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留守のユメ

作者: ヘルベチカベチベチ

 昔、両親が遠くの街へ出かけると言って留守番を頼まれたその夜、僕は次のような夢を見た。

 店内は賑わっている。内装では洋風か和風かもはっきりしない、何かの料理屋であることだけは確かな店の中で僕はウェイターを待っている。腰の低いソファにもたれかかって快適なはずが、実は金縛りにあっているこの状況を、僕は決して周囲に気づかれてはいけない。必死に普通の表情を保つ。他の席の楽しそうな声が、自分にだけ街の喧騒みたいに感じられて徐々に遠く離れていく。待っていたウェイターがこちらへ近寄ってくる。

「おまちどおさんです。なににしはりますかい。」

 ウェイターの声は水中に潜っているみたいで聞きとりにくい。僕はウェイターに自分の金縛りを誤魔化しながらもなんとか聞き返す。

「なんですか。」

「おきゃくさん。なににしはりますかい。」

「え、なんですか。」

「えっーと、もう一回言うてください。アナタ声高いですやん。」

「すみません。全然聞こえないんです。」

 僕はしびれを切らし、語気を強める。するとウェイターの方もしびれを切らし、僕の耳元に近づいてこう囁く。

「おきゃくさん。なににしはりますかい。」

「聞こえないです。聞こえないのにくすぐったいのですが。離れてください。」

「何かしら言うてください。アナタ声高いですやん。」

 ウェイターは耳元から離れようとせず、そのまま口から吐き出された何かが耳の穴に侵入してくる。うすい皮膚から軟骨へ金属の冷たさが通う。脳みそに到達して棒状のものだと分かる。それが脳のしわをかき分けて通過し、反対の耳から出てきそうなので、僕はちょうどその下に手を準備しておく。それが手の平に入る。見ると、濡れて温まった乾電池がぐっすり寝息を立てて眠っていた。そういえば金縛りが解けていることに気が付く。だがウェイターが耳元から離れることはなく、次第に僕の体を抱きしめはじめる。さらに打ち明けるような声色で何かを囁かれたが、やはり聞き取れず、すると焼け焦げた葉っぱが大量に落ちてきて僕の視界は一斉に塞がれる。そこへ塩コショウ混じりの風が吹いて、落ち葉を運び去っていく。目の前に広がったイチョウから木漏れ日が差してじっと眼球を焼く。額を毛虫が這っていく。頭上から家中の食器が割れる音がして、豪雨が降りはじめた。

 ここで目が覚めた。夢が終わり、秋口の肌寒さが一人ぼっちの留守番にはひどく切ないように感じられた。眠気が引いて意識のハッキリしていく過程に、とりあえず掛けていた布団を横にどかしてみる。この日の朝僕はすっかり精通していた。

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