関東霊夢省職員花房浩太郎、幽霊を張り倒す
廃屋は山の中腹にある廃村の学校だった。
野々山小学校。
また、山か。
仕方がない人が群れている街で怪異など出るわけがないのだから仕方がない。
しかし、廃校といえども、誰でも入れるわけではないだろう。
必ず、管理している人たちがいるはずだ。
そこで有一郎は関東霊夢省の花房に電話を入れた。
(廃屋? 幽霊? 憑依されただと)花房はしばらく考えていた。
(ふうむ、もしかしたら牛鬼婆の村と同じようなアジトかもしれないな)
「よし、分かった、廃屋に入れるように手配しておこう。それから、そこにはオレも行く」
野々山小学校にゆくと、門の前には管理人らしき人物が立っていた。
花房が「どうもごくろうさん」と声をかけると「いや」と初老の管理人が言った。
「最近は無断侵入者が多くてね。校内を荒らして困っている。廃校と言っても所有者がいるんだからね」
廃屋探検に来る奴なんて、無駄にヒマを潰している、いわゆるごく潰したちだから法も節操もない。
花房は、これでも霊夢省に勤める国家公務員だから、不法行為に対しては憤りを感じるタイプである。
校内に入ると廃校らしく、かび臭い。
やはり、建物は人がいないと朽ち果てるのが早い。
そう思っていると教室の隅に誰かが立っている。
「誰かいるな」花房が言った。
「ここを根城にしている幽霊か?」
「そうみたいですね」とあやかが答える。
(ん?)有一郎が驚いた。
「二人とも幽霊が見えるのですか?」
すると、あやかからテレパシーがあった。
「邪眼念通を開いて」
(あっ、そうか)有一郎がその通りにすると、見えた。
幽霊が。
確かに。
教室の隅に立って(こいつらどうせ、私を見ることなどできないだろう)という高を括った風情で悠然とこちらを見ている。
バカめ、タコめ、幽霊め。
バカは死ななきゃ治らないというが、正しくはバカは死んでもバカなのだ。
するとあやかのスマホが鳴った。
メールが来ている。
「あたいはシズだよ」
「あら、幽霊からメールが来たわ」
どれどれと両サイドから花房と有一郎がのぞき込んだ。
そのとき、花房はあやかに異常接近していることに気づいた。
(なんてきれいな肌なのだ。これだけ透き通った肌は初めて見た)
花房は中学生を相手にどぎまぎしていた。
その興奮が怒りに変わるのに時間は要さなかった。
「おのれ幽霊め」
花房は幽霊をロックオンしたまま幽霊の方に向かった。
幽霊もロックオンされていることは理解できている。
(なんだ、この人間は)と近づいてくる花房めがけて椅子を蹴り上げた。
椅子は小さな弧を描いて花房に向かって飛んだ。
「こしゃくなことを!」花房は怒りを込めて凄い勢いで椅子を蹴り返した。
椅子は低い弾道で飛び、シズの頭半分をすり抜けて壁にぶつかり跳ね返った。
(おっ、やはり、椅子は幽霊をすり抜ける)
有一郎は当たり前の現象に反応を示す。
しかし、花房は幽霊シズのところに一直線に向かい、その髪の毛をつかんでいた。
(えっ?)
これには有一郎は正直、驚いた。
人間が幽霊の髪の毛をつかむ?
あり得ないことでしょう。
花房は左手でシズの髪の毛をつかんで固定させると、右の平手で思い切り張り倒していた。
(は? 幽霊を張り飛ばした? なんじゃこれは)
これには幽霊もたまげたのか、驚いた顔をしながら、固まって大人しく頬を押さえていた。
花房は言った。
「お前を不法幽霊罪で逮捕する」
そして、手から見えない糸をだして、幽霊シズを後ろ手にしばりあげた。
(こ、これが関東霊夢省の職員が使う術なのか)
有一郎は唖然としていた。
それにしても不法幽霊罪ってなんだ。
そんな法律はあるのか。
それと、同時に、有一郎は面白いものを見せてもらったとご機嫌だった。
花房はさらに幽霊を問い詰めて行く。
「ここには何人ぐらいの幽霊が転がっているのだ」
「い、いまは昼間なのでニ、三人しかいないけど、丑三つ時には50人ぐらいが群れているわ」
「ふむふむ、で、もう一つ訊くが。ここを取り仕切っている親玉はいるのか」
「いる」
「だれだ」
「本名は知らない。元々、幽霊に名前などはない。あったとしても、地獄界には役所などないから意味がない。でも、通称は知っている」
「どのように呼ばれている?」
「大蛇八太夫」
「は? 忍者みたいな名前だな」
「こいつはただの幽霊ではない。魔物だよ。逆らうとあたいたちは消されてしまう」
「消される? 消滅させられるということか?」
「そうよ。それぐらいの魔力は持ち合わせている恐ろしい奴なのよ」
花房はあやかに言った。
「生前が忍者なら、死後、わずか500年ほどしか経っていないはずだ。それなのに、魂を消すことができるだと。5000年の歳を経た地獄霊でもそこまでの力量を持っているのは珍しいのに」
あやかは言った「妖術を使えるということですね」
一方、有一郎は(妖術使いの地獄霊だって。しかも魔物だよ)とワクワクが止まらない。
大蛇八太夫は2階の奥にある校長室を棲み処にしているという情報から、校長室を透視してみると、誰かいる! あやかが「いるわ」と言ったので有一郎も慌てて邪眼念通を発動させた。
有一郎も「確かにいる」と言うと焦ったのが花房だった。
「えっ、なに、君たちは透視もできるのか」と羨ましさと嫉妬と何なんだこいつらはという摩訶不思議ミックスのような顔をしていた。