第七使徒コピーマン
花房は、アンドレが仲間の使徒を殺すさまをじっくり観察してやろうと考えていた。
驚いたのはシルエッタンだ。
「やめてくれアンドレ!」
シルエッタンは花房に言った。
「こいつは魔王が送った刺客でっせ。その証拠に黄金のナイフを持っている。魔王は特別に黄金が好きで、黄金が絡む能力が与えられるのは特別な意味がある」
それを聞いたアンドレは激怒していた。
「この大嘘つき野郎! 口からでまかせばかり言いやがって」
シルエッタンはこの隙に逃げるが勝ちとばかりに逃走を図ったが、あやかはすぐさま、霊魂糸縛を発動し、シルエッタンは霊の糸に絡み取られた。
(うう、クソ! 前は髪の毛で、今度は見えない糸かい)
そこで最後の手段としてシルエッタンはイタチの最後っ屁を放った。
シルエッタンはネズミのようではなく、イタチのようなものだったのだ。
「きゃ!」あやかはイタチが放つもの凄い悪臭に思わず糸をゆるめてしまった。
シルエッタンはその間隙を縫って逃げ出そうとしていたが、その背中にアンドレが投げた黄金のナイフが突き刺さった。
「あへ!」とシルエッタンは頼りない叫び声をあげ、空気が抜けて紙のようになりヒラヒラと空中を舞っていた。
アンドレは無言のまま、顔色ひとつ変えずに黄金のナイフを回収していた。
花房は港区芝公園にある東京ビッグサイトで開かれる中小企業の新ものづくり新サービス展のような新機軸の展覧会が大好きだった。
とにかく、新しいアイデアは妖怪のように、奇抜で目新しく面白い。
花房はあやかと有一郎を連れてビッグサイトに来ていた。
その会場のとなりに人形展があった。
花房は人形も好きだ。
特に、あでやかな衣装をまとった日本人形は美しい。
もちろん、一番好きなのは不気味に感じる市松人形だ。
あの不気味感はそそられる。
有一郎は、人形展で一体の人形に魅せられた。
それは、優雅な舞を踊っている日本人形だ。
等身大という異常な大きさ以外は、どこにでもあるような日本人形なのだが、見る角度によって、ふいに、人形の目が生の目のように見える。
嘘か本当か錯覚か分からないが、黄昏時、山の中の神社に飾られている狛犬に背後から野太い声で「おい!」と怒鳴られたという実話? がある。
そして上からの視線を感じ、その人は見上げて凍り付いた。
なんとそこには目玉だけ生目の狛犬が、目をむいてこちらを見下ろしていたのだという記事を読んだことがある。
それに似たような驚きだった。
有一郎は大きな日本人形をじっくり観察したが目の異変は二度と起こらなかった。
不思議は数多く体験しているが、なぜか、この異変だけは心に残っている。
なぜだろう?
次の日、有一郎は校長室に呼び出された。
職員室ではなく校長室? 不思議に思って校長室にゆくと、そこに二人の警察官がいた。
そして、校長がビデオモニターをつけて言った。
「これは韮咲君かね」
見ると、有一郎そっくりの人物がスーパーで物を盗んでいるものだった。
ん? 見たこともないスーパーだったが、映っているのは誰が見ても有一郎だった。
(こ、これは、否定してもらちが明かないな)と思った有一郎はとっさに邪眼念通を連発して、三人の脳波を混乱させ、その隙に逃亡した。
(冗談じゃないよ。でも、あのビデオに映っているのはどうみても僕だ。しかも、普段着ている服と同じ服を着ている。こ、これは何かの罠だ! でも、どう説明すればいいのか。やっかいなことになった)というのが実感だった。
花房さんに相談しても関東霊夢省というウソみたいな機関所属なので、何の役にもたたないだろう。
相談相手はあやかちゃんしかいない。
有一郎はテレパシーであやかを体の中に呼び出した。
とてもじゃないけど、三次元世界でひそひそ話できるようなものではなかったからである。
あやかはすぐに言った。
「もしかして、第七の使徒のしわざ? 何か普段と変わったことがあった?」
「変わったことといえば、ビッグサイトに行ったことぐらいかな」と言いかけてあの奇妙な生の眼の人形のことを思い出した。
(変なことがあったとすれば、あの人形以外に思いつかない。でも、あの人形と今回のビデオがどう結びつくというのか)
家に帰ると心配症の母親が学校からの報告を受けて大騒動になっていた。
「僕は何もしていないよ。だいたい、うなるほどお金があるのに、どうして盗みをしなければならないの?」
「それもそうよね。でも、だとしたらビデオに映っていた人は誰なの?」
「まったく心当たりがない。もしかしたら、ドッペルゲンガー?」
そう言って、まさかねと思った。
分魂の術を使わない限りありえないし、たとえ分魂の術を使っても、それは人の目には見えないだろう。ましてやビデオに映るなんて、ありえない。
そこでアンドレを呼び出して事情を説明した。
アンドレはしばらく思案していたが、「あり得るとすればコピーマンだな」と言った。
「コピーマン?」
「そうだ、接触した人間の姿、仕草、指紋、声紋をコピーしてその者になりすますという能力を持った使徒だ」
その日から、有一郎はあやかの神社に隠れ住むことにした。
その間に、式神ヤタロウとかごめ、アツユの式神や有一郎たちに救われた一反木綿、一本足小僧、手長足長、おばりよんや昆虫妖怪デジデジなどの妖怪たちが偽有一郎の探索に乗り出した。
特に有効だったのは空を飛ぶことができる一反木綿と多くの昆虫を扱える昆虫妖怪デジデジだった。
そして、おばりよんが一反木綿の背中に乗って出撃することになった。
執拗な探索の結果、遂に、偽有一郎を発見することに成功した。
偽有一郎は悠々と銀座を探索していた。
今度は、ルイ・ヴィトン、エルメス、シャネル、グッチ、プラダなどの高級ブランド店で騒ぎを起こす目論見かもしれない。
あやかは神社に赴き、有一郎に偽有一郎が発見されたことを告げた。
「第七の使徒コピーマンですね、あやかちゃんも触れるとコピーされるから要注意ですよ」
「結局、ほとんどの使徒は接触系の魔術使いばかりね。凄く面倒だわ」
「仕方がないですね、こちらも遠隔系に慣れてきたので、おまかせ遠隔ダイニングルームで調理しちゃいましょう」
コピーマンにはヤタロウとかごめ、毛女郎の式神三人組を張りつけて監視を続行させ、あやかと有一郎、花房が現場に向かった。
妖怪勢からは一反木綿だけが参加した。
この妖怪は空を飛べるという利点があるものの女の子が大好きで、女の子を見るとすぐに口説きに行ってしまうという欠点もあるので、そうなったらぶん殴ってしまおう。
花房がシャネル店で物色中の偽有一郎に近づいて言った。
「おや、有一郎君、こんな高級ブランド店で何をしているの? 今日は中学校に行ってないの?」
(えっ? あ、こいつはビッグサイトで見た奴だ。オレの名前は有一郎なのか。さすがに、名前まではコピーできないっちゃ)




