有一郎 廃屋巡りの謎解きに挑むことになる
牛鬼婆は有一郎をあしらった後、ピョンピョンと二度跳ねて毛むくじゃらの赤入道に変身したが、牛鬼の風貌が極めて醜悪なので、何に変身しても怖くはない。
右手に燃え盛る片輪車を従えている。
術のすべてが和風だ。
真月徳馬たちと関係があるのだろうか。
すると、あやかが蟲吹雪毒蓮華を発動した。
数百の毒蛾が牛鬼婆に向かって飛び立ち毒の鱗粉をまき散らす。
それに対抗して牛鬼婆が火まみれの片輪車を振り回したため、毒蛾は全て焼き払われてしまった。
「あら」とあやかは呟いた。
「選択を間違ったかしら」
有一郎たちの妖術が失敗に帰したのをみて花房は腰のガンホルダーから消音付きの拳銃を取り出した……ように有一郎は思った。
しかし、拳銃の先に付いていたのはサイレンサーではなく簡易型閃光弾だった。
バスンと鈍い音を出して発射された閃光弾は牛鬼婆の頭上で破裂した。
凄まじいフラッシュが目の眩みや方向感覚の喪失、一時的な意識攪乱をもたらす。
しかし、フラッシュが止むとそこに牛鬼婆の姿はなかった。
有一郎はがっかりした。
せっかく、関東霊夢省職員の術を見られるかと思ったら、科学兵器とは。
しかも、牛鬼婆を取り逃がしてしまったではないか。
有一郎は「逃げられましたね」と皮肉っぽい目を花房に向けた。
花房はしれっとした顔で答えた。
「それでいいのだよ。あの閃光弾には微量の放射能が含まれている。それを追えば、牛鬼婆のアジトを突き止められる。我々の任務は牛鬼婆を捕縛することではなくアジトの特定とその監視にある。ここほどのアジトは滅多にない。ここを監視していれば、多くの犯罪者の動向を知ることができる」
ところでと我に返った有一郎は花房に訊いた。
「妖艶美魔女いななきは何処に行ったのでしょうか」
すると苦笑いを浮かべながら花房は答えた。
「妖艶美魔女いななき? あれはな、女じゃなくて男だぞ」
「えっ? 男?」
「正確にいうと男でも女でもないジェンダーだ。前から後ろからって、いう奴だ。どちらも楽しめる。一粒で二度おいしいというグリコみたいな奴だ。君はまだ若いから分からないかもしれないが、人は化粧一つで男にも女にも化けられる。唯一、ごまかせないのが骨盤だ。だから、女が男に化けても骨盤の広さですぐにバレる」
「ふう」と有一郎はため息をつきながらあやかと帰路についていた。
何か、さまざまな思い違いがあってドッと疲れが出ていた。
(大人の世界は複雑怪奇にすぎる)とも思っていた。
特に驚きだったのは、妖艶美魔女いななきが男だったという事実だ。
これは中学に帰ってから、みんなに教えてやらないといけない。
ポークビッツがさらに、ちぢんで、見る影もなくなるかもしれないが、知ったこっちゃない。
いくら中学生といえども、色気にたぶらかされるのは恥だと知らないといけない。
中学生の間で、ときどき浮上してくる流行り病のような現象がある。
それが廃屋巡りだ。
ほとんど無料の幽霊屋敷探索のような軽い気持ちで遊んでいるが、実は、最凶の事故物件に住むより数百倍は怖い行為なのだ。
なぜなら、廃屋はあれの巣窟だからだ。
そうとも知らずに軽いノリだけで訪れた城北中学の生徒がすでに7人も虚ろになっていた。
有一郎は番長なので、自然とこの手の話が聞こえてくる。
「韮咲さん」と声をかけてきたのは番長大好きの野崎と須山だった。
野崎が言った。
「廃屋巡りを楽しんでいた奴らが7人も何かに憑依されてかどうか、尋常じゃなくなったんですよ」
須山も「きっと、幽霊に乗り移られたんだじゃないかと噂になっています」と言った。
(幽霊?)
有一郎は妖怪や昆虫は大好物だが、幽霊には興味がない。
だって、幽霊って人間のなれの果てだから。
そもそも人間なんて性欲と食欲の奴隷に過ぎない単一種だ。
お金が一番大切だという人もいるけど、お金なんかは性欲と食欲を満たすためのツールにすぎない。
だから、性と食が絡まないことにお金を使うのは無意味な遊びでしかない。
例えばだ、部屋が30もある豪邸に住んだところで、いつも使う部屋は二つか三つしかない。
つまり、豪邸といえども2LDKの家とさほど変わらないことになる。
プライベートジェットやクルーザーを持っていると言ったって、それがなんだ。
日本に住んでいる1億2千万人のほとんどはジェットやクルーザーを持っていないが、だからと言って不満があるわけではない。
生きてゆくのに不便を感じているわけでもない。
つまりだ、誰が無意味なマウント風を吹かそうとそのような奢侈品はおまけにすぎない。
お金はツールであって目的でも生きがいでもない。
女を嫌な奴にするのは簡単だ。
ブランドもののバッグを一つ持たせるだけでいい。
それで、猿みたいなマウント女になってしまう。
お金に踊らされるというのは猿に退化すると同意語なのだ。
それなのに、全員がみな銭ゲバになっている。
だから、人間なんてつまらない生物なんだ。
例えばだ、樹木も花も草もなく、動物や魚や昆虫などもなく、人間だけが住んでいる星で生きて行きたいと思うだろうか。
考えられないことだ。
だから、有一郎は人霊にすぎない幽霊などには全く興味がない。
しかしだ、廃屋に出向いて頭がおかしくなったという話には興味がある。
もしかして、幽霊などではなく妖怪のしわざではないのか?
そう考えただけでワクワクする。
そこで有一郎は野崎に訊いた。
「その廃屋ってどこにあるのだ」