31ページ目 複数の接触と微かな歪み
弁明の仕様がございません。旅人日誌の更新が大変に遅れてしまい、誠に申し訳ありません。誠意をもって謝罪します。
もう時間はかなり遅く、日が変わりかけている頃。
自動ドアが開き、閉店間際のスーパーから二人組の男女が出てきた。
その二人は異様な格好をしているが誰も気に留めるような様子も無いし、そもそも付近に人自体が居なかった。
そのうちの一人、赤い髪をした女が歩きながら口を開く。
「もうこんな時間かぁ。随分と遅くなっちゃったな」
「確かニそうだナ。早く帰るゾ。瞬はともかク、幽霊の方ガあの瞬と二人きりなのハ少々不安ダ」
主に瞬の様子にビクビク震えてるんじゃないかという事で。
「杞憂だと思うよ? あの二人って意外な事にそこそこ仲良くしているみたいだしね」
「……嘘だロ?」
その言葉に、顔の左半分に黒い仮面をした男は疑惑の眼差しを向ける。
不老不死といった永遠を何よりも忌み嫌い瞬間の美しさを信仰する瞬と、本人の意思はともかくとして死んでも幽霊と化してまで現世に留まり続ける実菜とが仲良くしてるとは思えない。特に瞬の方が問題である。
「本当だよ。実菜ちゃんの方が何度無下にされたり攻撃されたりしても、その度に謝りつつくじけずに歩み寄ろうとしてくれていてね。最近になってようやく普通の会話が出来るようになってるみたいだよ」
「それハ……凄いナ」
黒仮面は驚嘆の表情を浮かべる。
瞬とわずか数日で普通に話せるようになった奴は黒仮面の知る中では誰一人として居ない。まして幽霊等といった者ならなおさらだ。
ちなみに『普通の会話』の定義とはかなり曖昧だが、ここでは『戦闘に関わりの無く、策略などでも無いただのとりとめの無い会話』として認識している。
「最近だと瞬も実菜に関しては幽霊だという事を忘れかけているみたいだしね。これも実菜の尽力のおかげだと思うよ。まぁボクも色々とアドバイスやらはしたけどね」
「……そうカ」
そもそも瞬と実菜はともに夢音の家に居候状態で、そのおかげで話す機会も多く、夢音も二人の様子をよく見ているのだろう。
ちなみに黒仮面はかなりの頻度で夢音の家に行っているが、夢音が寝る前には立ち去るし、やはり夢音ほど観察は出来ない。
「……所デ夢音」
ふと、一呼吸おいて黒仮面が夢音に話しかける。
「何だい?」
「後ろノ奴にハ気づイているカ?」
黒い仮面をした男は、声量のみを不自然では無い程度に変え先程までと変わらぬ様子でそう言い放った。
「うん。尾行されてる事に気づいたのは今さっきだけどね」
二人は声のトーンを僅かに落として、両者にだけ聞こえる程度の声量で話す。
当然、これは尾行者に気づかれないための措置だ。
……まぁ魔法やら能力やらが使われていたら会話も筒抜けで、まるで意味の無い行為なのだが、ぶっちゃけ二人ともそこまで隠す気はない。
バレたらバレたで、向こうとしては大体が逃げ出すか攻撃するかの二択だろう。逃げ出したらほっとけば良いし、攻撃してきてもすぐに対処出来るからだ。
「俺たちヲ見張っテいる奴の目星はついてルか?」
「いいや、まるでついてないよ。尾行されるような心当たりは無いし」
「それハお前なラいくらでもありソうな気がすルが……」
軽口を叩くかのように二人の会話は続く。
ちなみに二人にとって、尾行者を撒くという選択肢は無い。
理由? それは実に単純。二人が尾行を撒く時の超スピードのせいで、つい先程にスーパーで買ってきた卵等といった品々が悲惨な事態になる事を避けるためである。
「ははっ。いくらボクでも知らない間に知らない敵を作ってるなんて…………無い事もないか」
「自覚しテいたのカっ!?
それニ、向こウにいるのガ敵と断定された訳ではないガ……どうすル?」
「どうしようかなぁ。卵を割るのは勘弁して欲しいし、向こうが勝手に立ち去ってくれるのが一番なんだけど」
夢音が言い終わると同時、黒仮面は軽く口から息を漏らした。
「まァ、手遅レだナ」
「うん。そうだね。こちらの様子に気がついたらしい」
二人はゆっくりとした動作で後ろを振り返る。
すると、そこには先程までは影も形も見えなかった一人の人間がいた。
黒髪黒瞳、容姿平凡、服装平凡。いかにも日本人といった顔立ちで、強いていうなら黒いフレームの四角型の眼鏡をかけている程度の他に取り立てて特徴が無い、17か18歳程度の外見の男だ。……まぁもっとも、見た目の年齢など彼らのような異常の力を持つ者にとっては当てにはならないが。
「ああもう、こんなに早くバレるなんて……予想以上だ」
その男を空を仰ぐようにして手を額に当てる。
「で、キミの目的はなんだい? 何故ボクたちを監視した」
「そりゃあ、貴女達みたいな相当な実力者が二人一緒になって近くをうろついていたら気にもなるでしょ」
夢音が男に向けて尋ねた所、隠す様子もなく間髪も入れずに即答した。
「……嘘だナ。もしくハ、それダけでは無いだロう」
「その根拠は?」
しかし夢音の隣に居る黒い仮面をした男は、目を鋭くしそれを否定。対して男は一切の動揺も見せずに言葉を返す。
「根拠なラ目の前ニ有ル――」
黒き仮面をした彼は、怒気も殺気も放たず、ほんの僅かばかりの敵意を眼光に込める。
「――尾行すルだけナら、人の形をすル必要など無いかラだ」
「そういう事らしいよ。『式神』君」
そして、夢音が軽く追従した。
深夜の住宅街は、上空から見ても何も面白くは無い。何も動かない上に暗闇でろくすっぽ見えないからである。
しかし彼女は繁華街であろうと住宅街であろうとお構いなしに、上空から少々懐かしむように、そして確認するような目で見ている。とあるマンションの屋上よりも、ちょっと上の場所。そこに彼女は浮かんでいた。
一切の音も立てずに、静かに滞空している姿は飛んでいるよりも浮かんでいると表現した方がまだ正しいだろう。
そして彼女は全体的に白く、透き通っていた。それは比喩表現などではなく、実際に身体が服ごとわずかに透き通っている。
研究服という名の白衣に身を包み、星型の髪飾りを付けた彼女の名前は新橋 実菜。
現在、このマンションの夢音の部屋に実質居候状態で住んでいる浮遊霊だ。
「変わってない……ですね」
ふと、彼女の口からそんな言葉が漏れた。
それから彼女はゆっくりと振り返り、先程は背を向けていた方向の景色をじっと見ていた。
彼女は今一体何をしているのかといえば、生前の記憶を呼び起こし昔と今とを見比べているのだ。……まぁ、昔と言っても一年程度の事ではあるが。
ちなみに、彼女が幽霊と化してから部屋から外に出てくるのはこれが始めての事である。
それどころではなかったのだ。何故なら彼女は少し前までは、ただの『化物』となっていたのだから。
あの時の記憶と意識は朧げではあるが、ただひたすら『苦しかった』という事は自覚出来た。彼女は死んだ後、永遠とも思えるような苦痛を受け続けながら、亜空間に縛り付けられていたのだ。
あの場から解放してくれた夢音に、彼女は心の底から感謝をしている。それどころか、実は性別の問題を別とすれば完全に惚れていると言っても良いぐらいのレベルで服従していたりする。
それだけではなく黒き仮面をした男にも、当の本人の意思や思惑は別として助けてくれようとしてくれた瞬に関しても、彼女は非常に感謝をしていた。
だからその恩は人生全てを払ってでも返したいと実菜は思っているのだ。
……幽霊の時点で人生はすでに終わっているのだが、彼女はそれに気づいていないし、誰にも話してないから指摘してくれる人物もいない。
それはともかくとして、夜の街景色を見物していてふと彼女は思う。
「あれ……? 私どうやって死んだんだっけ?」
よく考えてみると、彼女は生前の記憶をやけにはっきりと覚えているものの、死ぬ時の記憶が一切無いのだ。気づいたらあの亜空間で地獄の苦痛を受けており、その時は頭もボーっとして考える事もできなかった。
そもそも、何故あの亜空間に縛り付けられていたのかも不思議である。
「未練とか私あったかな……?」
幽霊になる理由としてまず最初に挙げられるのが、現世への未練である。
しかし細々とした未練はたくさんあるものの、幽霊になるほどの強烈な未練は思い当たらない。強いて言うなら、ある発明を完成させたかったという事ぐらいであろうか、だがぶっちゃけそれもそれほど強い執着がある訳でもない。
やはり死んだ時の事がキーポイントになるのだろうか。と実菜は考える。
そういえば、実菜の同居人であり、最大級の恩人であり、実菜が仲良くしたいなと努力している一人の女、瞬の事について思い浮かぶ。
瞬は最初、こちらを完全に嫌って拒絶しているような態度を取っていたのだ。そして、実菜の方はといえば純粋にそんな関係が嫌だったのだ。
だから瞬と少しでも距離を近づけるように頑張った。
そして、なんとか普通に話しを出来るようになるまでこぎつけたのだ。
話してみると、だんだん瞬の事について理解も出来るようになってきた。彼女は、最初おかしな人だと思っていたのだが、それは違った。彼女はちょっと特殊な美学を持つだけで実は案外、普通に近い感性を持っていたのだ。
ただ、彼女は精神の歯車が外れているだけなのだ。決して元から異常になるように精神の歯車が組み合わせられていた訳ではないし、また歯車自体が壊れている訳でもない。
なんせ話してみれば、ちゃんと会話は通じているのだ。
無愛想で無頓着で、普通の人よりも強い信念を持っているだけの人間。それが彼女の瞬に対する印象だ
そんな瞬の信念とも言える美学、それは『全ての物はいつか必ず滅びなければない』だ。
だから実菜は早く成仏したいと思う、それがきっと瞬に対する一番の恩返しなのであるから。
「ん……?」
それはそうとして街を一通り見た所で、部屋のバトルもそろそろ収まってるだろうと判断した実菜は視界の端にかすな違和感を覚えた。
彼女はそちらの方を向く。
すると、そこは明らかに『異常』であった。
ありえない高速で一人の男がこちらの方へ向かって近づいてきたのだ。
「…………」
男は一言も発しないで近づいてくる。先程まではかなり遠くにいたのだが、すでに目前まで迫ってきていた。
男の動きは早過ぎて、実菜にはとても捕らえきれない。
確認出来たのといえば青系統の色彩のスーツを着て、腕には何やら刃らしきものを取り付けてある事くらいだ。
そしてその男は、紛れもなく実菜の方へ一直線に、腕に取り付けてある刃を構えて空を飛ぶかのように辺りの屋根を蹴って跳んでくる。
「はわわわわっ!?」
それを頭の中で認識した時、実菜は咄嗟に腕でガードするような体制を取る。しかし、男の動きはそれよりはるかに早過ぎた。
気づいた時には、すでに男は実菜へと軽く目配せした後、わきを通り抜けて行った。
「はわっ?」
数秒後、実菜はその事実にようやく気づいた。その実菜の頭はクエスチョンで埋めつくされている。
実菜は狙われるような事など身に覚えの無いし、なんでいかにもこちらを攻撃するような体制だったにも関わらず、脇を通り過ぎていっただけなのか。そもそもあの男は何者なのか、疑問が尽きない。
「危ない所じゃったな。反応がもう少し早ければ、斬られていたんじゃぞ?」
「はわっ!?」
すると今度は実菜の隣に一人の女の子が居た。いつの間にか現れた実菜と同じように空中に浮かんでいる女の子に実菜は驚愕し、高速で後ずさりする。
「そんなに警戒されるとは心外じゃな」
「はわわ……し、信用できないです……そもそも、あ、貴女は誰なんですか?」
妙な口調の女の子に対してびくびくとしつつ実菜は言葉を発する。
「まぁそれよりも、あちらの方を見た方が良いと思うんじゃが」
だが突然現れた女の子は華麗にスルーし、ある一方向へ振り向く。
「はわ……?」
それにつられて、ついつい実菜も同じ方を振り向いてみる。
実菜が見たのは先程見た街景色の一画。そこは何の変哲も無い、先程見たものと全く同じように見える。
しかし、そこで実菜は何か気づく。なにやら微妙にその街の一画『歪んでいる』ように見えるのだ。それはごくごく些細な、何気なく見てるなら決して気づかないほどの小さな歪み。しかし、彼女はそこから目を離せなかった。
「ほほう。何か感づいたのか」
隣から、女の子の声が聞こえてくる。
「アレが、先程の原因の一つじゃ」
その言葉は、やけにはっきりと聞こえた。
次話もかなり遅れてしまうだろうとは思いますが、どうか温かい目で見守って下さい。