表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/14

1話 噂のお嬢様

事情により、一部のキャラの名前が変更されています。ご了承下さい。

 …入学する前から、既に噂になっていた。この〝私立(おおとり)高等学校〟にお嬢様がやって来ると。


 そのお嬢様とやらは容姿端麗(ようしたんれい)羞花閉月(しゅうかへいげつ)国色天香(こくしょくてんこう)。そんな言葉しか出ない程、現実に存在する奇跡を体現したような美少女らしい。


 …ここからは根も葉もない、馬鹿げた情報だが、今までに告白された回数は4桁。年齢・容姿・友好関係・血縁関係など問わず、異性をほぼ全員惹きつけているとか。


 そんなのは十中八九デマだろうが…とにかく、そんなお嬢様が、私立鳳高等学校に入学する。…そしてそこには、俺も入学するのだ。




「…クラスは…1-4か…叡と蒼馬も居るな」


 昇降口付近の掲示板に貼られているクラス分けの表を確認する。俺…天官(あまくらい)(れい)の名前は1-4という文字の下に載っていた。


 俺はそれを長い前髪越しに確認して、入学式を行う為、体育館に行こうとする。


「…ん?」


 途端に、辺りが騒然とする。俺がそれを(いぶか)しんで、辺りを見回す。あちこちで騒いでいるが、その視線は一つの方向に集まっていた。


「…あっ…」


 俺もつい声を漏らしてしまった。肩に届く程度のサラサラな薄水色の髪、見ている全員を取り込むように魅了する碧眼(へきがん)。雪のように白く綺麗な肌、華奢な身体。


 間違いない…アレが噂の〝お嬢様〟だ。信じ難い程に、見目麗みめうるわしい。全員が見蕩れるのも頷ける。


「あ、あの…!」

「…なんですか」


 誰かが勇気を振り絞り、玉砕覚悟の精神で彼女に話しかけた。


「ぶ、不躾(ぶしつけ)ですが、お名前を__」

「嫌です、では」


 ……。うん、なんて言えば…ドンマイ。


 決死の覚悟も虚しく、ただただあの男子生徒の心をズタズタにされただけだった。


「お前はなってないな〜。次は俺だ」


 エントリーNo.2、名も知らない男。何やら自信有りげだが…この場では厚顔無恥(こうがんむち)とでも言った方が良いだろうな。


「ねえ君、ちょっと__」

「どいてください、邪魔です」


 ……。またしても、軽くあしらわれたな。対応が些か冷た過ぎやしないだろうか…。


「…あ」


 彼女は多分、自分の所属するクラスが何処か見に来たんだろうが、今それを掲示している紙の前には俺が居る。彼女は俺の前に立ち…。


「…見えません」


 苛立ちを含む冷たい声が俺に向けられる。…近くで聞くと、意外に声が可愛いな、と余計な事を考えたが、そんな余念を振り払い直ぐに会話に対応する。


「ああ…すまん。どうぞ、じゃ」


 そう端的な言葉を返し、俺はそそくさとその場を去った。こういう場合、即刻立ち去るのが俺の中での定石だ。


「…」


 何か視線を感じたが、気の所為だろう、と。俺はそう結論付けて、体育館へ向かうのだった。




 入学式を何事も無く終え、俺は1-4の教室に入る。黒板に貼っていた座席表を確認して席に着くと…。


「零!久しぶりだな!」

「久しぶり、零。元気してた?」

「ああ…叡、蒼馬、久しぶり」


 こいつらは俺の親友二人。最初に声をかけてきたのは東雲(しののめ)(あきら)。ロイヤルブラックの髪に、明るく淡く、柔和(にゅうわ)な翠眼、右耳には琥珀(こはく)色のピアスを付けている。


 高校ではお嬢様という存在の噂の所為で霞んでいたが、叡は相当なイケメンだ。その上運動や勉強も高水準で、為人(ひととなり)もしっかりしている。女子を惚れさせすぎて、多方面の男子から恨みを買っている人物。


 …そして次に話しかけてきたのは寺沖(てらおき)蒼馬(そうま)。綺麗で真っ直ぐな青髪、周囲の景色を美しく映し出す金色の双眸(そうぼう)。左目は髪で殆ど隠れている。


 蒼馬は中学では、ずば抜けた学力で他を圧倒してきた。本人曰く、本の読み過ぎや、天性の記憶力と応用力の賜物(たまもの)らしい。そんな蒼馬もまた、生徒達から嫉妬(しっと)怨恨(えんこん)感情を向けられていた一人だ。


 …俺含め三人共、多数の男子生徒から排斥(はいせき)されて、最終的に流れ着いたのがこのグループ。境遇が似ているからか、仲良くなるのにそんなに時間はかからなかった記憶がある。


「会いたかったぜ〜!お前達が居ないと暇で暇で…」

「お前は沢山の女子を(たぶら)かしてるだろうが」


 数多(あまた)の女子を恋に落としてきた叡が暇と言うと、なんか少々腹が立つ。


「僕も、読書ばっかりでそろそろ二人と話したいと思ってたから、嬉しいよ」

「…そうだな」

「…あっ…やっぱり、まだ癒えてない…?」

「…」

「まあ、そこんところは地道に治していくしか無いよな〜…」

「…ああ…ゆっくり治していくさ…」


 俺がそう言葉を返すと、突如。ざわざわ…と、教室が(やかま)しくなる。


「ああ、噂の〝お嬢様〟か」

「こう見ると本当に綺麗だよね。…ちょっと苦手だけど」


 案の定、例のお嬢様だった。というか、同じクラスだったのか。


「しっかし周りは騒ぐね〜、可愛いのは否定しないが」


 叡はそう言うが、周りの反応は正常だ。俺達三人が少し特殊なだけ。故にこれだけのことで、騒いだり変な視線を向けたりはしない。


 彼女は黒板に貼られている座席表を見つめる。誰も彼女の名前を知らないからか、今から座る席は何処か、緊張感に包まれている雰囲気だ。


 …確認を終えて、彼女は席の方向に向かう。彼女の向かう席の方向と逆方向だった席の男子生徒達は阿鼻叫喚(あびきょうかん)だったのは言うまでもない…のだが。


「…まじか」


 彼女が座ったのは、まさかの俺の隣の席。俺にとっては嫌な偶然だった。彼女は席に座るや否や、鞄から数冊の本を取り出し、読書に(ふけ)り始めた。


 俺は周囲から嫉妬の視線に晒され、居た堪れなくなる。そんな俺の肩に、叡は手を置いて…。


「…あ〜…零…頑張れ!」

「待て裏切るな見捨てるなどうにかしろ」

「いや…どうしようもないね、これは」

「蒼馬まで…はぁ、助けてくれよ…」


 俺の悲痛の叫びも虚しく、冷たい闇を纏った視線は増えていく。そして次第に、彼等の言葉が俺に対する怨嗟(えんさ)として吐き出される。


 一つ、二つ…そして遂には数えられない程の怨嗟の声が、教室を埋める。


(はぁ…どうしたら)


 正直に言って為す術が無いので、沈黙を貫くことしか、俺に出来ることはない。だから、今は取り敢えず…。


「ちょっと、良いですか」


 その言葉によって、騒然としていた教室は静まった。発したのは、俺の隣の少女。


「読書中なので、静かにして頂けませんか」


 彼女は抑揚(よくよう)もなく淡々とした、凍てつく氷のような声音で、そう言った。その言葉で観念したのか、先程までの怨嗟の嵐が嘘だったかのように、ふっと消えた。


「あの…ありが_」

「別に、貴方の為にやったわけではありません。それと、話しかけないで下さい」


 本から視線を離さず、そんな事を言う。感謝の言葉を伝えようとしただけなのだが…まあ話しかけないでと言われたし、大人しく従っておこう。


 俺は鞄から錠剤を取り出し、水を口に含んで飲み込む。


「…何ですか、その薬」

「え?話しかけないで下さいってそっちが__」

「何ですかその薬」


 うん、多分この人アレだ。自分にとって都合の悪い事を無かったことにするタイプの人種だ。自分は気になって知りたい事を(たず)ねるのに、相手にソレをされると嫌だという自己中心主義者そのものだ。


「あー…単なる花粉症の薬。此方人等(こちとら)生粋(きっすい)の花粉症なんだよ」


 正直今でもかなりきつい…もう少し先の時期になると酷いことになりそうだ。


「…そうですか」


 彼女はさも〝興味ありません〟と言った風にそう返した。一応そっちが訊いてきたんだろうに、なんだその反応は。


「おい蒼馬!」

「うん、これは…」


 コソコソ話している叡と蒼馬が見つめ合って何度も頷く。「何してんだ?」と俺が声をかけると…。


「「所謂〝我儘(わがまま)お嬢様〟だ」」

「はぁ?」


 妙に重苦しい雰囲気だったから、何かあったのかと心配したのだが…俺の心配を返せ。


「よくあるだろ?自分の思うように行かないと機嫌損ねるお嬢様」

「いや、確かに居るには居るが…」

「だろ?つまりはそういうことだよ」

「いやどういうことだよ」


 何が「そういうことだよ」だ。さっぱり分からなかったぞ。


「普通に、彼女がそういう性格だよねって話だよ」

「ああ…そういうこと」

「なんで蒼馬の話は理解できるのに俺の話は理解できないんだ?」

「黙れ」


 因みに、俺達はいつもこんな感じだ。小学生の頃から、こんな感じで馬鹿やってる三人組だ。そのお陰で、俺の側には誰も寄ってこなかったからな。陰キャの俺にとってはマジでありがたい。


「…ほら、もうチャイム鳴るぞ。席に着け」

「もうそんな時間か。それじゃまた後で話そうぜ」

「そうだね、また後で」


 叡と蒼馬はそう言って席に着く。その数秒後に、チャイムが鳴り響く。それと同時に、教室の扉がガラガラと開いて、教師と(おぼ)しき人物の姿が目に映る。


 長く繊細(せんさい)で反射率の高そうなスノーホワイトの髪、濁っていて深い闇のような黒い瞳。幼女(ロリ)想起(そうき)させる小柄な体躯(たいく)に、ゾンビのように曲がった背筋。


 恐らくこの教室に居る生徒の大半が、「こいつ本当に教師か?」と胸中(きょうちゅう)で呟いたことだろう。実際、背筋を伸ばしても、身長は145cmが関の山だろう。


 そんな教師が教卓に着き、バインダーを置いた後、言葉を発した。


「えっと…1-4の担任になった、椎名(しいな)胡桃(くるみ)です…?えっと…担当教科は、現代文です…?よろしくお願いします…?」


 …めっちゃおどおどしてるのが、誰の目から見ても(わか)る。…周りは「やっばり子供(ガキ)なのでは?」と短絡的(たんらくてき)思考に囚われている。無理もない。声、滑舌、話すスピード、語尾に必ず付く〝(クエスチョン)〟マーク。そのすべてにおいて、子供と言わざるを得ない。


「えっと…それじゃあ、皆も自己紹介を…まず出席番号の1番から…?」


 …何か工程をすっ飛ばしているような気がするが、気にしたら駄目だろうか。まあいいや、取り敢えず出席番号の1番の人は…。


「…あ、俺か」


 クラス内で苗字が〝あ〟から始まるのは俺しか居なかった筈なので、無論出席番号1番は俺である。


 …自己紹介苦手なんだよな。さっきも言った通り、俺は陰キャだ。大勢の前に立つと、内気になってしまう。


 更にトップバッターというプレッシャーのかかる役割、これで大半の自己紹介の雰囲気が決まる。テンション高めで行こう、高めで…。


「天官零です…好きな事は…勉強、主に数学と現代文です…あー…よろしくお願いします…」


 ……………。


 ………………………。


 …いっそのこと殺してくれ。拍手の音が一つも聞こえないんだが。俺は胸中で、そう(なげ)きの声を叫ぶ。


 まあ…それもそうか。こんな前髪重めの、地味なグレーヘアーの奴なんか好感が持てない…か。俺でもそうするな。


 ちらりと叡と蒼馬の方を見たのだが…苦笑しているだけだった。やめてくれ。


「じゃあ、次…?」


 …そして、自己紹介は進んでいく。俺の時とは違い、他の奴の自己紹介にはしっかりと良いムードが漂っている。…つまり、俺はこのクラスに歓迎されていないということだ。


 …被害妄想?そうであって欲しいが…。


「…じゃあ、次…出席番号7番…?」


 椎名先生がそう言うと、俺の隣の少女は読書をしていた手を止め、(しおり)を本に挟んで席を立つ。所作(しょさ)の一つ一つに、気品(きひん)を感じられ、目を奪われる。


 …そして、彼女の口が動く。


(かなどめ)瑞葉(みずは)です。好きな事は読書です。……よろしくお願いします」


 …数秒後。この教室には、耳を(つんざ)く、盛大な拍手が起こったのだった。

ちょっとキリ悪いですが、ここでストップです。日本の姓って珍しいものもあって面白いですよね。


というわけで、今回はここまで。それじゃ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ