18話 ふざけんじゃねえ
[視点変更:京瑞葉]
現在自宅。自室のクローゼットに制服を掛け、部屋の隅に寄る。
(な、なんであんな事言っちゃったの…?)
先程天官君と会話した事を思い返すと、私には不自然な点が多かった。そもそも、私が人とまともに会話する事自体が不自然な事なのだ。
私は人と関わりを持った事が全くと言って良い程無かった。誰もが不快な何かを背負っていて、私はいつもそれに怯えていたから。
…だけど。何故か今は違う…いや。
(天官君にだけ、安心出来る…?)
──いやまさか…そんな訳ないでしょう…私が他人に、ましてや特定の人にだけ、なんて…。
(…この感情は──一体なんなの…)
多分、私の中では既に分かっているのかもしれない…だけど、それを私は自覚できていない。
(なんか、つい最近感じた事があったような──)
そういえば…と。私があの時思った事はなんだった?私は天官君に対して、何を思った?
(──〝好き〟…ッ!?)
また、えも言われぬ感覚が私を襲う。身体の芯から熱くなり、感情が昂り…そして、呼吸が浅くなるような。その症状はどんどんと酷くなって落ち着かなくなり…無性に身体をバタバタと動かしてしまう。
(なんで私はこんな事思ったの!?確かに天官君は私を助けてくれたけど…天官君の言ってた通りマッチポンプかもしれないし…でも私、天官君に〝貴方はそんな人じゃない〟みたいな事言っちゃったし…というか、私はどうしてそんなに天官君に信頼を置いているの!?彼だって男の人なのに、警戒すべき対象…なのに…)
『君も災難だったね…君みたいな可愛い子は早めに帰らないとね。こんな奴等に、何度も絡まれるのは嫌でしょ?』
「ひゃあっ…!?」
以前男の集団に囲まれた時に、ゼロさんに言われた言葉。あの時は彼の性別が分からなかったから、そんな言葉でもどうも思わなかった。
──だけど、私はゼロさんの正体が天官君だと早い段階で知ってしまった。確証は無かったけど、カマを掛けたら成功した。
だからこそ、あの言葉には…〝可愛い〟という言葉には、何か特別な物があったような気がして…。
(駄目…身体が火照って仕方が無い…)
もう、私は本当に。
(──天官君が…好き、なの…?)
[視点変更:天官零]
…時間が経つのは早いものだ。気が付けば、体育祭当日となっていた。
「…中々人が多いな…」
観客が多い…陰キャにはかなりキツい光景だ。まあそもそもこの中で俺を知っている奴なんて鳳高校の一部の生徒、あとは澪と吹雪姉妹…それと居ないと信じたいが小・中学校が同じだった奴か。
とにかく、そんなに俺に注目している奴は居ない。目立ちたくない俺からすれば、人と関わりを持っていなくて本当に良かった。
《──今から、体育祭の開会式を行います》
…始まるか。
開会式は直ぐに終わり、早くも最初の種目が行われようとしていた。
最初の競技は──玉入れだ。
「練習の成果を出せよー!勝つぞ!」
誰かがそう息巻く。誰かは知らない。俺にとって印象が強い奴程名前と顔は記憶に残っているが、そうでない奴は記憶が曖昧のようだ。どうやらソイツは玉入れに出場する生徒らしい。
「…ふむ」
別クラスも見てみると、競技が開始する前だと言うのに、物凄い盛り上がりを見せている所がある。
あのクラスは…1-2か。輪になって集まっている生徒達は全員、その中の一人を見つめている。
「…アレは」
「ああ…アイツか」
「アイツは厄介だな…」
気が付けば、俺の横に嘉納が立っていた。その横に南原も。
「知ってるのか?」
「逆に知らねえのかよ天官…」
「そもそも他クラスと面識殆ど無いからな」
「そうじゃなくてもアイツの事くらい知ってるだろ…」
と言われても、知らないものは知らない。興味すら無かったからな、知ろうともしなかった。
「アイツは美作響也だ。球速と制球が売りの野球部エース。本人の頭の良さからも、どのようにこの競技を攻略すれば良いかの検討がついていそうだな」
…野球部か。まあ野球部はこの体育祭において、どのような競技においても重宝される。その俊足や強肩、優れた精密性…普通に考えて役に立たない道理が無い。
…その野球部を玉入れのメンバーに入れてくるか…確実に勝ちを狙いに行ってるな。
「…まあ、良い勝負になりそうだな」
「だな」
…嘉納がそう言い、南原が同調する。
──コイツ等、中々人を見る目があるな。
《最初の種目は一年生による玉入れです。準備をお願いします》
そういえば言ってなかったか。この体育祭、クラス毎に色が分かれている…それは上の学年も同じだ。だが、競技は学年毎に独立している。つまり、〝別の学年と競い合ったり、別の学年と協力したりする競技は無い〟という事だ。
俺としては、他学年との交流も深めておいた方が良いと思うのだが…なんとこの制度にしたのは今年かららしい。なんで?
──いやまあ、なんとなく分かるけどな。
「…4組の勝ちを期待して待つか」
嘉納はそう呟き腕を組んで、競技が始まるまでの間、じっと待つのだった。
[視点変更:比嘉灯夜]
(…第一に警戒するのは美作だ…だが、美作以外の2組のメンバーはそれ程能力としては高くない…あくまで美作の活躍で全員分を補って、他の生徒の多くが他の種目でパフォーマンスを発揮しようという事か)
美作の活躍の度合にもよるが…下手をすれば個の実力だけで、他クラスが負ける。事前情報でそれ程の事は容易だと耳にしている。
「…かと言って、僕も負ける気は無いけどな」
僕だってこのような競技は得意だ。人より優れた計算力、感覚ではなく理論で解答を導き出す頭脳。その分野において、僕に勝てる生徒はどれくらい居る?
精々数人だろう…それだけの自負がある。
《…さて。それでは、玉入れを始めます》
──始まるな。
「──ふぅ…」
《よーい…スタート!》
──僕と籠との距離は約4m、籠の高さは3.5m程度。玉入れは斜方投射。鉛直投げ上げ運動と等速直線運動で働く合力。玉の重さは約80g…空気抵抗も視野に入れるなら。
「…大体は把握した」
僕は玉を3個手に持って、籠に向けて一気に投げる。ギリギリではあるが、全部籠に入った。
──僕は少し遠くにある玉を拾い上げる。大丈夫、もう既に脳内で放物線は描けている。それに沿って投げれば全部入る。
《おーっと、白の美作響也と翠の比嘉灯夜!互いに凄い量の玉を投げ入れている!途轍も無いスピードだぁーーっ!!》
実況も盛り上がって来た…ここからだな。
[視点変更:天官零]
…嘉納や南原の言う通り、拮抗した勝負が繰り広げられている。2組は美作、4組は比嘉の活躍によって、ほぼ大差ない戦いだ。
「流石比嘉。精度が完璧だな…だけど」
「美作もかなりやるな…ギリギリの戦いになるだろうな」
嘉納と南原の会話の通り、本当にギリギリの勝負になりそうだった。多分今、籠に入っている玉の数の差は1、2個程度だろう。
(…だが、美作の方が少し優位か…)
体力面では美作が余裕がありそうだ。純粋な知能、計算能力なら比嘉に分があったが…総合ステータスは若干美作の方が優れている。
この競技こう見えて制限時間が長い。体力がある奴でも流石に息切れしない事は無いと思う。
「──さて、どっちが勝つか…」
俺はその試合の状況を見て、そう呟くのだった。
《──そこまで!!》
…数分後、競技の終わりを告げる合図が反響した。
籠の状況は──白と翠の玉がそれぞれの籠いっぱいで、どちらかが、あるいは両方が一位である事が一目瞭然だ。
因みに赤と蒼はどちらも籠の三分の二程度だ。それでもかなり多い。
…そして、玉の数を数え始める。
「……」
──これ、見ている俺も意外と緊張するな…。
まあこの競技の雌雄を決するコールみたいなものだからだろうな。ぶっちゃけ、この出だしで後の出場者が楽になると言っても過言では無い。
──だが、現実はそこまで甘くはない。
《おーっと!ここで翠の玉が無くなった!》
…翠の玉が切れた…つまり、必然的に白…2組が一位と言う事だ。
《只今の勝負…一位が白、二位が翠、三位が赤、四位が蒼です!》
…結果は二位。得点は一位の半分と言う事もあり、出だしは少々厳しいものとなってしまった。
「…すまない、一位は取れなかった」
比嘉が戻って来ると、そう謝罪の意を述べた。
「大丈夫だ。何も2組が毎回一位を取る訳でもない。アベレージで一位を取ればそれで良い。お前は良くやったよ、比嘉」
励まし方が上手いな、嘉納は。
まあでも、確かに二位以上を安定して取れば優勝の可能性というのはかなり高いだろう。そこら辺はクラスメイトを信じるしかないな。
…4組は一つに特筆した生徒が多い傾向だ。文武どちらかに特化した生徒はバランスは悪いが…体育祭においては、役割がはっきりしている上、番狂わせも起こしやすい。普段では発揮出来ないパフォーマンスが発揮される瞬間があるのが、この体育祭だ。
…次の1年部の競技はまだ先だな。因みに次の競技は…400m走だ。
「……」
──無いとは思いたいが…それはその時にならないと分からないな…。
[視点変更:東雲叡]
…現在、俺は次の競技、400m走に向けての軽いウォーミングアップをしている。途中で脚に違和感が…とか言っても、競技中では言い訳にしかならないからな。身体を解す事は大切だ。
「…っと。これで十分か」
軽く伸びをして、準備運動は終了。
「や、東雲君」
「──ん?」
振り返ると、そこには水瀬さんが居た。一応同じ競技に出るからな…それで何かあるのか?
因みにこの400m走の走順だが…奇数組が女子、偶数組が男子だ。男女間での走力差が出ないようにする仕組みだな。
「水瀬さん、だっけか?どうした?」
俺はそう訊ねるが…水瀬さんは。
「せんせー達が言ってた事、本当?」
「──え?」
そんな、意味不明な事を言い始めた。
…〝せんせー達が言ってた事〟…?何かやらかしたか?俺…。
「えっと…どういう事だ?」
「──?東雲君、〝棄権する〟って…」
「………は?」
…どういう、事だ?
「せんせー達、〝東雲君が脚痛めたから走れなさそうって言ってたらしい〟って──」
「待て待て!俺はそんな事言ってないぞ!?」
「え?でもなんかせんせー皆そう言ってっけど…」
…なんだこれは…話が噛み合わない、何故か矛盾を起こしている…それも決定的な。
…落ち着け…矛盾が起こったなら、その理由がある筈。俺と水瀬さんの話が噛み合わない理由…。
(…?待てよ…らしい…?)
ついさっき、水瀬さんが俺に伝えたのは…教師達が皆口を揃えて〝東雲叡は棄権するらしい〟と言った事。
…らしいって、なんだ?
──まさかとは思うが。
「──俺が棄権するって、誰が伝えたんだ…?」
「え?えーっと確か…」
水瀬さんは少し思い出す素振りを見せて…やがて答えた。
「──五十嵐なんたら〜…って人だっけ?」
「……………」
…それはおかしな話だ。五十嵐はあれっきり元気は失くなっていた。零が制裁を下したからな…。
…だが、まだ足掻く…?零の言葉ですら一時的な抑止力でしかないのか。
「──OK、分かった。大丈夫だ棄権はしない」
「え?脚は大丈夫?」
「ああ──もう、治った」
下手に介入させる訳にも行かないからな。治ったって事で済ませよう。
「それじゃあ、先生達に伝えてくる」
「あ、うん、りょーかい」
俺はその場を離れる。
……五十嵐。アレだけされて尚、やろうとするのか。
「──ふざけんじゃねえ」
悪ふざけにしちゃあ、やり過ぎだ。どれだけ周りを巻き込めば気が済む。
…それも、〝自分が絶対的存在だ〟という相当な自負心があるからこそ、こんな腐りきった事が出来るという事か。
「…だったら」
…ちゃんと、現実を見せてやるよ。




