生きる黒歴史ー②
さて、ここで一旦状況を整理しよう。
つまり俺は、オレ様系男子であり、一国の王子であり、魔王を倒した英雄であり……そんな過去を全て忘れてしまっているというわけだ。
ご覧の通り属性が渋滞しすぎていて、とてつもなくカオスなことになっている。
しかも俺が記憶喪失であることは、一部の人間にしか知らされていない極秘事項。
理由はどうあれ、人類の英雄が記憶喪失であるということが公になれば、この国はパニックになってしまうことが考えられる。
つまり、俺は公の場で昔の自分を演じなければならない事態に陥っているというわけだ……!
だからこそ俺は黒歴史ノートを読んで記憶の補完を行い、昔の自分を演じるために必要な知識を得ているのである。
長くなったが、俺が自らの黒歴史と向き合うという馬鹿げたことをしている理由については概ね理解して頂けたと思う。
そして俺が記憶の補完を始めてから今日で3日目。
今まで俺は城内にこもりながら失った記憶の補完を重点的に行なってきたが、いつまでもこうしているわけにもいかない。
王子としての公務もあるし、俺はまだ学生の身だ。夏季休暇が終われば学校も始まる。
そうなれば、本格的に昔の自分を演じる生活の幕開けだ。
それまでに昔の自分を演じられるだけの知識をなんとしても身につける必要がある。
こうして早く目が覚めたのならば、少しでも昔の自分を理解することに努めるべきだ。
ぱしん、と両頬を叩いて俺は自らに喝を入れた。
これから戦う相手は魔王を倒した昔の俺だ。
激戦になるのは間違いない。気を引き締めろ、俺……!
数度呼吸を繰り返し、覚悟を決めた俺は黒歴史ノートを開ける。
――第5章『シュヴァルツ・ガールズの目の保養の時間』
章題からして嫌な予感がするけど、読み進めるしかない。
この前の章では、ひたすら俺のキザったらしい名言が記されていた。
昨晩見た夢は、あの内容が反映されたものだった。
本には呪文のようにおびただしい数の歯の浮くようなセリフが書かれていただけで、誰に向けて言ったかまでは書かれていなかった。
だけど夢の中の俺は、その言葉を一人の女性に向けて言っていたような気がする。
……なんだか、その女性が気の毒に思えてきたぞ。
まぁそんな考察は一旦置いておくとして、一口に黒歴史と言っても、章によってそのベクトルに大きな違いがある。
つまり、どのような痛々しい自分が待ち受けているかは、実際に読まなければわからない。
恥ずかしさに慣れが来ないこんな鬼畜仕様にした当時の自分に悪態をつきながら、おそるおそるページをめくると……
「っっっ〜〜〜!!!」
読み始めて早々、俺の口から言葉にならない悲鳴が漏れた。
胸を抑えながら俺はその場にうずくまる。
ここが戦場だったら、刀で斬られたような反応をしていると思う。
俺の心に深手を負わせたものは、生まれたままの姿になっている俺の写真だった。
大事なところは写っていないが、すかした表情をしている自分のフルヌード姿を朝から見るのは色々ときつい。
もし目の前に机があったら、恥ずかしさのあまり血まみれになるまで頭突きを繰り返していただろう。
この本を一冊読みきれば昔の俺の大体の人となりがわかるというが、今のところ昔の俺はただの痛々しい奴だったという感想しか湧いてこない。
こんなやつが本当に歴史に名を残す偉業をなし得た人間なのか!? こんなナルシスト野郎が昔の俺だというのか!? そして何よりも、こんなやつをこれから演じなければならないとか、一体なんの罰ゲームなんだよ!?
そんなことを思いながら俺は本を読み進めていく。
ページをめくっては悶絶し、ページをめくっては悶絶し……そんなことをくり返すこと十数分。
もう俺のライフポイントは尽きかけ。これ以上は身が保たないと思い、本を閉じかけたその時だ。
――第六章『俺しか知らない極上の味』
息を切らしながら、ページを捲ると章が変わった。
ざっと目を通したところ書かれているのは、極上の味とやらの賛辞ばかり。
さっきまでの恥ずかしい写真は見当たらない。
キザな言葉回しは多少目につくけど、今までの破壊力と比べたら随分マシだ。
助かったぁ……!
この内容なら恥ずかしくて悶絶させられるようなことにはならないだろう。
ほっと胸を撫で下ろして、俺は本の続きを読み進めることにした。
……それにしても極上の味、か。
昔の俺はかなりの甘党だったようで、それは今の俺も全く変わっていない。
つまり昔の俺が美味いと感じたものは、今の俺にとっても美味いはずだ。
そんな俺がこうも絶賛するものとは、一体どんなものなのだろうか……?
……ごくり、と思わず喉が鳴った。
やばい。その味とやらがめちゃくちゃ気になってきたぞ!
……そういえば、記憶を思い出す治療法の中に、かつての自分の行動を辿るという方法があったな。
しかも本の章として書き記すほどの味だ。
もしかしたら、それを口にすれば忘れていた記憶が蘇るかもしれない。
駄目もとだろうが、やってみる価値は大いにあるだろう。
明日以降の献立にそれを組み込んでもらうことができるだろうか、などと考えながら俺は本を読み進めていく……。
この時俺はとある失態を犯していた。
それは味への好奇心に駆られていたせいで、この本が黒歴史ノートであるということを失念してしまっていたことだ。
好奇心は猫を殺す。
自分と向き合う際は、未開のジャングルに挑むような慎重さが必要だ。
それを怠った俺は無警戒のままその味の正体に迫ることになる。
そして……
『その甘美な味の正体とは――』
『――俺の聖女さ!』
「ぐはっ!!!」
唐突なエロネタによって、俺の意識は闇に飲まれたのであった……。