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 あのお茶会の後から、私にはさらに社交術の先生がつくようになった。スケジュールは少しきつくなったが、おかげで茶会などでの振る舞いはずっとしやすくなった。


 先生曰く、


「社交界は悪意を笑顔の裏に隠している人も大勢いますからね。真実をきちんと見抜く目を養うことが大事なのです」


 とのことだ。






 そんな忙しい日々を送っていれば1月なんて本当にあっという間。気づけば、ついに舞踏会当日を迎えていた。


「今日はそなた達に、嬉しい知らせがある! 久々に『黒髪の乙女』が我々のもとへ舞い降りた。ほのか殿だ。私は伝承に従い、彼女を妻とすることをここに宣言する」


 広い大広間に集まったのは、大勢の貴族達。この前には、バルコニーに出て、城まできてくれた市民の皆様にも同じ宣言をした。


 陛下の言葉に合わせて、私はゆっくりと膝を折り、そして柔らかく、を意識して微笑む。するとさっきのバルコニーと同じように大広間は歓声で包まれた。


「それでは今日の良き日を祝い、乾杯!」


 陛下がそう言ってグラスを掲げると、同時に大広間の人々の「乾杯」の声が響いた。


 それから陛下と広間の中心に移動して、ついにファーストダンスが始まる。何度も陛下と踊ったけれど、これだけの人の前、というのは初めて。思わず緊張で身体を硬直させていると陛下が


「いつも通りで構わない。つまずいたら私が受け止める」


 と笑ってくださった。


 そうしてダンスが始まる。大理石の床、陛下の瞳と同じ青いドレス、たくさんの楽器が奏でるワルツ。


 私は陛下と腕を取り合って、ゆっくりと大広間を回る。一度ドレスの長い裾を踏んづけてしまい、転びそうになったが、陛下がすかさず腰に持ってフワリと私を抱きかかえてくれたので転ばずにすんだ。


 陛下はそのままクルリと私を抱えたまま一回転し、そうして床に戻して下さる。こんなステップ聞いたこともないが、周りの人達はみんな微笑ましげな笑みで見守ってくれているから良いのだろう。


「もう! 陛下。でもありがとうございます」


 私の囁きに陛下はいたずらが成功したように笑ってくれる。最近の陛下はこうしていろんな表情を見せてくれるようになった。陛下はそれから少し思案げにこう尋ねてきた。


「ダンスはまだ苦手か?」

「いえ、でも陛下とばかり踊っていたましたから……他の方と踊れるか心配です」


 妃になれば、きっとたくさんの人と踊る必要があるだろう。そのことを思い出し少し不安になる私。一方陛下は私の言葉を聞いて少し顔をしかめた。


「そなたは私の婚約者で、1月後には私の妻だ。私以外と踊る必要などない」


 そう言うと陛下は私の腰を抱く手にギュッと力を込めた。






「あらあら、フフフ、兄様がそんなことを言うなんて……仲が良いようで何よりだわ」

「陛下っぽくないのですか? クララ様?」

「だってーー陛下はあの顔だし、いっつも無表情であんまり優しくもないし……お妃様になる人が可哀想っていつも心配してたのよ。だけど安心したわ」


 舞踏会の数日後。私はクララ王女に誘われてお茶をしていた。出席者は私と王女殿下だけ。侍女も最小限の限りなくプライベートに近い空間だ。


「それで……ダンスのことね。問題ないのじゃないかしら? 『黒髪の乙女』様はもともとダンスが苦手な人が多かったそうだし、中には全く踊れないまま通した人もいたそうだわ。だから陛下以外と踊らなくても大丈夫でしょうし、だいたい陛下が妻を他の人とは踊らせない、って公言しているのに誘ってくる強者もそうそういないはずよ。それとも……もっとたくさんの人と踊りたい?」

「私は……陛下と踊れればそれで充分です」

「あらあら、ご馳走様。じゃあ、なんの問題もないわ」


 そう言ってクララ王女はコロコロと笑う。それから部屋に置かれた真っ白なドレスに目を移した。ダンスのことと共にもう一つ、私がクララ王女とお話したい、と思っていたことだ。


「それにしても素敵なドレスね! あなたがいらっしゃった世界ではこれが婚礼衣装の定番なのよね」

「はい! ……ですがよかったのでしょうか? こちらにはこちらの決まりがあるのに……」

「問題ないわ。婚礼衣装の色に決まりはないもの。それにきっとこのドレスはこちらでも流行ると思うの。レース織りの産地が早くも沸き立っているそうよ」


 今回の陛下との結婚式ではもといた世界で定番だった白いドレスーーいわゆるウエディングドレスを着ることになっていた。ここに来て間もない頃にふと話したことを陛下と王女殿下が拾ってくださったのだ。


 ふんわりとした生地を幾重にも重ね、刺繍で上品に、そして北の方の特産である繊細なレース編みも惜しげもなく使ったドレスは、何度みてもため息の出るほど美しい品だった。


「うーん……やっぱり何度見ても素敵なドレスだわーー私も婚礼のときにはこれを着ようかしら」

「王女殿下も! こんなドレスを着てくださるのですか?」

「ええ、あなたと私が立て続けに着れば、間違いなくこのドレスは流行るでしょうしね。もともとレース編みの活用方は考えたいと思っていたの。だからあなたの話を聞けてちょうど良かったわ」


 そう言って王女殿下はニコリと笑う。今回レース編みを調達した北の地域は気候に恵まれず、やや産業が少ない地域だ。かの地方が私の婚礼で沸き立っているのにはそういった事情があった。


「さすが……王女殿下はそこまで考えていらっしゃるのですね。ーー私にも出来るでしょうか?」

「ええ、もちろん! 私は16年王女をやってるもの。あなたは勉強し始めたばかりでしょう?」


 何も心配することはないわ。と王女殿下は微笑んでくださり、私は少し不安が薄まるのを感じた。


「そうそう、あなたの世界の婚礼はどんな感じだったの? なんだか独特の文化があったと聞くし……興味があるわ」

「そうですね……私は一度しか、それも幼い頃に結婚式に出席したことがないのですが、式自体はこちらの世界とあまり変わらない気がします。あっーーでもその後の祝宴はよく覚えています。レストラン? の大きな庭に会場があって、そこでするんです」

「お庭で!? それは素敵ね」

「はい、あちこちに花が飾られてとっても綺麗でした。あとはそうですね……」


 私は幼い頃の遠い記憶を思い出しながら、王女殿下に向こうの世界の祝宴を説明する。私がお呼ばれしたのは母の友人の結婚式だ。私もとても良くしてもらっていた彼女の花嫁姿は幼いながらに美しく、「いつか私も!」と思ったことはよく覚えている。


 ーーまさか結婚相手が国王になるとは思っていなかったけど。


 そんなことも少し考えつつ話す私の前で、王女殿下は何やら思案顔を始めたのだった。

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