昆虫オタク中学生の体に美少女が侵入
僕の名前は韮咲有一郎だ。
まだ、中学一年生だ。
韮崎なんて強そうな名前に見えるかもしれないが、実は、人付き合いが苦手な昆虫オタクだ。
そもそも、「韭」という自体がネギ族に類する、あのニラが群がり生える形を示したもので、強そうなイメージなどとんでもない話だ。
有一郎が大好きなのは昆虫で、大嫌いというより苦手なのが人間関係だ。
しかし、虫好きといっても、木々が茂る鬱蒼とした森には入らない。
鳥や虫が鳴き、風の影響でしなる木々が擦れる音など賑やかであり楽しそうだが入らない。
誰かと出会って、さらわれるかもしれないからだ。
悪い奴にであってカツアゲされるかもしれない。
口下手であり非力でもあるので、そうなると抵抗できない。
だから、かならずナイフは携帯している。
といっても、刃渡り6センチ以下の小型のものだ。
6センチを超えると銃刀法違反に問われて少年院送りになるかもしれない。
それだけは絶対に避けたい。
なぜなら、コミュ能力が低く、腕力もない自分なら、必ず、いじめられると確信できるからである。
そういうことで、虫取りや虫観察は主に鎮守の森がある神社になる。
特に好きなのはハンミョウ類である。
アリ地獄も面白い。
アリ地獄の主はウスバカゲロウの幼虫だ。
ウスバカゲロウを薄馬鹿下郎と呼ぶ人もいるけれど、罠仕掛けの名人で、決して薄馬鹿ではない。
一番のお気に入りは、あの極採色を持つハンミョウだ。
道教えという異名の原点である、ふわっと飛び立ち、さらに、誘うように、またふわっと飛び立つ。
それを繰り返す習性が面白い。
どこかでコトンと樹木らしきものが落下した音がした。
よくあることなので全く気にしていなかったが、なぜか、もう一度コトンと音がした。
(何だろう)と思って後ろを見たがとくに変わったことはない。
そして、目線を元に戻すとそこに女の子が立っていた。
小学校の5年生か6年生に見える。
目がくりくりとしたおかっぱ頭のかわいい子だ。
ここの神社の子かなとあまり気にしていなかった。
とにかく、男だろうと女だろうと人間には興味がない。
ふと、目をそらすとその女の子はもういなかった。
そして、「私はここよ」という声が聞こえてきた。
は? 声はどこから聞こえてくる? その声は耳から聞こえたのではない。
そういう音声ではない。
声は体内から聞こえてくる、いな、伝えられてくる。
その子は有一郎の体の中にいた。
体内で有一郎の魂と話をしていた。
名前は神紹寺あやかというらしい。
その日を境に有一郎の人生は激変した。
有一郎の父はギャンブル狂で自己破産して家を出て行ってから行方不明になっていた。
有一郎を育てているのはシングルマザーになった母親一人だ。
家は貧しかったが、元々、物欲が薄いのでさほど苦にはならなかった。
美味しいものを食べたいと思ったこともない。
どんなに美味しいものでも記憶には残らない。
それよりも、オオスカシバを見つけたときの感動の方が遥かに大きい。
しかし、ときどきあやかが有一郎の体の中に入ってくるようになってから、運がつき始めた。
宝くじが何度も当たり始めたのだ。
一億円などの超高額当選ではないが、百万円から三百万円までは何度も当てた。
それを資金にして有一郎と母親は木造のボロアパートからRC造りのマンションに引っ越した。
幸いなことに母親は堅実な人だった。
「簡単に手にした金は簡単に使ってしまう。良いことが起きた日は後でろくなことがない」が口癖のリスク回避型、安全志向型だった。
その遺伝子は有一郎にも引き継がれていると感じていた。
最初は、「宝くじなどをあてにして家賃の高いところへ引っ越すと後で痛い目に遭う」と慎重な姿勢を崩さなかったが、有一郎は宝くじの賞金を資金にして株を買っていた。
これも面白いように儲かったが、(全ては神様のおかげ、いや、あやかちゃんのおかげ)と決して有頂天になることはなかった。
「株で儲けたお金が三千万円ほどあるから」と言うと、母親は、ようやく、引っ越しを決意した。
これほど慎重な人間なのに、なぜ、あんなろくでなし男と結婚したのだろうか。これが正反対の性格同士が結ばれる生命体多様性の罠だ。