有一郎、榊原さやかと出会う
森の中の空き地で二人は対峙した。
対峙すると同時に空間弾烈が炸裂した。
瞬間に空間を削り、あっという間もなく有一郎は真月との距離を詰め、左の拳で真月の鼻骨を砕いていた。
鼻血がどっとでて止まらない。
真月は心の中で叫んでいた。
(こ、こいつは術を使うのか。こいつはただの学生じゃない。奴らの仲間だ……。う、迂闊だった)
術の世界は先手必勝だ。
一瞬でも後れを取るとほぼ勝てない。
鼻骨粉砕により呼吸が苦しくなったはずの真月に有一郎は追い討ちをかけるように邪眼念通を発動した。
これは相手の思考を阻害する妖術だ。
真月は脳にズン! という体感できない衝撃を受けた。
邪眼念通は時間溶解をもたらすための手法である。
そもそも時間という概念は存在しないのよ、とあやかは告げる。
時間はエネルギーを温度で割った次元を持つエントロピーなので、温度が完全に無くなることがないように、時間も止めることはできないわ。
しかし、時間は相対的なものだから、時間の感覚を狂わせることはできる。
そのためには思考を停止させること、代謝を遅らせることが条件になる。
だから、この二つの要件を備えた高齢者は、自然と時間の過ぎる感覚が鈍くなる。
子供は多くのことを新鮮に感じるから時間に対して敏感になり、時間が経つ速度を早く感じられるが、老人たちは日常に慣れ過ぎたために無意識に時間を飛ばしてしまう。
無思考、かつ、無意識に行動しがちになるのだ。
それは、また、代謝の鈍化でもある。
真月は鼻血を出し、呼吸困難から脳の活動を阻害されている。
そのうえに、邪眼念通によってさらに脳にダメージを受けた。
その結果、時間が飛んでしまうという現象に見舞われていた。
真月は有一郎の動きが緩慢になったと感じた。
そこで必殺の正拳突きを繰り出したが、実は、相手の動きが緩慢になったのではなかった。
真月の感覚が鈍感になったため、そう見えただけで、実は、動きが緩慢になったのは真月の方だった。
有一郎は、楽々と動きが鈍くなった真月の後ろを取った。
そのまま、足を絡めて倒し、スリーパーホールドを決めた。
あやかの声が伝わる。
「そのまま締め落として親指を相手の眉間に当てるのよ。そこから、私が黒子魂没滅の術をコツを教えるわ。それで、彼は二度と術が使えなくなるわ」
有一郎は練習というのが嫌いだった。
なぜなら、自由を束縛される感がハンパじゃなかったからだ。
それなのに榊原道場には真面目に通っていた。
決して剣道が好きだったわけではない。
むしろ、木刀を振り回して喧嘩するのか? それじゃ、逮捕されるだろうと考えていた。
道場に通うのは剣道を学ぶためではなく、忍法を学びたいからだ。
例えば、手裏剣の投げ方とか。
下手投げが役に立つ。
そして、もう一つは師範の榊原奏一郎には榊原さやかという一人娘がいたからである。
だからといって、人間嫌いの有一郎が恋をすることはない。
そういう問題ではない。
彼女はまだ小学六年生なのだ。
それなのに、優れた技を使う。
一度、対戦したとき、彼女は地走りの技を使ってきた。
それも、円形に回る奴だ。
すごい速さで円を描いて迫ってきた。
(なるほど)と思った。
こういう使い方もできるのかと感心した。
これは空間弾烈にも使えるではないか。
一つでも、こういうヒントが得られれば、それは道場に通う価値があるということだ。
この道場以外で、こういう新しい発見を得られることはないだろう。
彼女は来年は中学生だ。
学区から言って、きっと城北中学に入学してくるだろう。
そうすれば神紹寺あやかと並んで二大美少女として、周辺中学を巻き込んでポークビッツたちを騒然とさせるだろうけど、有一郎にとっては願ってもない環境が形成される。
その一方、有一郎はなにか納得できないものを感じていた。
それは、あやかが言った「こいつは敵よ。呪術師よ」という言葉だった。
(呪術を使う敵ってなんだ。それは強大な敵なのか? その敵と戦わせるために僕を選んだのか?)
その答えの片鱗はすぐに現れた。
ある日、帰宅途中の有一郎の前に一人の男が現れた。
オーラに馴染みのある者だった。
男は森の空き地に行こうかと言った。
その示す意味は言うまでもない。
(こいつは真月の仲間だな)とすぐに理解できた。
真月の術は黒子魂没滅によって封印したが、記憶まで消したわけではないからだ。
空き地に着いて男は言った。
「オレは真月徳兎だ。そう聞けば分かるだろう」
「ああ、真月徳馬の兄弟だな。仇討ちに来たというわけか」
「その通りだ。弟はお前が術使いだと知らなかったから敗けたと言っていた。だが、今度はそういかぬ」
ということは、前回のように空間弾烈を使った奇襲攻撃、先手必勝は通用しないということか。
しかし、有一郎には、それ以上に気になることがあった。
それは呪術者と対決しているというのに、あやかが入ってこないということだ。
あやかに何かが起きている? それは間違いのないことだろう。