影法師シルエッタン
「でも、毛女郎さんと組ませたのは大成功よね」とあやかが言った。
あやかは、黒いものは路地の隙間に逃げ込んだと推測していた。
「どこにでも入り込んでくる影のような奴ね」
「影か、妖怪にも影法師というものがいますがね」と花房は言った。
「それはどんな妖怪なのですか」と有一郎が花房に訊いた。
「影から影へ跳ぶ影飛びの術を使う奴だが、黄昏時なので電灯の明かりのような薄い光しかないから、影も薄くなるので、その可能性は低いかな。しかし、影法師はもとは欧州生まれの妖怪なので、使徒になった可能性はある」
するとヤタロウが言った。
「わしも神主なので、影法師の噂は聞いたことがある。確か、闇をまとっているとか。それなら、わしと同じではないか。いやいやいや、良い相手が見つかった。もしかしたら、わしの生きがいになるかもしれん。よし! わしも戦うぞ。魔霊の闇と妖怪の闇、どちらが強いか試してやるわ」
こうして、再度、式神三人組の監視は続けられた。
花房はアンドレを呼び出した。
アンドレは開口一番、「なにか御用でございますか旦那様」とお追従を放った。
本当に銭ゲバ妖怪らしく抜け目がない。
「新しい使徒らしき妖怪が現れた。影を巧みに利用して、人を襲い、生き血ならぬ体液を吸い取るバケモノだ。なにか、心当たりはないか」
「あっ、それは食に飢えた餓鬼のような使徒ですわ」
(餓鬼か。影法師プラス餓鬼とは面妖な奴だな)
「奴はイギリス生まれのシルエッタンと名乗っていますがね、怪しいもんですわ。だいたい、使徒には魔王の好みが反映されて外国人であるかのような名前をつけられていますがね、わてと同じ、中身は日本人ですわ」
「そうか、で、アンドレの生前の名前は何だ」
「わては、江戸時代は、浪波で小間物屋を営んでいた銭屋幸兵衛という商人ですわ」
「上方の商人か、『近江商人が通った後は、ぺんぺん草も生えない』と言われるほどに金にシビアな金銭感覚が皮肉られていたな、道理でお金にうるさいわけだ」
式神三人組はしつように影を追っていた。
そして、それらしき動きを見つけた。
相変わらずドブネズミみたいにちょこまか動いている。
「今度こそ逃がさないでありんす」と毛女郎は髪質を粘着質のそれに変えていた。
ヤタロウも爪を鉤爪に変えていた。
そして、かごめはかわいいおちょぼ口にドラキュラのような牙を生やしていた。
例のごとく、路地に髪を敷き詰めたトラップにしょうこりもなくシルエッタンは捕らえられた。
シルエッタンは「うう、なんだこの髪質は、依然と違うじゃねーか。ベタベタと張りついてよー、気持ち悪いじゃねーか」と毒を吐いていた。
「そんなこと知らねーよ」と叫んでヤタロウが鉤爪でシルエッタンをつかんでいた。
そして、かごめに「こいつの脳みそを吸い取ってやれ。きっとイカスミ汁のようにおいしいぞ」
(イカスミですって、わたしの大好物じゃない)とかごめは喜んでシルエッタンの頭にかぶりつき、ドラキュラのように脳みそを吸ったが、「ぐぇぇぇぇ」と悲鳴をあげていた。「何がイカスミ汁よ、これはドブ汁よ。超まずいわ」
かたわらで、花房とあやかと有一郎、アンドレが式神三人組とシルエッタンの乱闘を見ていた。
(なんちゅう死闘だ)
そのうち、形勢不利と見たシルエッタンは両手から小粒の爆弾を乱射しだした。
パンパンパンと小さな爆発音が鳴り響いた。
小粒爆弾だけど、式神三人組も小粒なので、それなりに威力はある。
「痛たたたた」とわめきつつ、三人はシルエッタンを捕えて離さない。
すると、アンドレが黄金のナイフでシルエッタンを刺そうとしていた。
花房は、「待て待て待て」とアンドレを止めた。
(こいつは使徒を消そうとばかり考えているな。もしかしたら、こいつが使徒たちの刺客ではないのか)という疑惑が芽生えてきた。
(守銭奴も演技ではないのか)花房は疑惑の目をアンドレに向けていた。
シルエッタンが、いくら爆弾で反撃しょうと、袋のドブネズミであることに変わりはない。
シルエッタンはかなりの細身だ。
その頭をガツンと握りしめて花房は訊いた。
「お前は使徒か?」
シルエッタンは困惑していた。
(なぜ、人間のこいつがオレの頭をつかめるのか?)
「オレは関東霊夢省の者だ。すなおに自白しないと痛い目に会うか消されるぞ」
(関東霊夢省? うう、これはヤバイ。逃げきれないかもしれない)そう感じたシルエッタンはすなおにこの男の言うことをきく気になっていた。
「お前の本名はなんだ」
「オレは元前科十犯のコソ泥専門の雨傘良太郎というものでやんす」
「は? なにが良太郎だ。良のかけらもないではないか」
「そんなの知らねぇよ、親が勝手につけた名前だ。責任は持てねぇ」
「なぜ、人の体液を狙う」
「オレは監獄にぶち込まれても素行が悪かったので、看守どもに睨まれて充分な飯を与えられなかった。もともとグルメということもあって、食への欲求は人よりも強かった。つまりだ、オレがこうなったのも、監獄での待遇が悪すぎたからだ」
そういうか言わない内に花房の鉄拳が飛んできた。
(うう、まただ。なぜ、人間であるこいつがオレを殴れるのだ)
「おい、お前、いい加減に他人の責任にするのはやめろ。いい加減にしろ、この野郎」と、今度は花房の蹴りが飛んできた。
「いいか、こいつを見ろ」と花房はアンドレを指さした。
「こいつを知っているな」
「ア、アンドレか?」
「そうだ、こいつはビッザリーノを刺して殺してしまった。お前もそうなりたいか? 糸のように細くちぢんで風に吹かれていずこともなく飛ばされたいか」
「いやいや、能力を奪われてただの糸くずになるなんてまっぴらごめんでやんす」
「では、魔王について知っていることをなんでもいいから、言ってみろ」
「魔王の口癖の一つを知ってまっせ」
「なんだ」
「それは、『わしは愚物は殺しても構わないという神からの啓示を受けている』で、ございやす」
「愚か者は殺してもいいと」
「へぇ、それが口癖の一つです」
「他に何か知っているか」
「いやいや、魔王はおそろしく用心深い男で、氏素性に関わることは一切口にしないので、これ以上は何も知らないでやんす」
さて、と花房は考えた。
「この影男をどう処分するかだ。あやかさんはどう思いますか?」
「人を何人も殺しているので極刑でしょう」
シルエッタンは「うわ!」と叫び、「許してください、深く反省しています。もう、二度と人に手をかけることはしやしません」と言っていた。
花房は鼻で笑っていた。
「前科十犯の『反省します』という言葉を信じるトンマがどこにいる。ああすればよかったと後悔をする受刑者はいても反省する受刑者は300~400人いるなかで一人いるかどうかだぞ」
「そのレアな一人があっしでさ」
「ふふふ」と花房は笑っていた。
「前科十犯のいうセリフじゃねーだろう。人生のほとんど何十年も刑務所にいっているヤツらはな、今度は捕まらないようにしようしか考えていない嘘つきばかりだ。バカバカしい」
そして、アンドレに声をかけた。
「アンドレできるか?」