7(陛下視点)
夜の帳が織りて久しい城内。私とほのかのための寝室で、私は健やかな寝息を立てる彼女を眺める。
本人は「前の世界にいた時より、ずっと健康なんです!」と力説するが、あまり体力はないらしい。そんな彼女を疲れ果てさせた自覚のある私は
「もう少し自重しなければならんな……」
とひとりごちた。
アデリア王国に伝わる『黒髪の乙女』の伝承。誰もが知る物語にある通り、長く艷やかな黒髪を持つ彼女はとっくに成人しているが、どこか少女めいている。そんな彼女が乱れる姿を見られるのが自分だけだ、ということは想像以上に優越感を覚えさせ、今夜もまた無理をさせてしまったのだった。
『黒髪の乙女』がいつ王国にくるのか。それは神のみぞ知ることだ。だから突然神官長が
「神託が! 『乙女様』がいらっしゃいます!」
と慌てて執務室に駆け込んできたときも、驚きはなかった。
王国を栄えさせる、という別世界からの客人。それ自体は素晴らしいと思うが、王族から言わせてみれば一種の呪いのようなものだ。
考えてもみて欲しい。突然妃教育もなにもされていない、異文化で育った人を娶る事になり、そして自分の代で国が栄えることを誰からも期待される。
たとえ王であってもプレッシャーは感じるものだ。兄が重い病に突然倒れ、急に王のお鉢が巡って来た身ならなおさら……。
そんな訳で、正直『黒髪の乙女』を歓迎するつもりもなかった私の元へ舞い降りた彼女は、随分真面目で努力家で、欲の少ない人物だった。
何でも前の世界で病魔に侵され、一度死んでしまったのだとか。
そんな彼女ーーほのかは確かにこの国の文化を何も知らなかったが、故にか教師たちが教えることを貪欲に吸収し、そして私が驚くほど熱心に勉強した。
数多の貴族子女を泣かせたことで有名なマナー教師ですら
「彼女はとても努力家でいらっしゃいます。むしろ少し心配になる程……陛下に置かれましては、彼女をよく見守ってくださいませ」
と言わせしめるのだから、もはや一種の才能だろう。
そんな彼女が唯一苦手としているダンスの練習相手を買ってでたのはきっと気まぐれだ。
前の世界であまり運動が出来なかったからか、運動神経がないらしい彼女は、とにかくダンスが苦手らしかった。
執務の合間を縫って見に行って見れば、確かに足が全く動いていない。これはとにかく自分と一曲踊れる、というレベルを目指すしかなかろう……そう思って私は彼女の手をとった。
彼女は努力家だ。しかもそれを苦としない。くるくると表情を変えつつ、楽しそうに学ぶ姿は……確かに美しかった。
それから彼女に惚れ、手放したくない存在になるまでは早かった。今では彼女以外が妃など考えられない。
真面目で優しく、賢明なほのかはすでに妃としての地位を確立しつつある。
「前の世界でも世間知らずだったので……」
と彼女は謙遜するが、それでもやはり彼女の知る異文化の話は、城の者達にとって大きな刺激になっているらしい。
「ん……陛下?」
寝返りを打った彼女が夢の中で私を呼ぶ。「ルイス」と名前で呼んで欲しい、と初夜の床で願ったのは私だが、彼女の中で「陛下」という呼び名はかなり定着してしまっているらしい。
2回に1度は「陛下」と呼ばれ、もはや訂正もしていない。それに彼女の呼ぶ「陛下」は心地よくもあった。
随分と平和な国から来たらしい彼女。ほのかを幸せにするためにもこの国を平穏に導き続けなければならない。
きっとこれまでの王もそうして、この伝承が出来上がったのだろうな。
そんなことを考えつつ、私はそっと乱れたシーツをほのかに掛け直し、彼女を抱きしめて目をつむるのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
このお話はもともと南雲皋様主催の「匿名短文胸キュン企画」という企画に提出した短編を加筆したものです。
お話を書くきっかけを下さった南雲様や応援してくださった皆様に心より感謝申し上げます。
さて、実はこのお話、連載作品としては初の異世界転生・転移もののお話になります。
チートもなにもないお話ですが、「私」と「陛下」が心を通わせていく姿にキュン、としていただけていれば嬉しいです。