第1章 潜入開始:その2
足音の正体——そこにはドクモノである三面獣が姿を見せた。グレーの毛に覆われ、ドーベルマンにも似た容姿。
身体は一つに頭は三つ。ライオンよりもその体は二回りほど大きい。今にも部隊とドク者に襲いかかろうとしている。
そんな三面獣を自らの子飼いのように従える魔女は、
「お前らがいなくなれば、もっとスムーズに世の中のドク死は果たされていくのに。アタイにはお前が邪魔で仕方ないわ。ほれ、今日こそこの話の中で読死しちまいな!」
「だったら私たちがあのドクモノを倒したら邪魔しないで帰って」
「これは見上げた自信だわ。じっくり観戦させてもらうわ」
「サクラさん聞こえる? いつものヤツ、お願い!」
するとレミナはアックス(ゲドックスの専用武器である斧)を転送出現させるとそれを構えて三面獣と対峙する。
「ドク者の君、そこで大人しく見ておいて。さあ、ツインズ行くわよ!」
「了解!」二人が応答する。
彼女は自ら愛用するアックスを巧みに振り回す。大きなサイズのアックスだが、難なく振り回す彼女の力が強いのか、襲いかかる三面獣もその大きな身を上手く交わしていく。
鋭い牙が彼女の顔のすれすれまで迫り来る。彼女は冷静さを失わず三面獣に細かく傷を入れていく。
するとドク者の青年は後ろで「さすが田波レミナだ——」とつぶやいた。
何度も食いつき襲うものの三面獣はレミナを仕留めることができず、見かねた魔女が三面獣に炎を口から吹き出せるように魔法をかけた。物語の設定には描かれていない技を強制した。
三首とも口から火を噴きレミナたちに容赦なく攻撃をしかける。
「魔女ったらずるいわよ。勝手にドクモノの設定を変えないで!」
「手助けしてやっただけよ。こんな世界に設定なんてあってたまるかい」
三面獣は暴れながらレミナたちを襲ってくる。大きな口と牙を剥き出しにして襲いかかる三面獣レミナは身軽に体を交わし、やがて三面獣の背後に回ろうとする。
一瞬気を取られたレミナは魔力でアックスを奪われた。丸腰になった彼女はそのまま壁際に追いやられてしまう。魔女が笑っている。
「ざまあみな、ゲドックスの小娘ちゃん」
「まったく。卑怯よ!」
レミナに接近する三面獣の両端の獣が左右を塞ぎ、逃げ場がなくなった。ツインズも背後から攻撃するがびくともしない。さらには正面から真ん中の獣の顔が近づく。
大きな牙が目前にそびえ、ひときわ大きな涎がしたたる。もはや打つ手のなかったレミナは諦めかけた。そのとき——三面獣の巨躯全体に痺れが走り硬直するとしばし身動きの取れない状態に陥った。
まるで魔法にかかったかのように——一体誰がそういう施しをやったのか。
ツインズはそんな技法を習得していないし、まさか魔女がレミナの危機に手助けするわけないし、バウンティダイバー(賞金稼ぎ)らしき姿も周囲には見当たらない。三面獣を操作していた魔女すらこの展開に慌てふためいた。
「何が起きたの?」とレミナ。
するとツインズのインティが三面獣の足元に落ちているアックスを素早く拾い上げ、レミナに投げ渡すと、受け取った彼女は再び三面獣の背後へと回り込んだ。
「おとなしく眠りなさい!」
アックスの刃とは逆の面を思い切り振りかざし、とどめの三撃を三頭の頭部に続々と食らわせ気絶させた。
レミナは背後のドク者の視線に気づく。さっと後ろを振り向いた。視線を外すことなく呆然としながらも彼女を一点見つめしている。
「何?」とレミナは面倒な表情を浮かべて質問に答えた。
「べ、別に何も……君ってなかなかだね」
「褒めてもらえて嬉しいわ」さらにレミナは魔女に向かって、
「さあ魔女、早く消えなさい。ドク者の安全を確保させてもらう。早く帰ってボスによろしく伝えて。さもないと痛い目に遭うわよ」
「こっちでもあっちでもアタイの特技は逃げることさ。お前らとドク者が現実へ帰れなくなるまで、また邪魔しに来てやるわ」
「臨むところよ。こっちも容赦しないから」
魔女はどこまでも響く大きな舌打ちを残して、レミナたちとドク者の元からその場でさっと姿を消し、物語の世界から離脱していった。
すると間もなく複数の足音が聞こえてきた。ようやく同班の三人が、レミナとツインズとドク者のもとへ合流した。
「レミナ、ドクモノは? 消えたのか?」と班長。
「大丈夫です。ご覧の通りの倒伏状態です」
レミナの報告通り彼らの目の前には巨躯がその場に倒れていた。するとモリアーノがレミナに、
「しかし命令無視だが、お前らでこんな大きなヤツをやっつけたのか?」
「そうよ。おそらく」
不可解な点はあったが、それについては面倒な思いも生じ、あえて言わなかった。
するとモリアーノはあきれた声で、
「お前ってヤツは褒めていいのか、叱って良いのかわからないヤツだ」
「大体なんだよ、その金髪アバター。みんなマジメに原型アバター維持しているっていうのに。お前だけフ
ァッション楽しんでいる、この暇人が!」
すると彼女は長い金髪をちょうど吹きつけてきた風になびかせながらモリアーノに、
「おかまいなく。ヒラのあんたはアバター着せ替える余裕なんてないでしょうね」
「うるせえ。だいたいお前は俺の……」
モリアーノがぶつぶつ言い始めたそのとき——それまで倒れていたはずの三面獣の真ん中の首が息を吹き返して再び起き上がった。背後で起こっている出来事にモリアーノはまだ気づいていない。
「モリアーノ!」とレミナが叫んでも、
「いいから黙って俺の話を聞け! いいか、お前は……」
「そうじゃないってば!」
「おい、後ろ!」と叫ぶ班長の声にモリアーノが後ろを振り向くと、
「ちょ、ちょ、ちょっと……勘弁してくれよ!」
それまで倒れていたはずの三面獣が起き上がり、三頭とも大きな口を開けて咆哮しながら彼らに襲いかかってきた。
突然の出来事に身動きが取れず慌てる面々。するとロビンだけがこの状況を素早く察知し、背中に提げていた愛用銃〈ブローニング〉をさっと握り取り、狙いを定め三面獣の三頭の米神を鮮やかに打ち抜いた。
その身のこなしと判断力は歳を感じさせないほど軽やかだった。三面獣は再び巨躯を地面にたたきつけ、沈み込むように倒れた。
モリアーノが近づき生存確認すると、大きく腕で丸を作った。
「ありがとう、ロビン爺!」とレミナは安堵した。
「この場面でコイツを倒したのはちょうど二十回目じゃ。コイツは落ち着きなく動き回るからいつもおとなしくなったシーンで倒すんだがな。まったく世話が焼けるドクモノだ。まあワシの腕の健在がお前さんたちに証明できてよかった」
そばで大きく息を吐く班長。モリアーノは先ほどのレミナへの説教を続けるように、
「お前は俺が熱心に作った行動計画を毎度台無しにしやがって。だからこうなる」
レミナはロビンへの対応とは裏を返すように、
「あんたが鈍いだけよ。私はセンスを頼ってここを探しただけ。そうしないとこんな暗い場面でドクモノとドク者を見つけられない。もっと私のことを考えて中身のある行動計画を立てなさいよ」
「生意気の小娘め。計画立案会議や参謀研修会にろくに出たことないくせに。偉そうな口叩くならお前が作戦担当やれよ」
「そのうち任命されたらやるわ。あんたよりは効果的な作戦を思いついてやるから」
「舐めやがって!」
すると班長が二人の間を割り込むように、
「お互い冷静になれ。レミナ、確かにお前は優秀なダイバーだ。だからこそ自分を大事にしないと班としても機能しないときが来る。君のお父さんは……まあいい。とにかく計画通りに。ツインズも頼むぞ」
「了解です」とツインズが声をそろえて返事した。珍しくレミナの父親の話を言いかけ、レミナはその続きが気になってしまう。さらに班長は、
「それからモリアーノ、お前の計画が必ずしも悪いとは思わない。だが、もっと作戦立案力を鍛えろ。今回の改善点を挙げるなら暗闇進行における素早さ、進行方向の短縮的で正確な読み。それから三面獣への緊急対処を考えておかないと、またギリギリのタイミングでロビン爺の世話になってしまう」
「わかりました。改善に努めます」
「お前を信じているぞ」と班長はモリアーノの肩に手を置いた。そんな様子を細い目を浮かべて見届けていたレミナが、
「班長、今日は何だか優しいですね。普段ならこんなとき説教なのに」
「本当はそうしたいところだが今日は私と妻との結婚記念日だ。早く帰りたい。今宵の市民はそれほどバーチャル・リードに興じていない。リュオも安定稼働している。君の勝手行動と見事な任務遂行を思うと複雑だが、何より妻を寂しくさせずに済みそうだから感謝しているよ、レミナ」
「それならよかったわ」
さらにロビン爺からも、
「レミナ、わしからも礼を言いたい。何しろ非常勤は身体に堪える。いくら人員不足で助けろと言われても老骨にムチを打つのは大変じゃ。まあ若かりし頃の底意地が確認できるから甲斐性はある。とにかくお前のおかげじゃ」
「ありがとう。ロビン爺のスナイピングのセンスも相変わらず冴え渡っているし、あの調子なら今後も他班での特別講習に引っ張りだこよ」
「そう言われるとまた現場が恋しくなる。ベッドの上で大人しく死ぬよりは物語の中で散りたいな」
面白くなさそうな表情のモリアーノが、
「なんだよ、皆で楽しそうだな」
「すねるな。モリアーノ。みんなお前を頼りにしている。次はもっと素晴らしい作戦計画を頼む。では総員帰還だ。サクラ、聞こえるか? 帰還モードを起動してくれ」
「了解」オペレーターのサクラから応答が来た。
すると「あのー」と彼らの後ろからドク者が自分に気づいて欲しそうな声をかけてきた。
それまでのやりとりを彼等の背後で口を開けたまま見届けていた。ドク者を置いてけぼりにするところだった。
「あ、ごめん。まだドク者帰還させてなかった」
「あなた方は何者ですか?」ちょうど六人が並んだ状態の中、一人飛び出したのはレミナだった。雰囲気を改め、引き締まった思いで目の前のドク者を見つめる。
「我々は読書安全対策機構・ドク死ノベル掃討部隊よ。ここは物語の世界であって我々の存在は虚構ではない」
さらにロビンが、
「なあドク者の兄ちゃんよ、物語の世界に夢中になるのはいいことだ。だが、バーチャルの世界にのめり込むのは注意するんじゃ。特にこういう危ない話はやめとけ。安易な〈さまよい〉は身を滅ぼしちまう。いいか?」
「はあ……」
すると班長が、
「君があっち(現実の世界)で君がデータカードで持っている『戦国魔術』シリーズは直ちに回収されなければならない。楽しみを奪って申し訳ないが、君には厳しい処分が控えている」
「処分とは? 僕をどうするつもりですか?」
「君は閲覧禁止指定の危険な〈読死ノベル〉に入ってしまった。君自身も承知の上だ。ばれないように今まで違法所持していた。そうだろ?」
「でもあのノベルデータは……」
「物語が好きな気持ちはよくわかる。だがルールに従わないと今回のような状況に巻き込まれてしまう。我々は君のように危険な物語世界にのめり込んだ〝ドク者〟の救出活動を行っている。この物語の入手経路を正直に教えてくれ」
すると彼は渋々な雰囲気で班長比賀に、
「本は友人から数日前にデータカードを得ました。自分の所有物ではありません。しかもその物語が危険な指定を受けているとは知らずに」
「その旨を回収員に伝えておく。それと君が読書権、いわゆるリーディング・ライトを剥奪されたくないなら、自分の身の潔白をしっかり説明することだ。物語の世界では命を取られる危険もことを理解してくれ」
「はい」と彼は渋々返事した。
「よし。説明完了。帰還準備に入る。よしサクラ、転送してくれ」
「これから一体どうすれば?」自分を指さしながら戸惑うドク者。
「心配ない。君には君の帰り方ってものがある。それでもいつまでこの世界にいたいのかな?」
「帰らせてください。お願いです。こんな物騒な場所に長居したくないです。またさっきのバケモンが出てきたらとんでもない」
「あれは〈ドクモノ〉って呼んでいる。君の命が奪い取られる可能性だってあった。物語と現実は点と点であり、それらは真っ直ぐな線で繋がっている。普段の眠りで見る夢なら大丈夫だが、リュオを通じて今を経ている死は繰り返されることはない。リュオが奏でる夢の世界はいわば本物の生であり死である」
「おっしゃることが、わかりませんが……」
「つまりこの世界で襲われたら現実でも死ぬってわけだ。もちろんこの世界にも残れない。リュオがそう判断処理してしまう。そうなってしまえば行くべき場所は一つ。あえて言わずともわかるだろう。現実世界でも物語世界でもない場所へと。さてと、そろそろこの世界を出よう。リュオにも迷惑をかけてはならん」
「さあ、目を閉じて」と彼の肩に手を置いたレミナが優しく言った。
「でも……」
「大丈夫。目を閉じたらわかるわ」
戸惑うドク者にレミナは我慢できずに、穏やかな様子から一変して、
「いいから早くしてよ! 早く帰って課題やって、ケーキ食べて、ドラマを見たいの。私もあんたも明日学校あるし。みんな忙しいのよ」
「わ、わかったよ……」
ドク者は渋々な思いと態度でレミナの言うとおり目を閉じる。すると、背後からドク者に気づかれないようにモリアーノが手際よく〈アネスガン〉を打ち込む。
「痛てっ! 何するんだよ?」
ドク者は首元を抑えて痛みに悶えるものの、すぐに痛みは引いていった。
「大丈夫。この世界と俺たちのことを忘れてもらうだけだ」
「一旦目を閉じたら十秒後に開けて。途中で開けたら台無しになって、とっても厄介な事が待っているから注意して。移動中の景色を見ると具合も悪くなる。眠りの感覚が来るまで真面目に目を閉じておいて。しっかり十秒数えるのよ。いい?」
「わ、わかった」
「よし、じゃあまたね」
「あの……どうもありがとう」とドク者の彼は恥ずかしさを覆い隠しながら言った。
「どういたしまして」とレミナは頬に笑窪を浮かべながら見送った。
四名の隊員は〈現実世界〉へと無事に帰還を果たした。AI隊員のツインズは四人とは別の形で消えていった。
ノクターンでは別のペンネームで作品を書いておりましたが全年齢向けのラノベは初投稿となります。
まだまだラノベ未熟者ですが、みなさまのコメントや何でもご指摘をいただけますと助かります。
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