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陛下の言う通り、翌日から早速、陛下の妃となるための勉強が始まった。
まずはなんといっても礼儀と作法。それにこの国の歴史や経済、他国との関係。なぜか読み書きは出来たのが本当に救いだ。
朝から晩までなかなかみっちりとしたハードスケジュールだけど、新しいことを学ぶのは楽しい。それに陛下がつけてくださった先生はみんなその道のトップにいる人ばかり。前の世界で言うと国を代表するような大学教授がズラっと揃っている感じかしら?
皆さん、妥協は許さない! って感じだけど授業はとっても丁寧だし、分からないところがあれば分かるまで根気強く教えてくれる。自分で言うのも何だけど、優秀な先生方のおかげでみるみるアデリア王国に関する知識が増えていくのが分かった。
アデリア王国はかなり大きな大陸の南端にある国だ。南側は海岸線が続き、あとの3方を険しい山に囲まれている。攻め込みづらい地形のおかげが、この辺りではもっとも歴史があるらしい。
主な産業は農業だが、南の海沿いにいくつもある港町では貿易が盛んだし、西や東の山には魔法石が取れる鉱脈がいくつもあって大事な収入源となっている。
そう! この国ーーというかこの世界には魔法があるのだ! 最初にそのことを聞いた時には驚きと歓喜の声を上げて、陛下に
「魔法がなければ、どうやってそなたはこの世界にきたのだ?」
と呆れられてしまった。仕方がないじゃない! 子供の頃から病気がちだった私にとって読書は数少ない趣味の一つ。とりわけ魔法使いがでてくるファンタジーが大好きだった。
残念ながら私に魔法の素養は無いらしいし、そもそも国民全員が魔法を使えるわけでも無いらしいが、その代わりに魔法石を動力源とした魔道具がたくさんある。
本で読んだことのある、近世のヨーロッパのような雰囲気のこの国だが、魔道具のお陰で意外と衛生的だし、生活も豊かなのだった。
と、そんな忙しい毎日だが、陛下と合う時間はほぼ必ず設けられていた。夕食を共にすることが多いが、陛下の都合で難しい場合は、夜寝る前にお茶の時間を共にする。今日は後者で私は普段以上にゆったりとしたドレスを着て、小さな部屋で陛下と向かいあっていた。
「今日は歩き方の練習をしました。歩くだけであんなに気をつける事があるなんて驚きですーー」
「美しい姿勢で歩けば、それだけで人の視線を引けるからな。しっかり身につけてくれ」
陛下との時間の話題はほぼほぼその日勉強したことについて。今日も私はふんわりと優しい香りのする薬草茶を飲みながら、本日の成果を陛下に伝えた。
「そういえば……陛下は薬草茶じゃないんですか? それは紅茶ですよね?」
アデリア王国はお茶文化の国のようだ。主に飲まれているのは紅茶で、こういった夜の時間には薬草茶も好まれている。ふ、と見えた陛下のカップの中身に私が首をかしげると、陛下は表情は変えないまま私の質問に答えた。
「私はまだ執務があるからな。紅茶はむしろ都合が良い。ほのかは目が冴えたら困るだろう?」
「あ……なるほどーー」
陛下の答えに私はハッとした。意外と食文化も進んでいるこの国には、眠りを促す食べ物、反対に妨げる食べ物、といった認識がある。毎日随分忙しそうな陛下は夜遅くまで続く執務に備えてこの時間でも紅茶をのんでいるのだろう。
そう考えるとこうして私だけ薬草茶を飲んでいるのことに罪悪感を感じてきた。
「何だか……陛下に少し申し訳ない気分です。忙しいのにわざわざ時間をとっていただいて」
それでしているのはただのおしゃべりだ。ちなみに言うとクララ王女殿下も大変忙しい。社交と公務の合間を縫って勉強もされている。お姫様になったら遊んで暮らせる! って言ったの誰かしら? 子供の頃の私ね。
「せめて……私にも何かできれば良いのですがーー」
思わずそう言うと、陛下の眉がキュッと潜められる。笑うことの少ない陛下だが、怒ることもない。
不機嫌そうな顔を見たのも、私がここへ来た時の一度きりだ。
そんな陛下の表情の変化に私は思わずビクリ、と体を震わせた。
「そなたはまだ勉強中の身であろう? 礼儀作法すらままならぬのに何ができる?」
陛下は険しい表情のまま、抑揚なくそう言う。その言葉に私はまたハッとさせられた。
「……申し訳ありません、陛下。不相応な言葉でした」
確かに私はつい先日まで礼すら満足に出来なかった身。やってしまった、と私はうつむく。
と、陛下は抑揚はないままだが、今度は随分と優しげな声で口を開いた。
「別に謝る必要はなかろう? 私がそなたに求めるのは一刻も早くこの国に馴染むことだ。そのための努力をそなたはすれば良い」
しょげてしまった私を見て流石に可哀想になったのだろうか。陛下は私を励ますようなことを言って下さる。
「分かりました……私、頑張ります!」
私がそう言うと、陛下は「うむ」と大きく頷いた。