何でも吸収してしまう魔人ビバディ
「だがな、お前たちを消せるのは魔王だけではないぞ」
「分かっている。サキエルも髑髏夜叉も消されたことは知っている。お前たちが凄腕の妖術師であることは充分承知のうえだ。ただな、わてはお金が大好きだ」
(なるほど、しかし、ここからの会話には要注意だ。魔王に筒抜けにならないように、結界の張り巡らされて領域で話をするか、それとも筆談か)
花房はアンドレを牛鬼婆村に連れてゆくことにした。
あそこなら、無数の妖怪の波動が蠢いているから、魔王といえども、簡単には侵入できまい。
そして、花房の身になにかあると心配なのであやかと有一郎も同行した。
妖怪相手には1ミリの油断が命取りになる。
奴らは人間のクズの中のクズなので、一切、信用できない。
牛鬼婆村では、魔王の使徒がくるということで警戒半分、興味半分で妖怪たちが待ち受けていた。
まずは牛鬼婆だ、その形相だけでも充分な恐怖を与えるのに、わざわざ燃え盛る片輪車を片手に持った一つ目赤入道に変身して出迎えていた。
他に、お化け提灯、一つ目達磨、行燈お化け、足長手長、一反木綿、烏小天狗、姑獲鳥、ろくろ首など、多彩な妖怪が姿をみせていた。
アンドレは使徒たちと異質の形態にちょっとたじろいでいたが、ここまでくれば魔王の手も届かないかなと安堵していた。
花房は「ここは妖怪のアジトの一つだ。姿を見せていないが、もっと恐ろしい魔界の主たちもいるぞ」と少しアンドレを脅かしていた。
アンドレは積まれた札束に目を輝かしていた。
「何でも訊いたことに答えてくれるな」と花房が念を押すと「わても使徒のはしくれだす、嘘はつかないとは言わない。なんと言っても妖怪のはしくれだから、嘘をつく気がなくても、自然と嘘をついてしまう。分かってもらえるな」
花房は(なんじゃ、こいつは)と思いながら、「分かった。しかし、度が過ぎるとぶち殺すぞ」とすごんでいた。
だいたい、アンドレをいつ始末しょうかと考えているので、すぐに本音がでてしまう。
魔王の詳しいことは誰も知らないらしい。
妖怪とみれば、手当たり次第に確保して、用無しと判断すれば、瞬時に消滅させ、使い道があると判断すれば、能力を授けて使徒にするらしい。
「それでも、魔王にも得意技があるだろう。噂でもいいから、どのような技を使うか教えて欲しい」
「あくまで噂だけどな、時間を飛ばすことができるらしい。六眼シンシャという恐ろしい術も使えるらしい」
「六眼シンシャ?」
「見るだけで他人を操れるとか、自分の眼を刺すだけで、相手にダメージを与えられるとか。とにかく、防御不能系の魔術らしい。わては、詳しいことは知らないから嘘か本当かの判別はつかないが」
ところが、アンドレの様子が急に変になった。
花房が言った。
「どうしたアンドレ、目に落ち着きがないぞ」
「わては、今、感じたでがす。暗殺隊がくるような予感がするでがす」
「暗殺隊? ここが魔王に感づかれたというのか」
「魔王は六眼シンシャの持ち主だぞ。うう、これはヤバイ。責任持って、わてを守ってくれるのだろうな」
「ああ、大丈夫だ大船に乗ったつもりで安心してくれ」
「大船? わてたち詐欺師が大船というときは、だいたいが泥船だからな。そんな気休めを信じるほど、わては甘くはないぞ」
「えらい、根性がひん曲がってるな」
「いや、これが常識や……、ほら、来よったで、この気配は魔人バビディや」
「魔人バビディ?」
「そうだ。何でも吸収してしまう使徒だ。わての何でもしぼませてしまう黄金のナイフも役に立たない。触れるだけで吸収されてしまうからな。わても吸収されてバビディの腹の中でミキサーにかけられた鶏みたいにミンチにされてしまう」
やがて、アンドレの予測通り、魔人バビディは空を駆けて牛鬼婆村に降り立った。
まるまる太った使徒だ。
(こいつが魔人バビディか)
すると、足長手長、一反木綿、一本足小僧が興味半分で近づいてきた。
一瞬で、三匹の妖怪は吸収され、魔人バビディの頭から一反木綿の頭が半分ほど生え、右の頬から一本足小僧の足が生え、左の頬から異常にながい手が生えた。
(なんだこれは、妖怪たちが吸収されて魔人バビディと同化されたのか?)
これはヤバイな、魔人バビディを攻撃すると中の妖怪たちもダメージを受けるではないか。
あやかと有一郎は、またかという顔をしていた。
使徒には、触れるとああたらこうたらという能力が多すぎる。
あやかは有一郎の体の中に入り「また、遠隔で戦わないといけないわね」と言った。
「また遠隔ですね」
有一郎が望むのは肉弾戦、打撃戦だ。
これが一番、戦っていて面白い。
遠隔戦で最強なのは、髑髏夜叉を倒した分魂の術・影武者幽体だけど、これでは吸収された妖怪たちも傷を負う。
「どうすればいいと思う?」とあやかが有一郎に訊いた。
その間に魔人バビディが一反木綿や一本足小僧、足長手長を出したり、引っ込めたりして遊んでいる。
(うう、こやつめ、妖怪を遊び道具として使っているのか。妖怪といえども、広い意味では生き物だ。
生き物の尊厳を忘却するなどとは、それだけは許されないぞ!)
有一郎は怒りに駆られて花房を呼んだ。