第2章 関塚アキト【早速の転校】
翌日——。
右手に一冊の文庫本を握りしめた関塚アキトは、初夏の誰もいない廊下の真ん中を一人歩いていた。
昨夜の出来事を思い返しながら、こうつぶやいた。いくつもの残像が鮮明に残っている。一人の女性の表情は特にはっきりと残っていた。
「それにしても田波レミナ、か……」
すると数十メートル先から一人の女子生徒が歩いてくる光景をアキトは視認した。
長身からリズムよく繰り出される細長い右足と左足の美しき歩行。ボーイッシュな黒いショートヘア。初夏の颯爽とした気持ちのいい風に象徴的にそっとなびかれる。
「あれっ?」と彼は思わず声を出してしまう。
「何?」
アキトの声は彼女によって拾い上げられる。
「い、いいや……あの、君は三組の田波さん?」
「そうよ。何か用かしら?」
「いや、別に。何もない。呼び止めてごめん」
すると去りゆく彼女は数メートル歩いた後に踵を返し、
「ねえ、」と彼女はアキトを呼び止める。
その一言で夢でも見ているような感覚に陥っていく表情を浮かべるアキトは、
「な、何かな?」
「気をつけてね。読みたい本はもっと慎重に選ぶように。この世にはあなたにとって危険な本がたくさん出回っている。物語の世界にさまよわないように——」
「はあ……」アキトは戸惑い含みの中途半端な返事を返した。
彼女は彼の右手に握られている一冊の文庫本を確認すると、
「右手に持っている本。それのタイトルは?」
すると彼は表紙を見せながら、
「ハインラインの『夏への扉』だよ。この季節にちょうどいいタイトルだったけどページをめくるとタイムトラベルと、冷凍睡眠と、猫について書かれたSFものだった。それでも満足している」
すると彼女は微かに口元に笑顔を浮かべる。敵か味方か、彼の正体に判断を下すのには早すぎた。
「読めてよかったわね。ところで『戦国魔術旋回作戦』は?」
「えっ? ど、どうして……」
「この前、読んでいたように見えたから、違った?」
「た、たぶん……違うよ。俺じゃなくて別の人では?」
わかりやすい彼の反応にレミナは細い目を浮かべつつ、
「まあ、いっか。じゃあね」
彼女は言い残し、再び彼と逆方向を歩き始めた。彼女がカバンを持っていることに気づいたアキトは、
「ちょっと待って。君はどこに行くの? こんな時間にもう帰るの?」
「そうよ。だってもうこの学校に用はないから」
レミナによる本学校の調査はひと通り終わった。特に今後想定される不安要素は取り除かれている。ただし、目の前の生徒に関しては特別扱いとなる。
「用はないって、どういうこと?」
「別の学校に転校するのよ」
「でも、まだ君はこの学校に来てまだ三か月くらいでは?」
「それでも人は、転校するときは、転校するの」と彼女は宿命のように言った。
「そうか。なら、お元気で……」
「あなたも元気でね。関塚アキトくん」
やがて二人は別々の方向へと歩いていった。すかさず居ても経っても居られない気持ちでアキトはふと後ろを振り返った。
「あれっ?」
すでに彼女の姿はどこにもなかった。あっというまに消えていた。あらゆる〝まさか〟が彼の心の中でざわめき混乱させていく。
レミナとしておそらく数ヶ月のバーチャルリード禁止を食らうだろう、アキトに気の毒な思いを浮かべつつ、彼とこの学校から去っていくのであった——。
ノクターンでは別のペンネームで作品を書いておりましたが全年齢向けのラノベは初投稿となります。
まだまだラノベでは未熟者だと思っておりますので、みなさまのコメントや何でもご指摘をいただけますと助かります。
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