第2章 関塚アキト【今夜のドク者】
その日の午後九時——。
班長の比賀、モリアーノ、そしてレミナはゲドックス第三十九班のオフィスに集合した。オフィスといえども、そこはオペレーターのサクラが昼間は喫茶店として経営している店の階段を降りた地下。
「関塚アキトの件は終了した」と班長がレミナに報告すると、
「えっ? もう終わったのですか?」
「そうだ。そういうことだ。何か心配なことでもあるのか?」
「いいえ。別にありませんけど……」
普段であればもう少し具体的に内容を説明するはずだが、なぜかこの件では切り上げた班長の様子に訝しさを抱いたが、彼女としても今はそれ以上は追求するのは控えた。
「ツインズ、待機できているか?」と班長のよびかけに、
「準備できています」と二人そろった声がスピーカーから出てきた。
「サクラさん、ロビンじいは?」とレミナのたずねると、
「おじいは明後日まで休暇よ。仕方ないわ。老体に鞭打たせてばかりじゃかわいそうだし」
「よし始めよう。サクラ、今夜は珍しくドク者予測が出ているようだな」
班長の比賀がその高い背丈を椅子に収めるように座り、いつものようにダイブ前のミーティングが始まる。
「該当エリア内に一件確認。予測ドク者は西翔高校三年の夏川弥生。『ロベルト・バルドスのザンザム冒険飄々記』を三日前からダイブ・リーディング中。今夜にもドクモノ発生章域に到達する分析結果が本部から報告あり。うちの事前ダイブになるかも」
「だけどおかしいな。この物語は危険指定されていないのに」とモリアーノがパソコンを見ながら指摘する。
サクラによると、
「二十数時間前に執筆者以外の何者かがライターズソースにハッキング改稿を施して、主要キャラクターをドクモノレベルで凶暴化させてしまっているわ。本部は違法行為を行ったハッカーを追跡中。ダイブしてドク者を救出に向かうしかないわ」
班長比賀とモリアーノのやりとりがしばし続く。
「そうか。予測が当たってうまく阻止できればいいけど。それにしても聞いたことのないタイトルだ。新刊なのか? モリアーノ、対象ノベルのあらすじを教えてくれ」
「主人公の青年ロベルトが別れた恋人を探すために十万キロを旅する冒険型ストーリーです。第三章の終盤に登場する大鉈を持った大型男の通称グリモが改稿されたドクモノとして物語に出てくる可能性が高く、そこにドク者が現れる気がします」
「その章の主な舞台はどこだ?」
「グリモの管理する〈ヘルム森〉という地点。主人公のロベルトは森に行き着く。あらすじではグリモはロベルトと和解し彼の旅を協力するんですが、今回のハッキング改稿では凶暴な敵に書き換えられてしまっています」
「ならばモリアーノ、君はこの作品における作戦計画はどう考える?」
「我々の前に現れたグリモの行動をふさぎます。もちろんグリモの命を取る必要はありません。グリモは優しい心の持ち主です。本来の本作中でも死亡設定されていません。グリモを殺してしまうと、さまよい中のドク者の夢を奪いかねません。」
さらにモリアーノは作戦計画を述べ続ける。
「ハッキング改稿されて物語の基盤が不安定のため〈ライターズ・ソース〉も開いてしまう可能性が高いために余計厄介です。今回のドク者は読書好きで、か弱い〈ファンタジーガール〉ってところでしょうか。彼女の心の傷も入りかねない。ネットランチャーを打ち込んで、グリモの行動をふさぎ込み動けなくなった間にドク者を救出すべきかと思います」
すると、それまでおとなしくミーティングに参加していたレミナが、
「そこまで配慮が必要かしら? 彼女の命を救うことを先決させるなら、なおさらハッキング改稿で凶暴化したドクモノは倒して封じ込めておくべきでは? 所詮向こうの世界はバーチャル。つまり夢よ。朝になればアネス麻酔で全て忘れられるし、今回ハッキングされた物語のソースもちゃんと元に戻されるはず。だったらドクモノは思い切り叩いておけばいいじゃないかしら?」
レミナの言い分にモリアーノは頭を掻きながら班長の方を見ると、
「レミナの言い分にも理はある。だが我々の班では、なるべくドク者の気持ちを大切にしていくのが30年続くこの39班の伝統だ。ロビン爺や君のお父さんの代から」
父の存在が出てきて、レミナは何も返せなかった。そうした彼女の些細な仕草を班長の比賀は見ていない振りをしつつ見落とさなかった。
するとサクラが、
「先日、16班ではキャラクター抹殺を遂行した後、無事現実に帰還したドク者が自分の経験した内容でしばらく異常をきたして入院した情報もあるわ。16班の強引なやり方にも問題があった。精神異常を引き起こす可能性もあるから慎重な封じ込め方を考えないといけない。なんせハッキング改稿されている点も、頭が痛い話だけど」
さらに班長から、
「俺はこの任務に25年勤めるが未だにこの仕事は難しいと思っている。ドクモノを制圧する技量と勇気は必要で、なおかつドク者の気持ちと物語への夢を大事にしてあげねばならない。おまけに作戦行動には慎重なものが要求される。自分のやっていることが正しいとはいつも思いきれない。ロビン爺がいたらこんな俺に何を言うか。とにかく今の俺には君たち二人の言い分のどちらも理解できる」
レミナもモリアーノも二人とも同じ表情を浮かべて班長の言葉を噛み締めていた。
「班長、今日の潜入はロビン爺不在の穴埋めできますか?」というレミナの問いかけにモリアーノも、
「確かに。穴埋めには他班の応援要請は必要ではないですか?」
「大丈夫。この三人とツインズとサクラのオペレートで乗り切る。万が一危機が迫れば待機班に要請する。頼めなかったら自力自助だ。運にも頼らねばならんかもしれん。まあそれでも今まで乗り越えてきたのがこの班だからなんとかなるだろう」
同世代で昔を知るサクラの方を見ながら比賀は言った。
「本当にこの作戦で大丈夫ですか?」とレミナがモリアーノを睨みつつ班長に突っ込むと、
「まあ、モリアーノの作戦計画がスムーズに行けばその必要もない。しかも当班にはレミナという強力な仲間もいる。本部もそれを知って増員しない」
「なるほど。女神なら一人で十班分ってところかな」
細目を浮かべておちょくるモリアーノにレミナは、
「あなたの言うとおりね、モリアーノ五特」とレミナの傲慢な返答に顔を歪めるモリアーノは、
「少しは謙虚な言葉考えて返してみろよ」
「仕方ないでしょ。私はゲドックスの女神よ」
「何だよ。最近まで『女神って呼ぶな』って言っていたくせに」
ふてくされるモリアーノだった。そんなやりとりに班長はなぜか懐かしそうに笑みをこぼす。
「よし、話が済んだら準備しろ。五分後に出発して、ドク者より先回りしておく。ツインズも大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」と二人の重なった声がスピーカーから聞こえた。
やがて五分後に三人は転送装置を備えたDMSのヘッドセットを頭部に装着して潜入待機する。今日はロビン爺の席は空いたままであった。
オペレーターの転送作業によって彼らはドク者のさまよう物語の世界へ入っていく。ダイブする隊員たちはその間は昏睡に近い状態になる。ダイブ先ではオペレーターとの通信が可能である。
また、ダイブ先に必要な武器も要請すると希望のアイテムが転送される。AIのツインズは毎度のように規定アバターを得て現地参戦した。
「サクラさん、〈ネットランチャー〉を五機頼みます」とモリアーノ。
「了解」
サクラが班長に号令を催促すると、レミナは深呼吸し、ゆっくり目を閉じてそのときを待った。緊張感が一気に増していく。どこにでもいそうな一人の素朴な女子高校生からゲドックスのダイバー隊員へ昇華していく瞬間だった。
こうして〝女神〟と呼ばれる彼女は毎回見事に変貌を遂げていく――。
「リュオの様子は?」
「大丈夫。正常な波形をキープしている」
「よし、行くぞ。転送開始!」
班長の低くキレのある声がとどろき、三名の意識はリュオの媒介によって物語の世界へ潜入していった——。
ノクターンでは別のペンネームで作品を書いておりましたが全年齢向けのラノベは初投稿となります。
まだまだラノベは未熟者と思っておりますので、みなさまのコメントや何でもご指摘をいただけますと助かります。
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