかかってくるのか。心底面倒だ。
「ッチ、なんとか言えよ、ウゼェな」
いや言う事無いんで。言葉が必要だとも思えないんで。
ナンパに遭遇した時、どうすれば良いか。普通ナンパされてる奴を助けるだとか、そんな事をするだろう。
だけど、俺はこの状況でそんな事はしない。面倒だし、目立ちたくないし…そもそもする必要が無いからだ。
「なあ、ソイツの事なんかどうでも良いから、早くこの子達と遊ぼうぜ」
「…それもそうだな」
…まあ、大抵はこうなる。無関心を貫く、無害を演じれば、変に突っかかってこない〝無視〟の体勢へと入る。逆に少しでも反抗すれば痛い目を見る。だから、俺は〝興味無いんで、ご自由に〟という姿勢を取っているのだ。
…まあ、傍から見れば涼菜さん達を見捨てているような構図なのだが…。
「俺達と話してくれたら、色々良い事してあげるけど〜?」
うわぁ…嫌すぎだろこの人。
「それはそれは…気になるな〜」
「だろだろ?だからさ──」
「──でもごめんね〜。生憎間に合ってますんで」
「…え?」
…まあ、だろうな。この人の性格の悪さは、多分俺が一番把握している。
この人の好きな事。それは〝上げて落とす〟事…所謂〝糠喜び〟だ。と言っても、身内にはそんな事はあまりしないが…赤の他人となると、話は別。この人自体、赤の他人が馴れ馴れしく関わってくるのがそこまで好きじゃないからな。だったら馬鹿みたいにキツい言葉をぶつけて諦めてもらおうという魂胆だ。
「お兄さん達の言う〝良い事〟ってさ、ボク達にとって良い事って訳でもないでしょ?全部お兄さん達視点の話。本当、御為倒しも良いところだよ、頭大丈夫そう?」
…え、めっちゃ言うじゃん。俺がこの人達の立場だったら即刻この場を離れていたぞ。
「ぅ…五月蝿え、付いて来い」
自身失くしてるな…多分ナンパ始める前からなんとなくは落とせる算段がついていたが、思い通りに行かなくなって自信喪失したパターンだな…だから「付いて来い」なんて強硬手段を取ろうとしたんだろうが…。
──ガシッ!
「痛っでえ゛っ!?」
男の一人が涼菜さんの腕を掴もうとしたのだが…その手首を涼菜さんが強く握った。
…涼菜さんを普通の女と侮る事勿れ。この人、武道嗜んでるからな。基礎筋力も中々のものだ。
「おい!大丈夫か!?」
「ッ…あ、ああ」
涼菜さんが手首を離してくれたので解放されたが…多分離してなかったら、地獄を見ただろう。
「分かったら、もうナンパはやめてね〜」
「くっ…!」
「あ、そうそう。さっき君達が突っかかったこの子ね──」
…なんで俺にヘイトをまた向けるんですかね、涼菜さんや。
「──ボクの彼氏だよ」
「な…なんだと…」
いや違いますけど。なんでそんな嘘吐くの?普通に意味がわからないんだが…。
というかそこは信じるのかこの野郎共。マジで勘違いされかねないから、止めてくれ…。
「ッ…い、行くぞ!」
…俺が弁明し始める前に、男達は何処かに行ってしまった。
──あんまり勘違いしたまま何処かに行って欲しく無いんだが…まあ多分これから出会う事は無いから良いか…。
「さっすが涼菜ねぇだね!変な人達簡単にやっつけちゃった!」
「…まあ、こうなるよね…涼菜さん容赦ないし…」
「…ふふん、ボクはこういう事には慣れてるからね!」
「…自信に満ち溢れているところ悪いが…なんだあの嘘は。俺はアンタの恋人でもないんだが」
「いや〜ごめんごめん。ついつい将来の話をしちゃったよ〜」
「寝言は寝てから言え、幻想も他所で抱いてくれ」
「お〜…零君も結構毒吐くね…好きだよ」
「好きなのかよ…」
面倒臭いなこの人…マジで。
《続いては、一年生によるクラス対抗リレーです》
…午後の競技も大詰めだろうか。遂に俺の出番か…。
…こういうのって、本番の直前が一番緊張するよな。始まってからはそこまでだが。
「天官君…緊張…してるの?」
御手洗さんが話しかけて来た…あまり話した事が無いから、なんか気まずい。
「まあ、少し緊張はしてるが…御手洗さん程じゃないだろ」
御手洗さんは今も身体全体をブルブルと震わせ、冷や汗をかいている…死にかけてないか?大丈夫か?
「あ、あはは…大、丈夫…」
「…まあ、辛くなったら直ぐに言えよ」
「うん…ありがとう…」
…まあ、大丈夫だろう。御手洗さんもこう見えてちゃんと出来るからな。
「レイレイ!ちょっとこっち来て〜!」
「…ん?」
後方から、多分白宮さんであろう声が聞こえてくる。振り返ると、白宮さんと横山が居た…俺と同じ第四走者の二人か。
俺は二人の側に駆け寄り、口を開く。
「どうした?何かあったのか?」
恐らく何かがあったのだろう。
「…それがさ…急になっちゃんが競技に出られなくなったって…」
「…?どういう事だ?」
なっちゃん…もとい、木下さんがこのリレーに出られなくなったという事か?
「僕達も木下本人から聞いたんだけど…一組の伊波とぶつかって足を捻ったらしい」
「…足を?」
…どうやら出場棄権の内容ははっきりしているようだが…。
一組の木下さんが棄権した…つまり、補欠枠で、一組の誰かが入る、という事。
「んで、その穴埋めに入るのが──」
…その生徒は、聞き覚えのある声を発した。
「──よう、クソ陰キャ」
「は?」
五十嵐だった。
…いや待て。お前男だろ?なんで女子の枠に入ってる?
…なんだ?どういう事だ?脳の処理が追いつかない。
…何が、起きている?




