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つきまとう音

作者: よもぎぃ

 ある初夏の夕方の事。

 日の入りは遅く、なかなか真っ暗にはならない。

 その日は放課後のドッジボールが楽しくて、なかなか抜けられずに最後のチャイムがなるまで学校の校庭で同級生と遊んでしまっていた。

 他の同級生達よりも学校から家までの道のりは遠く、一緒に帰っていたランドセルの団体は一人また一人といなくなり、とうとう最後の友達と別れた私は、一人で残りの帰り道をとぼとぼと歩いていた。


 学校と家が近い同級生と遊びすぎた私が悪いのだが、周囲は暗くなり始め、網を張ったような濁った色調の景色に心細くなる。畑の多い帰り道ではあるが、合間合間に宅地もあり、その度に安心はするものの、ブロック塀で太陽光が遮られた暗闇色の道を見ると、私の心は沈む。それでも時々現れる昔ながらの街灯が、暗闇色の道を淡く照らしているのを見つけると、勇気づけられた私の足は前へと進んだ。

 どちらにせよ、歩かねば家には帰れない。一時間近くかかる帰り道の終点である家まで、もう少しという所まで来ていた。


 周囲は古い民家が並ぶ道。

 誰も帰ってきていないのか、どの家にも灯りはついてはいなかった。もしくは方角によってはまだ光が入り込むから、節電のために照明をつけていなかったのかもしれない。

 聞こえるのは私が歩くジャリジャリという音だけ。割れ目の入った古いコンクリートの上に撒かれた砂が私のスニーカーの下に(くぐ)りながら音を鳴らす。

 その音だけをお伴に、一人で薄暗い道を歩いていたのだけれど。


 ふと、聞いた事のない音が聞こえてきたのだ。それは重くも高くも聞こえる。

 金属がぶつかっているのか、それとも何かが擦れているのか。車の走る音でも、近所にある魚屋さんが商品の無くなった台を洗う音でもない。

 小学生の自分には思い当たることもなく、何の音だろうと思って足を止めて耳を澄ませた。

 次第にその小さかった音は大きくなっていく。


 カシャリ、カシャリ………。


 規則的に、そしてゆっくりと。後ろから段々と近づいてくる音を不審に思った私は、足を止めて振り返った。


 だけどそこには歩いてきた薄暗い道しかない。

 そして、さっきの不思議な音も止んだのだ。


 気のせいだったのかなと、私は前を向く。

 誰にも会わない()の陰ってきた道を少し不気味に思いながら、早く帰ろうと歩きだした。

 だけど。


 カシャリ、カシャリ、カシャリ………。


 再び音が聞こえ始める。それも、さっきよりも近い位置から。

 振り返るが、やっぱり誰もいないし、音も消えてしまう。

 誰かに後ろをつけられているのではと怖くなった私は、早歩きを始めた。


 こんな時に近くのお魚屋さんは時間なのかもう店仕舞いをしていた。店の奥では明かりがついているようだけど、出入り口であるガラス扉にはカーテンが閉められ、閉店の看板がかけられていた。

 お店はもう閉店してしまったのだ。


 お店が閉まっている様子を残念に思いながら、意を決して視線を前に向けると、家までもう少しだと歩き出す。

 だけど歩き出せば音はついてくる。早く歩いているつもりなのに、音は歩くたびに私との距離を縮めていく。

 灯りの少ない果物畑を数個超え、子供心に最難関だったお寺のお墓の横を下を向きながら通り過ぎる。

 もう少しで家だってところで、音は私の真後ろまで来てしまっていた。とうとう怖くなって再び後ろを振り向いたのだが。

 やっぱり誰もいないし、変わったものは何も無い。

 あんなにはっきりと音が聞こえていたのに。

 お墓から誰かが顔を出しているわけでも、火の玉が出てきているわけでもなかった。

 私はその先の横道を曲がると、畑の中にポツリと浮いた新興住宅地の自宅に向かって走った。







 翌日、あの経験が怖かった私は放課後に誘われたドッジボールを断ると、誰よりも真っ先に帰宅した。

 昨日とは違って、目に痛いほどの夏の日差しに照らされた道は明るい。

 家に着けば、家にいた母が早く帰ってきた私を見て目を丸くする。


「早く帰ってきなさいと言っても帰ってこない子が…………」


 幼少の頃から近所の子供達と遊んで暗くなってもなかなか帰らなかった私は、母から見れば手のかかる子だったのはわかっている。だから時々早く帰ると、こう言ったことを言われるのは仕方ないとは理解しつつも、やっぱり母にそう言われるのが気になってしまって、小学生になっても理由を作っては早く帰らなくなっていた。

 だけど。


「昨日、変な音がついてきたから、今日は早く帰ってきた」

「え? いやだ。変なおじさんに追いかけられたの?」

「あ、え。そうじゃなくて、誰もいなかったけど………」

「どこで?」

「お魚屋さんの近くだけど………」

「あら、怖いわね。隣の組の場所だから組長さんには伝えておいた方がいいかしら………」


 私の話を最後まで聞かずに、母は電話の受話器を持ち上げると、いそいそとどこかに電話をし始める。

 はやとちりな母の姿を見ながら、まあいいかとそのまま暗くなるまで好きなアニメを見て、美味しい夕飯を食べて平穏を満喫した私は、昨日の怖い事などすっかり忘れてしまっていた。

 お風呂にも入ってそろそろ寝ようかと、トイレに行った時だった。

 私の前に父が入っていたのか、トイレの小さな窓は少しだけ開けられていた。

 私はそれを気にする事もなく、用を足した後に異変は起こる。


 カシャリ。


 その音に吃驚(びっくり)して心音が跳ね上がる。

 それは昨日聞いた不審な音だった。

 窓の向こうは車がぎりぎりすれ違える程度の道。そして道の向かいにはただの柿畑しかなかった。だから車も走っていない道から音がする事もないはずなのに、家の前の道で昨日の不思議な音が行ったり来たりしているのだ。


 どうしてここに?

 もしかして、私を探しているとか?


 窓から顔を覗かせて、誰かいるのかなんてそんな勇気のいる事なんか出来ない。

 私はその音にバレないように、屈みながらそっとトイレを出ると、慌てて家族のいるリビングへと戻る。

 父がビールを片手に、ソファに座りながらブラウン管テレビで時代劇を見ていた。

 父に守って欲しかった私は、父の隣に座って父の腕を掴む。普段から父親っ子だった私のその行動に、父はあまり気にならなかったのか、私を一瞥するとまたテレビに視線を戻していった。


 カシャリ。


 その音に私はビクッとする。

 だけど、その音は外からではなくてテレビの中から聞こえてきたのだ。


「お父さん、この音って何?」

「ああ、甲冑の音かい?」

「甲冑?」

「この人達が着ている鎧の事だよ」

「………。ねえ、この鎧を着ている人って今もいるの?」

「んー? 今の時代は鎧を着る必要はないから、そんな人はいないよ」

「そうなの?」

「そうだよ」

「でもね、お父さん。私この音を昨日の帰り道で聞いた」


 そしてさっきも。


「はは! それは何かの音と間違えたんだよ、きっと。あ、そろそろ時間だからもう寝なさい」

「………お父さんと一緒に寝たい」

「もう大きくなったんだから、一人で寝られるようになりなさい」


 父に諭されて私はソファから立ち上がると、しぶしぶと階段を上がり、小さな四方形の曇りガラスが嵌められた扉を開けた。

 目の前は私のベッド。

 自分の部屋に戻って来た私は、掛け布団のタオルケットを被るようにしてベッドに潜り込んだ。






 あれから一週間。

 家には早く帰り、寝る時間もいつもより早くしていた。

 重く響くような甲冑の音はあの日から一切聞いていない。

 夏は益々盛り、明日から夏休みだった私はウキウキと親におやすみを言うと、二階の自分の部屋へと戻る。田舎だったけれど、うちには珍しくも窓枠に嵌める型のクーラーが子供部屋に付いていた。新しい物好きな父が昨年買ってきたのだ。

 寝る前につまみ型のタイマーで何時間か設定するタイプで、私は三時間に設定してからベッドに入り、涼しくなってきた部屋に満足して眠りについた。


 それから数時間。

 タイマーは止まり、じんわりとした暑さが部屋に戻ってきた時間に私は目を覚ました。

 暑いなとは思ったものの、まだまだ夜中で、眠気もあった私はそのまま目を瞑ろうとしたのだが。


 カシャリ。


 あの音が一階から聞こえてきたのだ。それも外からではなく、家の中から。

 焦るものの、一階の寝室に寝ていた親に助けなんて呼べ無い。怖くなってベッドからも出られなくなった私は、咄嗟に手元にあった頼りないタオルケットをぎゅっと握ると、足をすくめて縮こまる。

 一階から聞こえていた音はゆっくりと階段前に近づくと、カシャリと階段を一段上がり、しばらくするとまたカシャリと階段を上がった。甲冑音と共に、木材だった階段も軋む。

 呼吸は逼迫(ひっぱく)し、心音はドクンドクンと耳にも聞こえるほどに荒ぶる。

 怖いのに目は見開き、ベッドの足元にある部屋の扉に釘付けになる。

 だけど扉の明かり取り窓は暗いまま。

 もし親ならば階段を上がる時に照明をつけるのに、階段の照明がつく事はなく、暗闇の中を誰かが上って来ているという事だけは、小学生の自分にもわかった。

 一段。

 また一段。

 ゆっくりと、だけど確実に音は近づく。


「ひっ………!」


 悲鳴にもならない声が口からこぼれる。

 階段を上りきった音は、とうとう私の部屋の前までやってきた。

 誰かが入ってくるかもしれない。

 凝視する扉の明かり取り窓には何の変化もない。明るくなることも暗くなることもなく、静かな暗闇以外を映し出すことはなかった。

 それでも、その扉の前に誰かがいるのだけは感じていた。

 扉のガラスから目を離せず、そして瞬きも出来ずに凝視していた時だった。


「………おやかたさ…、おやかたさまの元へ……うやく戻ってこられました」


 低く、悲しそうだけど丁寧な声。

 それから辺りは静かになった。

 全ての音が止んだのだ。

 半ば混乱している私は、ベッドから飛び出て部屋中の灯りをつけると、再びベッドに戻って頭からタオルケットを掛けてそのまま朝まで丸まりながら目を固く閉じた。



 朝になれば、母に照明をつけっぱなしで寝ていた事をなじられた。

 電気代が、と。

 あれは何だったんだろうと思ったけれど、それ以降その音を聞くことはなくなった。


 だけど。

 時々ではあるが鏡に映る私の背中には、(もや)がかかるようになっていた。

読んでいただいてありがとうございます。

実体験がちょいちょい入っています。

おかげで作者は未だに暗い部屋で寝ることが出来ません。

帰り道は、どうぞお気をつけください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 現実の子供の心理と、これまら普通の親の行動が丁寧に書かれていたお陰で、あたかも現実に起こったかのような怖さがありました。 [一言] ホラーってのは、やっぱり現実性の高い話のほうが怖いですよ…
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