10話 The Neighbor(前半)
こちらではお久し振りですかね?少々空きましたが、10話です。
数日後、無事にゴールデンウィークに入った。今年は休日と被らなかったので、五連休だ。
俺は先日約束した通り、澪と共に、隣人の許…601号室を訪問することにした。
ピンポーン、とインターフォンを鳴らす。
数秒してから、
《お、零君。どうしたの?》
という声が聞こえてきた。
「…涼菜さん、澪が遊びたいんだとさ」
「えへへ〜。遊びに来ちゃいました♪」
《そうなんだ!じゃあ今そっち行くね〜》
トタトタと、こちらに歩いて来る音が聞こえる。そして、カチャリと鍵が開く音。
そして扉が開いて、姿を現す。
「何気に久し振りじゃない?もう少し顔を合わせて欲しいな〜」
「それはすまん」
「零君、思ってないよね?絶対」
「そんなまさか」
この人は、隣人の吹雪涼菜。俺より3つ年上の大学1年生だ。
白味が強い薄紫色の髪に、黒色の大きな瞳。スレンダー体型で、こう見えて体幹がえげつない。
「まあ良いけどさ〜。天官兄妹はボクのお気に入りだからね。空いてる日は是非とも遊びに来て欲しいわけだよ」
「俺としてはあんまり来たくはないんだが」
「冷たいね〜、ツンデレかな?澪ちゃ〜ん、零君が冷たいよ〜」
「駄目だよお兄ちゃん!流石に顔を合わせるくらいはしないと!」
「それだけじゃ済まないから言ってるんだろ…!」
涼菜さんが危ない人なのは、俺が一番よく知ってる。顔を合わせるだけで済まないのは分かりきっているから、あまり来たくなかった。
「まぁまぁ。取り敢えず上がって上がって。愛依はもう起きてるし、早く会いたいだろうからね」
「はぁ…なら邪魔するぞ」
「お邪魔しま〜す♪」
玄関とリビングを繋ぐ扉を開くと。
「あ!零にぃ!澪ねぇ!久し振り!」
と言って、俺と澪に飛びついてきた。
「うおっ…ああ、久し振り、愛依。元気してたか?」
「うん、でも零にぃ達が居なくて寂しかったかも…」
「それはごめんね愛依ちゃん。お兄ちゃんがあんまり来たがらないからさ〜」
「澪、余計な事を言うな」
…この子は吹雪愛依。涼菜さんと同じ、薄紫色の髪に黒の双眸。今年から立派な中学1年生になった子だ。
基本的に、涼菜さんにベタベタしているが、俺や澪にも良く懐いている。
「なら、私がそっちの家に行けば良いね!今度涼菜ねぇと一緒に遊びに行く!」
「……あ、その方法があったか〜」
「え?涼菜さん思いつかなかったの?」
…ああ…ヤバい。愛依は純粋な子だから、悪気は無いんだろうが…涼菜さんが来るとなると、俺の貞操の危機に瀕する回数が増えるんだよな…。
「いや〜、ボクって基本的に受け身なタイプだからね〜。零君から来ないから攻めになってるだけで」
「…だ、そうだよお兄ちゃん。攻めてあげ__」
「澪?」
「痛い痛い痛い!?肩掴まないで!?」
全く余計な事しか言わない妹だ。どうやら少し灸を据える必要が__
「ッ!?」
突如、なんか嫌な感じの手が飛来してきたので、澪の肩を掴んでいる手を離して回避し、距離を取った。
「ふぅぅぅ…」
「ありゃりゃ…避けられちゃった。油断している今がチャンスだと思ったんだけどな〜」
嫌な感じの手は、涼菜さんの手だった。
「…涼菜さん、何すんだ」
「いんや?澪ちゃんが少し可哀想だったからね、助けようと思って」
「…んで、あわよくば?」
「そのまま零君を襲おうと思って__」
「本当にやめてくれ!?」
涼菜さんフィジカルがエグいから、一度捕まったら中々抜け出せないんだよ…マジで。
「真正面からだったら返り討ちにされるし、隙を探そうと模索してるんだけど…最近の零君は隙が無いね〜」
「何度もやられてたら、対策くらいするに決まってるだろ…」
一体、何度同じ目に遭ったと思っているんだ。というか、そんな事で頭を使うんじゃない。
「でもボク結構可愛いと思わない?こんな可愛いお姉さんに襲われるなら零君も本望じゃない?」
「…可愛いのは否定はしないが、勝手に俺の本懐を捏造するな」
「あ、ちょっとデレた?貴重なデレだね〜、録音させて貰ったよ」
「消せ。というかなんで録音してんだ」
「録音するだけで零君の声がいつでも聴けるんだよ?録音しなきゃ損でしょ。あと消さないよ?」
…何故こんなにも好かれているのか。俺なんてただの陰キャだぞ?何処にでも居る普通の陰キャだぞ?
本当に、意味が分からない。陰キャは男女問わず嫌われやすいって聞いたんだけどな…。
「…お?零君その手に持ってるのは?」
涼菜さんが、俺が提げている紙袋を指差す。
「会った時点で気が付けよ…差し入れだよ」
「おお!ありがとう零君」
紙袋を涼菜さんに渡す。一瞬、何かされるかと警戒したが、特に何もしてこなかった。
因みにこれは、以前スーパーで京さんと会った時に購入したものだ。中身は__
「…まさかのプレミックス系?」
「そうだが?」
そう、ホットケーキミックスだ。
今〝絶対ふざけてるだろ〟と思った奴…俺は至って真面目だ。舐めるな。
「…普通お菓子とかじゃないの?」
「広く見ればお菓子だろ」
「…まあ、確かに__」
「違う違う!涼菜さん騙されないで!お兄ちゃんもなんでプレミックスを買ってきたの!?」
そう俺に問い詰めてくる澪。そんな澪に、俺は。
「俺は気付いたんだよ…」
一拍を置き…そして告げる。
「好かれてるなら、嫌われれば良いってな」
「「…???」」
「どういうこと?私、零にぃのこと大好きだよ?嫌いたくないよ」
「ああ、ありがとう愛依。けど愛依に言ってるんじゃないんだよな」
俺は愛依によく似た、愛依の姉の瞳を見つめる。
「どうやら俺は涼菜さんに嫌われたいらしいからな。どうにかして嫌いになって貰おうという魂胆だ」
考えてもみろ。差し入れや土産にプレミックスを渡す奴に、好感が持てるか?持てる奴は相当だな、褒めてやるよ。
「あー…成程。零君、君やっぱなんかズレてるよ…」
「…ズレてる?」
何が、〝ズレてる〟のだろうか。少なくとも自覚は無い。
「あのねー、ボクは零君の事、そんな事で嫌いにならないんだよ?寧ろ零君がボクを遠ざけようとしてるから、ボクがどう近づこうか考えてるんだよ」
「…面倒臭い…さっさと嫌いになれば良いものを…」
どうやら俺は、勘違いしてたらしい。この人は、悪い意味で豪放磊落な人なんだ。
小さいことは気にしない、そんなタイプ。俺にとっては重要な事だったんだが…涼菜さんにとっては些事らしい。
「ねーねー零にぃ。一緒にゲームしよ〜」
「…仕方無いな。なんのゲームだ?」
「やった!えっとね…〝悪魔の社〟って言うゲーム__」
「愛依、他のゲームは無いか…?」
「え!?なんでなんで〜!?」
「い、いや…だってそれ…」
「はは〜ん…お兄ちゃん、やってあげなよ〜」
澪が完全に下衆な目をしている…ふざけるな。
「愛依、零君はホラーが苦手なんだよ。ボクも何回か零君がビビってたの見たことがあるけど…可愛かったな〜」
そう、〝悪魔の社〟は今話題のホラーゲームだ。なんでも〝歴代最高クラスのホラーゲーム〟らしく、ゲームを中断する人が続出しているとか。
ホラーが得意と称されるホラゲー実況者も、恐怖で泣き出す人が大勢居たらしい。そう、そのくらい怖いのだ。
「え〜、大丈夫だよ。怖かったら私が慰めてあげるから!」
「うぐ…」
因みに、愛依はホラー耐性カンストだ。本当に、何をやってもビビらない。純粋な子供が故か。
「わ、分かったよ…やってやるから…」
「やった〜っ!じゃあすぐ行こう♪」
「おい、引っ張るなっ…!」
そうして、俺は愛依に連れられるがまま、ホラーゲームをしに行くのだった。
(視点変更:天官澪)
「…で、涼菜さん。お兄ちゃんは今どういう感じ?」
私は涼菜さんに、そう訊ねる。所謂…〝経過観察〟的なものだろうか。
「ん〜…悪くはないんだけど…思い出すと、って感じかな」
「…そっかぁ…」
涼菜さんはお兄ちゃんを良く見ている。ある意味、お兄ちゃんの一番の理解者。だから、お兄ちゃんの変化を誰よりも早く、良く感じ取る事が出来る。
…どうやら、そこまで良くは無いらしい…やっぱり、深いのだろうか。
「…ま、最近は少し楽しそうにも見えるね〜」
「え?」
その言葉に、思わずそんな声を漏らす。
「意外にも順風満帆な高校生活が送れてるのかな?人との関わりが増えてるのかもね」
「…成、程…」
先日、お兄ちゃんが言った事を思い出す。
南原、って人と揉め事があって…クラスの雰囲気が暗くなってきた時、お兄ちゃんが軽くムードを明るくなるように作った、って話。
…〝あの日〟から、お兄ちゃんがそんな事をしようと思ったことがあっただろうか?場の雰囲気作りを率先してやろうと思った事があっただろうか?
いや…断じて、なかった筈だ。
「お兄ちゃんは、少しずつ良い方向に進んで行ってるの…?」
「どうだろうね〜…一概に良いとは言い難いかな〜…」
だけど、と。涼菜さんは付け足して。
「零君が変わって行ってるのは、確かかな」
「………」
「…だから澪ちゃん。零君が変わるまで…頼むよ?」
「分かったよ、涼菜さん」
…強いね、涼菜さんは。
そう喉元まで出掛かったが、留めた。
〝偽り〟を気付かせる程、私は非道じゃない。ここで意志を汲み取るのが、私の役割だ。
「…ただ。澪ちゃんも気を付けてね。零君は周りの人達によって支えられてる。ボクも、少しならそこに入ってる…ボク達は、零君が当て所無く彷徨わないようにする、縁。そんな人達だけが、零君を壊さない様に支えられる存在。…だけど__」
一拍を置いて、告げる。
「__同時に、零君を簡単に壊してしまえる存在なんだよ」
(視点変更:天官零)
愛依の自室にて。
「ゲームクリア〜っ!」
愛依にゲームに誘われてから数時間後。この部屋に、そんな声が谺した。
「零にぃ見てた?上手かったでしよ?……零にぃ?」
「あ、ああ………そう、だな」
…言えない。ずっと目を閉じてました、なんて言えるわけがないだろ…。
前髪が長いから、目を閉じてもバレないからな…愛依が自身のプレーを自慢してたが、実際俺は愛依がどんなプレーをしていたのかを全く知らない。
「ありがとう!…でも零にぃ、めっちゃ叫んでたね〜」
「うぐっ…それを言うな…」
目を閉じてたんだが…このゲーム、音が怖すぎるんだよ…!
不安を煽って煽って、一気に大きな音を出されて。テンパって、叫びまくった挙句、ちょっと涙が出た。マジで、怖かった…。
「零にぃ、また今度一緒にホラーゲームやろう♪零にぃの反応面白かったし」
「…愛依、お前意外に〝S〟だな…?」
「エス…?なにそれ?」
「うん分かった。愛依は知らなくて良いかもしれない」
「ええ!?気になるんだけど!」
「残念ながら教えられないな。5年後覚えてたら教えてやる」
「長くない!?」
まあ、5年経っても教えることは無いだろう。愛依が変な方向に傾くと困るからな。
「…もう、昼か…」
どうやらゲームをしていたら、時計は12時30分を回っていたらしい。
「ほんとだ〜。お昼食べないとね〜」
「…因みにだが愛依。涼菜さんって、料理作ってるか?」
「ん〜?涼菜ねぇだよ?作ってるわけないじゃん」
「…そうか」
あの人、まだまともな料理作れないのか…。
一回、鮭のムニエルを作らせたことがあるのだが…何故か、炭だけが残ったんだったな。火加減も問題無かった筈なんだが…何故か、炭になった。
…どうやら、その日から作ってないらしいな。
「いつも冷凍食品なんだけど、結構飽きてきたんだよね〜…」
「…愛依が作る、ってのは__」
「絶対にありえませ〜ん!」
…この姉妹、料理センス0か。
「はぁ…なら、外食行くぞ」
「え!?ほんとに!?」
俺の提案に、目をまん丸にして言う愛依。
「偶には、良いだろ。金は俺が出す」
「やった〜!それじゃあ皆も呼ぼっか!」
「ああ…そうしてくれ」
「ふっふ〜ん♪外食外食〜♪」
テンション高めで、部屋を出ていく愛依。残された俺は…。
「…ふぅ…」
前髪を上げ、目許を擦る。涙が出たからな。
…そして、数秒後。深呼吸をして。
「…さて、準備するか」
10話終了です。ネタとシリアスが混合した回ですかね?
キャラを確立させるのに随分時間が掛かってしまって、申し訳ございません…きちんと設定は考えておくものですね。
次回は多分後半です。では。




