14話 ちょっとした悪巫山戯
「__は?何言ってんだ?」
「皆が迷惑してるんだ…出て行ってくれ」
「…はぁ、お前さぁ…調子乗ってるよな」
五十嵐は途轍も無い冷気を帯びた眼光を俺に向ける。
…〝調子に乗っている〟…か。テキトーに託つけて相手を痛めつけるのに、本当に便利な言葉だ。
虐める側と言うのは、なるべく逃げ道を作れるように自身を正当化する。いざとなれば口実に使い、責任の全てを押し付けてくる。
まさにクズの所業…しかも厄介なところは、一部の人はそれで納得してしまうこと。相手はなんとか納得しようとするから、誤謬であるのにも拘わらず信じてしまう。
……今、五十嵐はソレをやろうとしているのだ。あたかも真実口で語っているが、全くもって詭弁である。
そもそも〝調子に乗っている〟なんて言う奴の方が調子に乗っている。そんな言葉は、ナルシシズムの傾向が強い奴しか使わないのだ。
〝自分が可愛くて仕方が無い〟。そんな考えがあるからこそ、簡単に他人を虐められる。自分が好き過ぎて、他人の事を殆ど考えないのだから。
「瑞葉と席が隣同士ってだけで調子乗りやがって…クソ陰キャの分際で、分不相応だ」
「…アンタなら分相応だと?」
「当然だろ?俺の顔面偏差値だと、何をしても許される。それがこの世の摂理なんだよ」
「…へぇ…顔面偏差値が高いとなんでも許されるのか…」
「そうだ。お前みたいなクソ陰キャには到底手に入れられないだろうな…だからさ__調子乗って瑞葉と関わろうとしてんじゃねえよ」
諄い、諄い。俺に非がないから、同じ言葉を繰り返しているんだ。見苦しい。
自分勝手の正義を振り翳し、その正義を隠れ蓑に自分以外を叩き潰そうとしてくる。
自分が絶対的に正しいと思っているから、俺達が絶対的な悪に見えているのだろう。ご都合解釈も甚だしい。
「………」
「………」
何秒か、睨み合いが続く。ヒリヒリとするような睨み合いだ。
…だが、やがて。
「__チッ。興が冷めた」
五十嵐は後頭部を掻きながら、そんな悪態をつく。
「瑞葉、すまないがさっきの約束はコイツの所為で反故にされた…また今度どっか行こうな」
…どうやらなんとか凌げたらしい。
だが…諦めてないな、コイツも。京さんに怯えられてて、強制的に言う事を聞かせているだけなのにな。それを止めようとした俺に対してその言い方は無いだろ…。
「あばよクソ陰キャ…二度と瑞葉と関わんじゃねえぞ」
…そう言って、五十嵐は去っていった。嵐みたいな奴だったな。
「はぁ…」
目立ってしまったな…まあ、別に良いか。顔さえバレなければ、目立っても良い。
「あ…あの…」
「…んぁ?」
京さんが何か言いたげな様子。何やら口をもごもごとさせながら俯いているが…言いづらいことなのだろうか。
…だが数秒後。京さんは口を開く。
「えっと…その__あ、ありがとう…ございます…」
…天官零に対しては、シャトルランの時以来の感謝か。どうやら京さんは感謝を言い慣れていないらしい。心なしか顔も赤く見える。ほんの少しだが。
…まあ、ここは。
「…どういたしまして」
素直にそう返しておくのが、普通だろう。
(視点変更:五十嵐光毅)
…俺の教室…1-1に戻った直後。
「…ッチ!なんだアイツは!!」
ドガァン!と机を蹴り飛ばす。教室内は驚愕が伝播して、静まる。
…現在、俺は憤怒している…その理由は言うまでも無く__あのクソ陰キャだ。
この俺に対して生意気な口を利いた。それだけならまだ、重罪ではあるが俺の寛容さがギリギリ許容していた…。
…だが、何より気に入らないのは。
「__なんでアイツが、瑞葉と席が隣なんだ…!」
俺のような容姿を持つ者なら、認めていただろう。瑞葉のクラスに居た、東雲とか言う奴。アイツが隣なら、まだ赦せた。俺には劣るが、負けない程の容姿を持っているから。
…だが。あんなクソみたいな野郎が瑞葉と隣、ってだけで反吐が出る。気持ち悪い。
しかも隣だからって調子に乗って好き勝手やっている。俺に命令出来る立場に無いのに、俺と瑞葉の関係を割こうとしてくる。
__あんなクソ陰キャが、瑞葉と釣り合う筈が無いだろう?
アイツは瑞葉が自分に気がある、と勘違い…ご都合解釈をしてやがる。
瑞葉は〝お嬢様〟だ。アイツみたいな平民とは位が違うんだよ。
瑞葉の美貌は奇跡的だ。国色天香という言葉が最も似合う。まさにトップ中のトップ。
そんな瑞葉と関わって良いのは…人類で唯一、俺だけなんだよ。アイツと同じく、奇跡的な容姿を備えている、俺だけ。
「ッチ、クソがぁ…!」
瑞葉は何れ、俺と恋仲になって、結ばれるに相応しい女だ…そして、それがこの世の摂理でもある。
…この世の絶対不変、絶対遵守であるべき摂理。世界最高の大和撫子である瑞葉と、世界最高の精悍さを持っている俺が結ばれる事を邪魔される事など、あってはならない。
だから__俺は、分不相応を、勘違い野郎を。
「絶対にあの勘違いクソ陰キャを…殺す」
(視点変更:天官零)
午後の授業。先程五十嵐が現れたことで少々雰囲気が悪いが…時間は待ってはくれない。現在の授業は古典だ。
「小生、夙に斯様な随筆に耽っていたのだが…才気が希薄であるが故、愧赧の念に阻まれ、随筆はやめたのだ。いやはや、不肖な身である小生が随筆など、烏滸がましいにも程があった」
この滅茶苦茶どうでも良い話をしているこの教師は明日雅宗。特に目立たない黒髪に、アルビノのような灰の瞳。黒の手袋や右目の眼帯は趣味らしい。
話し方が少しおかしいのが特徴で、話の内容もあってか、大半が〝何言ってんだコイツ?〟となることもしばしば。
…この高校には癖の強い教師しか居ないのか…?まともと言えるのは佐々木先生くらいだぞ…。
「して、小生はこの文の何処まで読んでいたのであろうか?」
いや…雑談して忘れるくらいなら雑談をしないでくれ…それが嫌なら、せめて全部読み終えてから言ってくれ…。
「すまん。小生は失念しやすくてな…但し、そんな小生にも唯一誇る事の出来る特技があるのだ。それは__」
…聞いたには聞いたが、本当にくだらない事だった。一言で表すなら〝不愉快〟だ。そんな内容だった。
…そしてそれを生徒の前で言う明日先生は、どういう神経をしているのだろうか…。
というか、授業から段々と脱線していってるぞ。
「小生がこの特技に目醒めたのは大凡13年前__」
…長くなりそうだな。
そう思いながらも聞いていたが、結局授業が終わるまで地獄のような話を聞かせられ続けたのであった…。
…下校中。今日は昼休憩にちょっとしたトラブルがあったが、それ以外は特に何も無い、平和な日常だった。
…俺が問題を起こした訳じゃないが、関わったのも事実。更に五十嵐の反感を買ってしまったので、これから何が起こるかの予想はしておいたほうが良い。
「…はぁ、なんでこうも悩まなきゃいけないんだ」
京さんが困ってた原因である五十嵐を止めた、ってだけなのに…なんで俺が悩まされねばならないのか。これじゃああの時に逆戻りしただけだ。
…そう考えると、それが居心地の良いものだと感じるのが、また腹が立つ。
「…っち、早く帰ろう…」
…そして、帰宅。
「おかえりっ、お兄ちゃん♪」
澪の、恒例のハグ。今日は全体重掛けてきた。少し重い。
「重くないっ!」
「心を読むな…」
最近心を読む奴が多いな…俺が分かりやすいのか?
「女の子に〝重い〟は禁句だよお兄ちゃん!絶対に!」
「いや、そうは言ってもな…この鞄よりは重いだろ…」
持っている鞄を見せつける。俺は結構荷物を入れる奴だから、重量としてはかなりある方だ。大体10kgと言ったところか。
「…お兄ちゃん、モテないでしょ」
「モテるかモテないかはお前が一番知ってると思うけどな」
「…生意気だよ…んもう…」
ちょっと拗ねてしまったらしい。頬を膨らませ、そっぽを向いている。
…まあ流石に、女性に〝重い〟がタブーなのは理解してる。今度は心を読まれないようにしないとな。
…根本的な解決になってない気もするが、大丈夫だろう。うん、大丈夫だ。
「はぁ…取り敢えずご飯作ってるから、手伝って、お兄ちゃん」
「ああ、分かった」
…澪の機嫌が悪いまま、夕飯の支度を済ませるのだった。
「…で、お兄ちゃん。学校どう?」
食事中、澪からそう訊ねられた。俺は箸を止める。
「唐突だな…」
「別に良いでしょ〜、それでどうなの?高校生活は楽しい?」
「…そうだな…楽しいかは分からないが…悪くは無い」
本当に、悪くは無い。少し変わった生徒や教師が居る学校。個性が集まった学校。ただそれだけのことなのだ。楽しくないとか、思う筈が無い。
「ふむふむ…友達出来た?」
「俺が自分から〝友達になってくれ〟とか言う奴だと?」
「まあ確かに…」
俺は止めていた箸を進めながら言う。
「友達ってのは自然と出来るもんなんだよ。話してれば自然とな」
「__と、中学時代に新しい友達を一人も作れなかったお兄ちゃんが言っております」
「おま…!それを言うな…!」
「へへ、さっき私の事を重いって言った仕返しね〜」
「思っただけで言ってはないだろ…!?」
「そこは重要じゃないでしょ?」
くっそ…あんな事言って中学時代友達作れてなかったとか…恥ずかしい。一人でも友達作っとけば、こんな事言われなかったのに…。
「…そう言うお前は中学入ってから友達出来たのか?」
「えぇ!?も、もももも勿論!!」
「………」
…絶対嘘だろ、その反応。
「な、何その目?私見栄なんて張ってないけど?決して授業でペア作れなかったり、独り寂しく登下校したりとかしてないけど??」
「…友達何人出来たんだよ」
「え!?え〜っと、あ〜…いっぱい?」
「…なら名前順番に言ってくれ」
「え〜っと…うぅ…ごめんなさい、出来てません…」
「だろうな」
何故そこで強がる…別に友達が居なくても良いだろうに。
「だって…お兄ちゃんと同じくらい信頼出来る人が居ないから…」
「実の兄の信頼が基準って…大体が面識無いんだし、そんなの基準にしてたら友達作れる訳ないだろ…」
家族くらい信頼出来る奴って…初対面でそんなの居る訳がない。理想が高すぎる澪である。
「男子はなんかドロドロしたいやらしい視線送ってくるし…女子はそれを見てドス黒い視線送ってくるし…はぁ…」
「お、自慢か?」
「困ってるの!!」
友達が出来ない理由が叡と同じだ…澪もなんか家事スキルと顔だけは良いからな…そりゃそうなるか。
「…はぁ、だったら訊いちゃうもんね。お兄ちゃんが彼女出来たかどうか」
…再び、箸を止める、箸は止まる。
「……出来ると思うか?」
「いやいや、普通にしてたら出来るでしょ?」
「出来ないよ…俺が彼女を作れる筈ないだろ…というか、なんで期待している風なんだよ。お前この前、俺に傷付いて欲しくないから女と関わるなとか言ってなかったか…?」
「お兄ちゃんが私の悩みを真面目に訊いてくれないから茶化しただけだよ〜。お兄ちゃんに彼女なんて出来る訳ないのは分かりきってるから」
「それはそれで酷いな…!?」
自分で言う分にはまだ良いが、他人から言われると癪に障るのは良くある事だ。特にこういう場面では。
…モテないからって好き放題言いやがって…事実だから言い返せねえ…。
「ま、でも良かったかな。楽しそうで」
「さっき楽しいかどうかは分からないって言ったんだが…俺、そんなに楽しそうか?」
「少なくとも私から見たら、お兄ちゃん楽しそうだよ?」
「お、おう…そうか」
全然自覚が無いわけなんだが…。
「…んま、別にお兄ちゃんが大丈夫だったら、彼女作っても良いんじゃない?」
「…だから作れないって…」
「まあまあ!もしもの話だよ!……あ」
澪は何かを思い付いたような顔をする。こういう時は大抵くだらないものなんだが…。
「もし良かったら…私が彼女になってあげても良いよ…?」
顔を紅潮させながら、そんなことを言う澪。
…コイツ、偶にこういうところあるんだよな…面倒臭い。
「痛った!?」
俺は澪の額に軽く中指を弾いてやった。まあそれなりに痛いデコピンだろう。
「馬鹿言ってないで食べろ」
「うぅ…ちょっとふざけただけなのに…」
「悪ふざけが過ぎるんだよ…お前は」
実は俺も心臓に悪かったり、感情がほんの少し昂ったりはする。実妹なのにな…いや、実妹だからこそか?普段はそんな事しないからな…偶にやるからこその良さ、みたいな感じだろう。よく分からんが。
「…水に流してくれない?」
「……反省してるか?」
「はいはいしてます!めっちゃしてます!」
「…はぁ、分かったよ」
「さっすがお兄ちゃん!大好き!」
ったく…調子の良い奴だ。
だけど、良く出来た妹だ。俺の事を良く分かっている。上手いこと絆されている気がしてならない。
…その時の俺は、五十嵐との問題に悩まされている事なんて忘れていて。ただ澪と話しながら、食事をしていたのだった。
14話終了です。澪の回でした。
明日先生の特技は本当に碌でもないものです、聞くに堪えないものです。ヒントを出すなら〝変態〟ってことでお願いします。
澪のデレに関してはノーコメントです。出来るなら本人に訊いて下さい。
ということで次回は叡と蒼馬、あとついでに五十嵐の回です。では。




