12話 一風変わった練習の様子
…ゴールデンウィークはあれ以来、特に何もしなかったので、直ぐに過ぎ去った。今日は、木曜日。
…今日から、体育祭の練習が始まる。それに伴い、体育の授業が増えるらしい。
…それで、今は体育の授業中ってわけだ。
集合場所はグラウンド。気温が上がり続ける季節である為、晴れている時の屋外授業は中々に暑い。
まだ体操服は冬服が多いが…夏服を着ている生徒もちらほら目立つ様子だ。
「よ〜し!それじゃあ今日から体育祭の練習に入るぞ!練習を甘く見るなよ!練習は本番のように、本番は練習のように!練習さえしっかりしておけば、本番はどうとでもなる!努力は裏切らない!筋肉は正義!!以上だ!!!」
長谷川先生は大音声で言う。
…後半は意味が分からなかったが、まあ努力すれば結果は出るって事だろう。長谷川先生の性格の所為で分かりづらくなっただけっぽいな。
「それじゃあ各々出る種目で集まって練習してくれ〜!」
長谷川のその言葉が合図となり、俺達は事前に確認していた集合場所へと移動し始める。
…俺も移動するか。俺が出る種目…1年部クラス対抗リレーに参加する生徒達が集まる場所は校舎前だ。
「…これで全員だな?」
恐らく、全員が集まった。1クラス5人、計20人の生徒か。
…そう言えば、リレーに関して詳しい説明をしていなかったか。
リレーは女子2人、男子3人でバトンを繋いでいく。第一走者は女子、第二走者は男子と決まっているが、それ以外は走者に関しての制限は無い。
テイクオーバーゾーンは30m。それを越えた場合、減点対象となる。
他にも減点対象となる項目は沢山あるが…今はこれだけで良いだろう。
「…取り敢えず、1組から順に自己紹介してくれ。誰が誰なのか、正直分からない」
嘉納は自己紹介を促す。まあ、入学から一ヶ月も経ってないくらいだからな。顔も名前も覚えていないだろう。
__長いからテキトーにまとめるが…。
1組…紅のメンバーは木下、司馬、田邊、永野、廣瀨。
2組…白は安藤、添田、轟、真嶋、横山。
3組…蒼は一条、江崎、黒凪、白宮、芳藤。
…そして4組…翠は天官、嘉納、瀬上、二宮、御手洗。
…以上が、1年部リレーの出場選手だ。
「ふぃ〜、なんだかパッとしない面子だね」
3組の白宮渚がそう言葉を漏らす。アウターカラーが白でインナーカラーが黒のミディアムヘア、青の双眸。陸上部に所属している女子生徒で、第一印象は〝クール〟。
それにしても…パッとしない、か。まあ、無名が多いしな。別にそんな言い方はしなくても良いと思うが。
「おいおい白宮、その言い方はねぇだろ…不快な音がする…」
同じく3組の黒凪晃成。ハーフバックの黒紫の髪、鮮やかな紫色の瞳。黒凪は音楽部だが、運動もかなり出来るらしい。また、音から感情などを聴き取れる、というまあまあ便利な才能を持っているとか。
まあ無意識的に聴き取ってしまうから、五月蝿いと感じる事もしばしば、らしいが。
「ごめんよ〜コウ君。でもあたし、思った事が口に出やすいからね〜」
「ったくよ…悪いな、コイツの言う事はあんま気にしないでくれ」
「ああ、分かってる」
嘉納がそう言って…そして、俺等全員に届く声で。
「…各クラス、リレーの走順は決まってるな?」
全員が頷く。
「…よし、それじゃあ分かりやすいように、クラス毎に走順で一列に並んでくれ」
…十数秒後、全員が並び終えた。
…4組の第一走者は御手洗京香、第二走者は二宮剣、第三走者は瀬上梨香、第四走者は天官零、第五走者は嘉納暁人。
…結果的にはこの並びで決まった。並び的には、中々良いと思っているが…。
「…おっ。中々面白そうじゃ〜ん」
白宮さんが横の列を見て興味を示す。白宮さんは…第四走者。
第四走者は…1組が木下那奈、2組が横山健太、3組が白宮渚、4組が天官零…〝面白そう〟?味気ないの間違いじゃないのか…?
白宮さんはこの第四走者の中では唯一の陸上部だが…そんな白宮さんが興味を持つ瞬間は、ライバル的ポジションの人間と走る時じゃないのか?
「やほ〜。えと…君名前なんだっけ?」
「さっき自己紹介しただろ…」
まあ一度の自己紹介で覚えられるとは思っていないが。
「冗談じょーだん。天官零君だったよね?」
「ああ…そうだが」
憶えてたらしい。いや、なんで?なんでこんなパッとしない男の名前憶えてんの?
「その前髪、結構印象深いし、加えてあんま聞かない苗字だしね〜、逆に覚えちゃうっていうか。ほら、難しい言葉は印象に残るでしょ?」
「はぁ…そうか」
「もう、レイレイはドライだね〜」
「誰がレイレイだ」
俺を変な渾名で呼ぶな、全く。
「んで、そっちがなっちゃん、そっちがケン君ね」
「げ、僕達まで渾名かぁ…」
「あ、あはは…宜しくね、渚ちゃん」
…距離の詰め方がおかしいだろ、コイツ。
「…んん゛っ…確認は終了したか?それじゃあ早速練習に入るか…バトンを取って、各クラスで練習してくれ」
「「「「「「「「「「了解!」」」」」」」」」」
…とまあ、そんなこんなで、練習が始まった。
…始まったんだが…リレーの練習って、何すれば良いんだ…?
「一先ず、俺達4組はバトンパスの練習でもしておこうか」
「うん、そうだね!」
「まあ、順当だな!」
「私、頑張るね…!」
「…了解だ」
…どうやらバトンパスの練習らしい。まあ十中八九そうだと思ったが。
バトンパスはテイクオーバーゾーン内でバトンを受け渡す。そのテイクオーバーゾーンの距離の感覚をある程度把握しておけば、バトンパスが素早くなるだろう。
…4組は、このバトンパスが鬼門だが…マスター出来れば、かなり良い勝負が期待できるかもしれない。走順は、一応俺達なりの考えがあるからな。
…俺の場合、バトンを受け取るのは瀬上さん、渡すのは嘉納だ。俺の存在がネックだが…まあなんとかなるだろう。
「グラウンドは…今は使えないか。なら、そこの空いているスペースでやるぞ」
グラウンドは、現在400m走の出場者が使用している。交代の時間がある為、待っていれば使えるだろうが…その間の時間が無駄な為、練習は空きスペースでやるのが良いだろう。
「御手洗、バトンだ」
「…うん、ありがとね嘉納君」
嘉納は第一走者である御手洗さんにバトンを渡す。御手洗さんは走るのには少し時間があるらしいが…バトンを受け取るのが苦手なんだっけな。
だから、バトンを受け取る必要のない第一走者。弱点が一つ潰されたってわけだな。
「そう言えば、御手洗はなんでバトンを受け取るのが苦手なんだ?」
嘉納が純粋な疑問を口にする…まあ、俺も気になるな。
「え、ええと…その…」
…何やらモジモジしているが…やがて御手洗さんは口を開いた。
「な、なんか恥ずかしいの…!」
「「「「……はい?」」」」
全員が、疑問符を浮かべる。あまりにも、予想していない答えが飛んできたから。
…なんだ〝恥ずかしい〟って…どういうことなんだ?
「えっと、ね…上手く言葉に出来ないんだけど…私、バトンを託されるとね…信頼されてるみたいで…その…私を頼りにしてるみたいで…えっと…」
あー…つまり、あれだ。自分が信頼するには大丈夫だが、信頼されると恥ずかしいんだな、うん。
「…はは…なんかこっちも恥ずくなってきたぞ…」
二宮も羞恥を感じているようだ。まあ二宮は、その御手洗さんからバトンを受け取る第二走者だからだろうな。羞恥が移っても、おかしくない。
「ごめんね二宮君…」
「それは何に対する謝罪なんだ…?」
「__って、そんな事は良いから、早くしようよ!」
瀬上さんがそう急かす。確かに、貴重な時間だ。ここで無駄に消費したくはないな。
「…まあ、取り敢えず全員距離を空けて、バトンパスの練習始めるぞ」
…嘉納がそう言って、俺達はバトンパスの練習を始めるのだった。
__この練習では結果的に何も上達しなかったのは、言わないお約束だ。
「あいよっ!」
「っと…」
グラウンドの交代時間が来たので、現在は実践形式でやっている。つまり、走る事とバトンを受け渡す事、どっちもやるって事だな。
…練習はクラス別でやることになっている。そこはジャンケンで決め、4組が1番目になった。
…そして今、俺は瀬上さんからバトンを受け取ったところだ。
ダダダダダダッ!!
…まあ、無理しない程度の速度で走ろう。うん、それが良い。
「って速…!?」
後ろの瀬上さんからそんな声が聞こえてきたが、速くは無い…よな?ちょっと走り出しが良かっただけだしな…誰でも出来る筈だ。
(遠心力を視野に入れて、最適なスピードを…)
コーナーを曲がる時には少しスピードを落とした方が良いらしい。全力でも遠心力が働いて走りたい方向に速く走れないらしいからな。コーナーを速く走りたいなら、遠心力を考えてみてくれ。
っと…考えていたら、嘉納がすぐ前でスタンバイしていた。
「嘉納」
「おう、サンキュー」
嘉納はバトンを受け取って、そう礼を言って走っていった。
__アイツ、めっちゃ速いじゃん。
まあアンカーなんだから当然なのだが…にしても速すぎるだろう。
スポーツがかなり出来る方だって、以前言ってたが…撤回、アイツはめちゃくちゃスポーツ出来る奴だ。
…嘉納暁人は、れっきとしたスポーツ人間だ。
「…ふぅ」
その後、何度か練習を続けた。
実践形式の方がバトンパスの上達が早かった。練習だと全くだったのにな。
練習で流れた汗をタオルで拭く。炎天下ではないにしても、運動すれば汗をかく。タオルを持ってきておいて正解だったかもな。
__と、その時。
バンッ!
「ぅっ…!」
「やほ、レイレイ」
「って、白宮さんか…」
今の音はどうやら、白宮さんが俺の背中を叩いた音らしい。
いきなり背中を強く叩かれたらビックリするだろ…しかも女の力じゃねえし…。
「今失礼な事考えてた?」
エスパーかよ、コイツ。
「…………………いや、考えてないが?」
「その間が全てを物語ってるじゃんか!?」
「いや、人によっては褒め言葉に__」
「なるならそんな間は無かったでしょ…もう」
少し不貞腐れる白宮さん。
「……なんか、すまん」
…別に不貞腐れる理由は分からないが、多分俺の所為だろうと思い、謝罪した。一応失礼な事を考えていたのも事実だし。
「まあ良いけどさ〜…それで、レイレイに訊きたい事があるんだけど」
「?」
訊きたい事、か…なんだろうか。
色々予想してみたが、碌でもない事しか予想出来なかったので取り敢えず耳を傾けることにした。
「__レイレイってさ、本気で走ってたのかね?」
………。
「…何を言い出すかと思えば__」
「成程、しらばっくれるのか〜…嘘は良くないな〜」
「いや、まだ嘘すら吐いてないんだけどな」
「じゃあこれから嘘を吐こう、って?」
…「言ってないが?」なんて言葉は届きそうにもなさそうだな。
「さて、どうだろうな」
「あ!はぐらかすのあたし嫌いなんだよね〜」
「いや…知らねえけど」
別に、白宮さんに嫌われてもどうでも良い…別に興味も無いからな。
…今〝強がってて草〟って思った奴は手を挙げろ。赦さないけどな、絶対。
「どう考えてもおかしいんだよね〜…レイレイ、スタートダッシュ速すぎだからね」
「んなわけないだろ」
「スタートダッシュがあれだけ速けりゃ注視するでしょ〜…その割にトップスピードあんまだったし、手抜いてるとしか思えないね〜」
白宮さんはベタベタと俺の腕やら脚やらを触ってくる。
「ほら、こんだけ筋肉ある割に走力あんまり無いのはおかしいよ〜?やっぱり手抜いてるでしょ?」
「だから違う…って、何ナチュラルに身体触ってんだ…」
「あはは、赦して赦して〜」
「はぁ…」
読めない奴だな、本当。
「んじゃ、また後でね〜レイレイ」
白宮さんは手を振って、3組のリレーメンバーの許へ戻っていった。
「……」
…………。
__要注意、だな。
「あー!疲れたー!」
「やっぱ体育祭の練習キッツ…」
「本当にね〜…身体ガタガタだよ〜…」
練習が終わり、休み時間。練習でクタクタになった生徒達は、そのような言葉を漏らしていた。
「零、練習どうだった?」
俺は叡と蒼馬と話している最中だ。
…今更思ったが、このクラスの奴等は俺みたいな奴が、叡や蒼馬みたいな奴と仲睦まじく話していても何も言ってこない。不平不満の1つや2つあるものだと思っていたが。
…意外と俺、良いポジションに居るのかもしれないな。
…それに、このクラスのカーストが曖昧なのか、上も下も殆ど関係無い感じになっている。前に俺に言い掛かりをつけた南原も、この〝暗黙のルール〟のようなものを遵守しているらしいしな。
「…まあ、普通の練習だったな」
「普通ねぇ…本気出してたか?」
「出すわけないだろ…出したらおかしくなる」
「まあ、そりゃそうだな…」
「…零は態々自分を隠してるからね…その仮面が剥がれたら、色々面倒だし」
…そう、仮面が剥がれるわけにはいかない。
「んま、そうだな…」
「逆に叡と蒼馬はどうだったんだよ」
「んあ?ああ、なんか走ってるだけなのに女子に騒がれた」
「僕もなんか打って走っただけで騒がれた」
「お前等モテているようで何よりだな」
少し皮肉っぽく言ってやった。
…別に恋愛に関心が無いだけで、興味が無い訳ではないからな。惚気とかの類には、少し反応してしまう。
…まあコイツ等、顔も性格も良いから、そんな言葉だけで全て納得してしまうのが怖い所だ。容姿が良いだけで随分と世界が違うもんだな…。
「良い事だけじゃ無いんだぞ…俺も零みたいに、前髪を伸ばそうかな…」
「前髪を伸ばしても、少なくとも高校では無意味だからな。諦めろ」
「ぐぬぬ…」
歯軋りする叡。
…ったく…モテ過ぎが悩みって、随分と贅沢な悩みだな…。
12話終了です。
名前を考えるのが少し大変でした…はい。自分でも管理しきれないです。
自分面倒臭がりなんで、いつもメモを取ってないんです。だからどんなキャラが出たのか分からないという致命的な欠点を抱えてるんですね。
…まあ、出来るだけ覚えられるように頑張ります。メモは取りません。では。




