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 私は生まれた時から病室にいることが多かった。お医者様の懸命の治療もむなしく、この世とお別れしたのが18の時。ところが気づくと……私はふかふかのベッドの上で横たわっていた。


「陛下! 彼女はまさしくーー成功です」


 ベッドの周りではなにやらローブのようなものを身に付けた男の人達が歓声を上げている。ただ、一人だけ衣装が違う長身の人だけは無表情のままで、そして私の顔を覗き込んだ。


「長い黒髪……確かに成功で間違いないだろう」


 成功だ、というのに彼の表情はどことなく暗く、不機嫌そうだ。……何となく怖い。と、そこでパンパンと手を叩く音と穏やかな女性の声が部屋に響いた。


「陛下! 魔術師団の皆様も! 女性のベッドを囲むものではありません。乙女様が怖がっておられるではありませんか。支度が出来たらお連れしますから、とにかく下がってーー」


 そう言いつつベッドに近づいてきた女性は、テキパキと男達を部屋の外に振り払う。彼女は私にニコリと微笑んでくれて、ようやく私も落ち着きを取り戻してきた。


「あの……ありがとうございます。ところでここはーー天国? あなたは?」

「ふふふ、天国だなんて。ここはアデリア王国のレーディエル城。私は侍女頭のハリエットよ。よろしくお願いします。ーーああ急に起きちゃ駄目よ、貧血でもおこしたら大変! ゆっくりとね」


 ハリエットと名乗る女性は、確かに本の挿絵で見たことがあるような女性使用人ーーいわゆるメイドさんのような服を着ている。膝を追ってお辞儀をしてから。私の半身をゆっくりと起こしてくれる。


 まだぼんやりとした頭のまま室内を見渡すと、彼女の言う通り、そこは城、と言われても違和感のない、昔のヨーロッパ風の部屋だった。


「私は……ほのかと言います。18才で……病気で死んだはずなんですが……どうしてここに?」

「やっぱりそうだったのね……さぞお辛かったでしょうに。この国にはですね、たまにこの世界とは別の世界から黒髪の女性がやってくる、という伝承があるのです。その女性を妃とした王の治世は国がとみに栄えるとも言われてますわ」

「やっぱり別世界……ん……妃?! 待って下さい、私妃になるんですか、それも陛下ってもしかして?」

「ええ、さっきあなたを覗き込んでいた人です。急にそんな事言われて理不尽だお思うかもしれないけど……こればっかりは私にもどうしようもないことで……ごめんなさい」

「いえ、その……少し驚いただけで……私はもともと死んだはずの身ですから。結婚しろ、と言われれば言う通りにします」


 もともと18年で終わったと思っていた人生だ。続きを用意してもらえるだけで御の字だろう。そう話す私にハリエットさんは泣き笑いのような微妙な顔をした。


「そんなまだ若いのに達観した……まあとにかく! 私はいつでもあなたの味方です。困ったことがあれば何でも仰って下さい」

「はい、ありがとうございます。ハリエットさん」


 ハリエットさんは、少しふっくらとした体型でほほえみは明るく、声音は優しい。それが何となく母を想い起こさせる。


「じゃあ! 早速で本当に申し訳ないんだけど、一度陛下のもとへ案内しても良いかしら? あの感じじゃ一度顔をお見せした方が良さそうだから……」

「今からですか!?  あっ、でも私の旦那様になるんですよね。じゃあ、早く顔合わせした方が良いですよね。わかりました、お願いします」

「ふふふ、では早速準備しましょうね。起き上がれるかしら?  ゆっくりね」


 私の身体を支えてゆっくりと起き上がらせてくれるハリエットさん。ベッドから起き上がったところで、また彼女が手を2度叩くと、たちまち数人の若い侍女さん達が現れて、私は目を丸くしたのだった。






 そのまま彼女達に言われるがまま、お風呂に入って、それから淡い緑色のドレスを身につける。昔の本で読んだみたいにコルセットでぎゅうぎゅうに締め付けられるのか、と覚悟したがそんなことはなかった。

 ストンとしたラインのドレスは軽くて、思っていたより動きやすい。これなら、なんとか転ばずに動けるだろう、とひとまず安堵する。私はハリエットさんと共に、陛下とお会いする場所になる、という謁見室を目指した。


 案内された謁見室はそこまで広くはないが、大理石の床は鏡のように磨かれ、その中央にはふかふかの赤い絨毯が惹かれている。その向こうには豪奢に装飾された玉座があり、私は急に緊張してきた。


「それでは……私は後ろに控えておりますので。緊張せず、気楽な気持ちでお会い下さい。未来の旦那様ですしね」


 私の気持ちを察してかそう言ってくれるハリエットさん。とはいえ相手は未来の夫だろうとなんだろうと国王陛下だ。気楽にーーなんて無理! そう思いながら待っていると程なくして、奥のドアから、長身の男性が出てきて、私の前にひざまずいた。


「繁栄をもたらす黒髪の乙女、ほのか殿。この度はよくぞアデリア王国へお越しくださった。私は国王、ルイスだ。国民一同を代表してそなたを歓迎する」


 国王だ、というその人は厳かにそう言うと、ポカンとする私の手をとり、手袋越しにほんの軽く口付けをした。


 さっきは暗くてよく見えなかったが、陛下はかなりの美丈夫だ。スラリとした長身に銀色の束ねた髪と青い瞳。まさしく物語の王子様、といった人にそんなことをされて固まっていると、ハリエットさんが後ろから助け舟をくれた。


「ほのかさまもご挨拶を」


 そうだ! いつまでも陛下を跪かせているわけにもいかない。挨拶を、と思いハッとする。そういえば挨拶ってどうするんだろう? 困った私はとりあえず日本式に手を腹の前で重ね、腰を折った。


「ほのか、と申します。その……これからよろしくお願いします……」


 なんとかそう言った私だが、陛下は動かない。と思ったら、表情を替えないまま少し首を捻った。


「なんだ? それは?」

「えっと……それは、と言いますと」


 最初は陛下の言葉の意味するところがわからなかったが、おそらく礼の意味が通じていないのだろう。だからと言ってアデリア王国式の挨拶はまだ知らない。どうしよう? と思っていると思わぬ助け舟が飛んできた。


「兄様! ほのか様をいじめてどうするの!? この国に着たばっかりなんだから作法も何も知らなくて当然でしょう?」

「いや……いじめているつもりはーー」

「なくても、兄様は顔が怖いんだから! 女の子には優しく! をとにかく心がけないと駄目って言ってるでしょう?」


 腰に手を当てつつ奥の扉から出てきたのは、私と同い年ぐらいの少女。可愛らしいピンクのドレスを纏った彼女は陛下を睨みつけつつ、隣までやってくると、ドレスの裾を広げて、腰を低くした。


「初めまして、ほのか様。アデリア王国第一王女、クララにございます。乙女様にお目に書かれて、光栄にございます。どうぞお見知りおき下さいませ」


 クララと名乗ってくれた彼女は先程の勢いはどこへ? と言うほど上品な仕草で挨拶をしてくれる。私も返事をしなければ。クララ王女がしてくれた礼は映画で見たことがある。でもやり方はわからず右往左往していると、クララ王女はそんな私にニコリと微笑んでくれた。


「ほのか様がこの国の文化に慣れていないのは当然だわ。前にいた世界のやり方で構わなーー」

「片方の足を一歩引くんだ」

「兄様!」


 クララ王女の言葉を遮ったのは陛下。王女様が怒ったような声を出すが、陛下は構わず話を続けた。


「片足を一歩引き、膝をゆっくりと曲げなさい。慣れていないなら浅くで良い。とりあえずそれらしくなれば構わない」


 私は陛下の言葉を聞いて、言う通りに膝を曲げてみる。想像以上にバランスを取るのが難しかったが、それでも映画で見たカーテシー? の真似のようなことは出来た。


「ほのか、と申します。温かい歓迎感謝いたします。どうぞよろしくお願いいたします」


「まあ! ほのか様。初めてとは思えないくらい綺麗だわ。きっともともと姿勢が良いのね。ねえ兄様?」

「まあ、初めてにしては上出来だろう」

「もう! 兄様は」


 またしても言い合う兄弟だが、私はとりあえずアデリア式の挨拶をこなせて一安心だ。ゆっくりと姿勢を戻すと陛下は「さて」と仕切り直すような声を出した。


「まあ、挨拶についてはこれから学べば良い。ハリエットに聞いていると思うが、そなたは私の妃となる。これは古くからの伝統でそなたは拒否出来ない。2月後に婚約披露の舞踏会を開き、その1月後に挙式だ。少々忙しいが、それまでにある程度、妃として求められることを学んでくれ」

「わ、分かりました。陛下」


 陛下の話すこれからの予定に目を剥く私。

 たった3月! それはあまりにも短くないですか? という言葉を押し留め、何とか先程のように膝を折ってみせると、陛下の唇がほんの少しだけ弧を描いたような気がした。

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