呪術師臨闘列伝、牛鬼婆に会う
ようやく日常の学生生活に戻った有一郎の帰宅中に、見も知らぬ若者が近寄ってきた。
こうした状況はありそうであり得ない。
(ん? 誰だ? 敵か? 真月の仲間の呪術師たちか? それとも……)
と思いながら、心のどこかに安ど感がある。
すくなくとも霊ではないだろう。
霊だけは、もうしばらくはご勘弁だ。
面倒くさすぎる……といっても、霊のウマい使い方を見つけたので、いつかは霊と接触するだろうけど、当面は誰であれ、人間というだけで安心できる。
若者は「オレは呪術師の臨闘列伝という者でござる」と言った。
オレという乱暴な表現がすごく好ましく感じる。
(へへへ、呪術師さんかよ。最近は呪術師も大好物になったんだぜ。鵺などに比べると数万倍も安全牌だ)
「呪術師にもいろいろあるが何式ですか。和風か洋風か。印を結ぶ呪文を名前に仕立て挙げているところをみると修験者ですか」
「なかなか話が早いでごじゃるな。その通り、式神使いの修験者でござる」
(おお、式神使い! これですよ、これ。何と都合の良い出会いなのだ。まさか、ご都合主義の罠にハメられているのではないだろうな)
「で、僕に何の用事ですか」というと臨闘列伝は、いきなり、ガバっと土下座した。
「お願いがあるのでござる」
(ござる? いつの時代の人間なのだ。タイムスリッパーなのか?)
(侍タイムスリッパーという自主製作の映画が超人気になっているが、まさか、それにあやかっているのではないだろうな)
「それがしは、呪術の道を究める修行者でござる」
(それがし? いちいち言葉が時代がかっているな。間違いなく、こいつはタイムスリッパーだろう)
「それで?」
有一郎はあくまで冷静である。
どの時代の人間であろうが、霊でなければそれだけで充分だ。
「牛鬼婆の村の噂は聞いておる。ぜひ、その地にご案内いただきたい」
「案内たって、あそこは誰でも入れますよ、ちょっと普通ではないけれど、ただの村落ですよ」
「それは重々承知してござる。それがしは牛鬼婆に会いたいのだけど、どこに行けば会えるのかが分からないのでござる」
確かに、牛鬼婆には簡単に出会えない。
しかし、あんな薄気味の悪い妖怪に会いたいという意味が分からない。
「牛鬼婆に出会ってどうするのですか」
そのとき、心がふっと温かくなった。
あやかが入ってきたのだ。
やはり、このタイムスリッパー風情はただ者ではないのか。
あやかが言った。
「本物の式神使いなの?」
「ああ、今のところ自称ですけどね」
(なんだ、敵だから入ってきたのではなく式神狙いなのか。ということはあやかちゃんも僕と同じことを考えている? まさかね)
「でも、このタイムスリッパーさんが牛鬼婆の村に行くのなら、花房さんにも連絡を取らないと。牛鬼婆村は関東霊夢省の管轄だから」
「ああそうですね。確かに」
連絡を受けて花房はいそいそとやってきたが、まっさきに気づいた。
「あれ、あやかちゃんはいないの」
「後からきますよ」
「ああ、いつものことか」
(ったく、どうして男は美人に弱いのだ)と人間嫌いの有一郎には理解しがたいことだった。
人間嫌いの男性の比率は約20%。
彼らは浮気をしないという説があるが、同感だ。
何が悲しくて恋人を作るとか家庭を作るとかなどの新しい人間関係を構築しなければならないのか。
牛鬼婆に会いたいという、このタイムスリッパーさんを含めて、世の中は摩訶不思議にあふれている。
花房を介して牛鬼婆が呼び出された。
牛鬼婆と臨闘列伝が対面すると互いに「おお」と声を出し合っていた。
牛鬼婆が言った。「嬬恋村以来か。お互いに戦ったのは、確か400年前のことじゃのう」
有一郎は、軽い失望を覚えていた。
(なんだ臨闘列伝はタイムスリッパーではなく、ただの妖怪じゃないか)
牛鬼婆が言った「で、わしに何の用だ」
「ちょっとお願いがあってな。空を飛べる妖怪を一匹貸して欲しい」
「それだけか。それでわしに何をくれるのじゃ」
「オレの脇差だ」
「けっ、脇差だと?」
「ただの脇差ではない。山伏の呪文を刻んだ値打ちものだ」
「九字の呪文か」
「そうだ」
「ふむ、ま、いいだろう。空を飛べる妖怪は一匹だけ残っとる。烏小天狗じゃ」といって、烏小天狗を連れてきた。
高下駄を履いているが、それでも小さい。
実際の身の丈は120センチぐらいか。
「烏か。闇夜にまぎれるのにちょうどいい」
「奴にも何かを差し出さねばならんぞ」
「分かっておる。みたらし団子をたらふくご馳走してやるでござる」




