13話 ナルシスト・オブ・エゴイスト
事情により、一部のキャラの名称を変更しました。今回の話では関係無いので、気になる方は1話からお読みください。物語に支障はございませんので、悪しからず。それではお楽しみください。
「それじゃあ天官君、この問題解けるかな?」
「ぐっ…はい」
つい苦虫を噛み潰したような顔をしてしまったが…仕方無いだろう。何故かって?
__涼月先生が毎回、授業で俺を指名してくるからだ…。
問題を思考して解くのすら億劫なのに、それに加え『涼月先生ってアイツに気があるんじゃない?』だとか『あんな美女に毎日の様に名前を呼ばれるのが羨ましい』だとか。そんな視線や言葉が教室で跋扈している。
まあそれは嫉妬と言うよりは、羨望に近い眼差しであるので、決して悪い視線では無いのだが…俺は凄く気になるから、やめて欲しいところではある。
でも何故か涼月先生はソレに対して無視を決め込んでいる。黙認しているのだ…本当になんで?貴方に悪い噂が立ってるんですよ?
「__はい、解けました」
そんな事を考えている内に、さっさと解いてしまった。
…以前から気付いていたのだが…問題の難易度が、授業を重ねる度に少しずつ上がっているような気がする。
狙ってやっているのか、それとも単なる偶然か。前者ならば、面倒な事になりかねないが…。
「うんうん!完璧だね〜、流石天官君」
何が〝流石〟なのか…まだ、結構の人が解ける問題を解いてるぞ…。
「ん〜じゃあもう一問!63頁の問55!」
「はい…!?」
もう一問、だと…?どんだけ俺に問題を解かせたいんだ、この人…。
「ん〜?どうしたの〜?」
嫌な目だ。めっちゃ笑顔だし。
…クラスメイトは多分、勘違いしている。この人は多分、俺に気があるんじゃない…。
__逆に、俺を嫌っているんじゃないか?
これだけ問題を解かせるって、普通に嫌がらせの内に入るからな…でも、恨みを買った覚えなんて一切ないんだが…。
「__ふぅ…これで良いですか?」
「お〜またしても完璧!凄いね!」
「どうも」
…謎に褒めてくるが…皮肉か?それは俺に対する皮肉なのか…?
…午前の授業が終わり、昼食を食べている。今日は叡や蒼馬は居ない、女子達の相手をしている。
…お陰様でボッチ飯だ。
「…ん、美味い」
ボッチ飯でもやはり澪の料理は絶品だ。兄として鼻が高い。
…ふと思った。澪の料理を一度、他の奴等に食わせたらどうなるだろうか…。
多分美味すぎて死ぬだろう。そのくらい美味い。叡や蒼馬も初めて食った時はぶっ倒れた気がする…言い過ぎか。
…まあ、澪の料理は他人にそう簡単に食べさせないけどな。
「……」
「……」
…………。
…京さん?なんでこっち向いてるんですかね?
「…えっと…どうかしたのか?」
「…別に、何も。独りで食事は寂しそうだなと思っただけです」
「憐れむんじゃねえ」
自分の周りに人が多いからって…。
因みに今、俺と京さんが話しているわけだが…周りの男子は皆、一方的に京さんに話し掛けている。五月蝿いが…話そうと夢中なのか、俺と京さんの会話に気付きすらしてない様子。
…正直妬まれるのは御免だったから助かる。
「………」
……やっぱ見てるよな?こっち。
「…何か不満があるなら言ってくれ…あんまジロジロ見られると気になるだろ」
「…随分自意識過剰ですね。見てないです」
(いや見てるだろ…)
本当に何をしたいんだか。
入学してから大体一ヶ月…京さんの事は、分からない事だらけだ。分かる事と言えば…男子からの人気が凄い事だけ。
しかしその事は噂で容易に予測出来ていた…つまり、この一ヶ月で京さんの事は何も分かってない。
「…はぁ」
それにしても…いつの間にか人との関わりが増えている気がする。
小学校、中学校と進んでいた俺は…そこまで多くの人と関わるという事はしなかった。関わろうとも関わって欲しいとも思ってなかったしな。
…だけど鳳高校に来てから、それまでの生活が変化しつつある。俺からの関わりは極力避けているつもりだが…向こうから関わってくるからか?
確かに高校生は完璧に自立し、自律した人間と言っても良い。中学生までのように、精神的に未熟な人間では無い者が多いのだろう。
…だから、目許を隠している俺なんかに関わる物好きが居る。いやはや、厄介なものだ。俺としては、返ってしんどいからな。
…と、俺が憂いていた時。
__バタァン!
教室の扉が、勢い良く開かれた。
一瞬、誰しもがその音に身体を震わせた。口に食事を含んでいた奴は、それによって咽ている。
「__よお、瑞葉」
その声は、明るく弾んだ様に思えるが…案外冷静で暗い雰囲気を漂わせている。
「え、嘘、光毅君…?」
「ヤバ!めっちゃイケメンじゃない!?」
「脚なっが…」
「マジで!?ちょっとスマホスマホ!」
盗撮紛いな事をしようとしている奴はさておき…現れたのはイケメン。チャラついた感じの金髪、飴細工のような金の瞳。
それらも特徴と言えば特徴なのだが…一番の特徴は、その容姿。
叡に劣らない程の顔の持ち主…つまり最強の顔面を持っているって事だ。
…ソイツは真っ直ぐと、リズミカルに歩いてくる。真っ直ぐ、真っ直ぐ…机を一つ、また一つと過ぎて行って…。
…そして、京さんの席に差し掛かろうとする。そこには、京さんを囲んでいた生徒が十数名居た為、簡単には通れない。
…だが。
「退けよ」
「__づっ!?」
「__ぐっ!?」
「__あ゛っ!?」
強引に、力強く肩をぶつけて突破していく。フィジカルは中々だ。
…そして、遂に京さんの座っている席の机の前に来ると、ソイツは京さんの方を向き…。
バンッ!
と、机を強めに叩いた。京さんは少しビクッと震え、警戒しているようにも見える。
「瑞葉、やっと会えたな」
「…どなたですか?」
「あれ?知らないか…1-1の五十嵐光毅」
……五十嵐、光毅…?
…そういえば…。
『ねえ、キミって4組の東雲叡って人と仲良い?』
『なんでそんな事を訊くんだ?』
『いやー、あの人女子の間で凄い人気でね?ウチのクラスの五十嵐って男子に比肩するくらいのイケメン、って騒いでてね』
『…五十嵐?』
『そう、五十嵐光毅。1-1の生徒で相当なイケメン。まあ…アタシはあんま好きじゃないけど』
『なんでだ?』
『性格が…ね。ちょっと、顔面偏差値じゃ補い切れないくらいに悪いから、アタシは許容出来ないかなー』
『へえ…』
__そんな会話を、恋菜としていた気がする。
つまりコイツがあの__性悪イケメンか。
「__それで、私に何か?」
…京さん、少し萎縮している…?普段ならあっさりといなす筈なのだが…。
「ああ、少しな…ま、そう言っても簡単だよ」
「……」
バンッ!
またしても、机を強く叩く五十嵐。そしてまたしても、少し震える京さん。
…ああ、成程…そういうことか。
「放課後予定あるか?無いなら一緒にカラオケ行かないか?」
めちゃくちゃそこらのチンピラみたいなナンパだ。普通こんなの即お断りだ。
…でも、コイツは。
「…生憎と、用事が__」
「__あ?」
「ッ…!?」
…やっぱりか。
コイツは高圧的な態度を取ることによって、京さんを支配しようとしている。
以前、京さんが鳳崎等に嬲られていた時。奴等は威圧やら力やらで京さんを襲おうとしていた。
…それと似たような事か。
京さんじゃなくても、大抵の女性は男性から威圧的な視線を向けられると恐怖を覚えるものだ。それを、五十嵐は実践している。
現在、京さんが萎縮しているのもそれが原因。
「…ぁ、の…」
「__おお、良いのか。感謝する」
「え…?」
……コイツ。
「それじゃあ駅の近くのカラオケに行くことにするか」
「ぇ、いや…あのっ…」
「………」
「ッ…」
…恋菜の言っていた通り…いや、それ以上だ。勿論、悪い意味だが。
…ああ、なんて性悪なんだ。
__コイツ、否応なしに強制的に京さんを連れて行く心算だ。
「瑞葉、くれぐれも忘れ__」
「待て」
「………あ゛?」
五十嵐の暴走を止めに掛かったのは…嘉納。
…そういえば嘉納は京さんが好きだったな…俺が勝手にそう解釈しているだけで、本人からは聞いてないけどな。
…だがそれ抜きにしても、五十嵐の事は赦せなさそうな顔をしているが。
「なんだお前」
「嘉納暁人だ」
「ふーん、知らねえな」
ピリピリとした空気に包まれる。いつ爆発しても、おかしくない空気。まさに、一触即発の空気だ。
「__んで、お前如きがなんの用だ?」
「…如き?」
「こっちが質問してんだろ?お前みたいな下等は俺みたいな上等の質問に答えれば良いんだよ」
「…下等?上等?意味が分からないな」
多分誰も意味が分かってないな。無論、俺もだ。どういう基準で上下関係を決めているのか、全く理解し難い。
「はぁ…言ったことが分かんねえのか?」
五十嵐は怒気を孕んだような溜息を吐き…そして、言った。
「__ありふれた容姿であるお前が、特別で別格な容姿である俺に口答えするなって言ってるんだ」
……………。
「「「「「………はぁ?」」」」」
……そういうことか。
要するに、奴の上下関係の判断基準は〝顔の良さ〟だ。
容姿が良ければ上、悪ければ下。単純な判別方法だな。
「この世は顔が全て。故に誰よりも優れた顔面を持つ俺は、この世の全てを支配出来るんだよ」
「言ってる事が支離滅裂過ぎるだろ…なんだコイツ…」
…コイツのヤバい点がいくつか見つかった。
一つ目は先も言った、〝強制〟。無理矢理言う事を聞かせようとしてくる。その為の力や方法も備えている。
二つ目は、〝この世の女性を全員面食いだと思っている〟。このご時世、顔よりも俗に言う〝3高〟が重視されるのだが…まあそれって結婚前提だけどな。
…そして三つ目。〝自分を絶対的トップだと思い込んでいる〟。
これは五十嵐が顔面主義者だからそう思い込んでいるのだろうが…あらゆる面に置いて自分が1位だと思っている口だな…。
「だからさ__口答えするなよ」
「……」
嘉納は固まっている。
…尤も、嘉納は萎縮しているというよりも呆れていそうなものだが。多分、〝餓鬼の戯言〟とでも思っている筈だ。
実際その通りだ、俺も同感だ。持って生まれた環境の所為か、五十嵐の思考は子供寄り…つまり自己中心的な考え方なのだ。
…だが身体が子供よりデカい分質が悪い。その我儘は可愛らしい子供だから許されるのであって、図体のデカい高校生がやっていいものではない。
「ぇ…ぁ…」
「__ごめんよ、瑞葉。少し待っててくれ」
「…おい、お前何言って__」
ドガァン!
「__がぁ…っ…!?」
「「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」」
__子供は未熟が故、分別が備わっていない。だから、簡単に〝悪〟の行動を選択できる。
…だけど、それはつい先程言ったばかりで、子供であるから許容出来るのだ。子供だから許されるし、赦されるものがある。
暴力だって、悪い事だと知らないということだけじゃ質が悪く聞こえるが…子供程度の筋力では、ただのじゃれ合い程度なのだ。痛くもない。
…だが…大人が子供と同じ様な事をしたら?
今回の場合は五十嵐…高校生の筋力は大人も同然。そんな奴から悪気の無い純粋な暴力を振るわれる。気持ち悪いだろ?
まあつまり、簡単に言えば…五十嵐は〝大人の筋力を手にしている子供〟ということだ。
「嘉納君!?」
「おい嘉納!大丈夫か!?」
「っ…ああ、大丈夫、だ…」
見るからに、大丈夫では無い。殴られた音からするに、骨が折れててもおかしくない一撃だったのだ。
「はぁ…ギャーギャー騒ぐんじゃねえよ」
五十嵐は首をコキリと鳴らす。その動作だけで、全員が黙ってしまった。結構な威圧感だ…震え上がるのも無理はない。
「………」
「お前の考えている事くらい分かるぜ?〝瑞葉が盗られたー、何とかしてこの男を引き剥がさねえとー〟ってな」
…嘉納はそんな事を理由に行動する奴では無いと思う。付き合いは短いが…なんとなく為人は分かっているつもりだ。
確かに微塵もそんな考えが無かったかと言われればそうでは無いかもしれないが、嘉納は自身の損得で動く奴ではない。
嘉納の今回の行動は、嘉納のお人好しによるものなのだ。
「…テメェ…」
南原が五十嵐を睨みつける。嘉納とは腐れ縁だったな…だがそれでも良い仲だ。
「なんだ?イキってオールバックになんかしやがって。ふざけてんなよ?」
お前も髪はしっかりセットしてんじゃねえか。ブーメランだぞ。
「ふざけてんのはどっちだ!!」
南原が五十嵐の胸倉を掴む…が、五十嵐は抵抗すら見せない。ただただ涼しい顔をしながら、闇のような暗く冷たい視線を南原に浴びせている。
「っ、やめろ…敏久っ…」
「暁人、でも…!」
「殴ったら、コイツと同類だ…」
「ッ…っち!!」
五十嵐の胸倉を掴んでいた手を離す南原。五十嵐は「フン」と嗤いながら、南原が掴んでいた服の部分を、砂を落とすように手で払う。
「ったく…虚仮威しも良いところだ」
「ああ!?」
「顔も不出来、根性も無い。同じ人間として恥ずかしい限りだ」
「テ、メェ…」
…そろそろ爆発しそうだな…。
………はぁ…仕方無いか。
「__おい」
「__は?」
頭より先に身体が動くのは良くないが…そうも言ってられないな。
…コイツは、似ている。似過ぎている。
「__なんだよクソ陰キャ」
クソ陰キャ…ね。その言葉も聞き飽きた。
〝僕〟から〝俺〟になった初期の頃は、本当によく言われたなぁ…嫌な思い出だ。
…だから、俺は。
「__此処から出て行けよ」
__コイツみたいな奴が、一番嫌いなんだよ。
13話終了です。
鳳高校は治安の良い高校という評判がありますけど…五十嵐の所為で台無しです。因みに五十嵐は自分の存在が鳳高校の評判を上げていると思っています。傍迷惑ですね…。
以降は五十嵐の存在がどんどんデカくなっていくと思いますので、苦手な方は注意してください。それではまた次回。




