第9話 ときめく彼女
「ね、お土産買おうよ」
乗りたかったアトラクションもコンプリートし、もうすぐ閉園時間。
隣を歩く一颯くんに提案してみる。
「お土産かぁ。一応秀真の分と、あと親……はいらないか」
一颯くんの幼なじみの秋田くんには、私たちが付き合っていることを知らせている。
「自分の分も買いたいな。あ、あと、一颯くんとおそろいでなにか買いたい」
「そうだな。キーホルダーとか」
「うんうん。おそろいで」
さすが日本を代表するテーマパーク。お土産屋さんはそこら中にある。
とりあえず目についたところから入って、3件目で買うことにした。
☆
「これはどう、かな……」
商品棚から1つ取り出す。銀色のチェーンのアンクレット。やっぱりテーマパークのキャラクターモチーフで、大人っぽすぎず、適度に可愛らしかった。
それにアンクレットなら……
「靴下に隠れるから、学校にもつけていけるし」
バレずに、学校でもおそろいにできるし。
一颯くんはこんなのあるんだ、としばらく眺めたあと、手に取った。
「確かにいいな」
……良かった。
学校でもこっそりおそろいにしたいなんてお願い、ちょっと引かれるかと思ったから。だって本当の理由は、独占欲だけ。
「あとは秀真の分、か……天音は他にはいいの?」
一颯くんが私の手の中のカゴを見て言う。中に入っているのは、自分へのお土産と、あとはアンクレット。
頷くと一颯くんは私のカゴを取った。
「今日は仲直り記念のデート? みたいなののつもりだったし、俺が払うよ」
……あぁ、そういうことか。
たぶん、今日の遊園地デートだって、計画されてたんだ。分からないけど。
だって、普段奢るのは私の方だ。私のパパは日本を代表する会社の社長。仕送りにも余裕がある……というより、多すぎてちょっと困るレベル。もちろん貯金に回してるけど。
きっと、私と仲直りしたら。どこかに行こうとは思っていて。遊園地だとはかぎらなかっただろうけど、奢ろうとは思っていて。現に、チケット代は最初払おうとしてくれてたし。そのときは気づかなくて断ったけど。
――だからきっと、最近ずっと、節約してたんだ。
お小遣いだって、バイトして稼いでるのに。
バイトなんてする必要ない、全部私が払うって言っても、そこは筋を通したいから、て言った一颯くんが。
「……ありがとう」
心の底から幸せだと思った。
好きな人にこんな風に思ってもらえるなんて、本当に幸せ。
口に出さず、相手にも気づかれないように(気づいたけど)なんて不器用だけど、そんなところも好き。
「ううん。レジ混んでるから、ちょっと店の前で待ってて」
「りょーかい。本当にありがとう」
言われた通り店の前で待つ。店内も混んでたし、広いもんね。
持ち歩いている携帯を取り出して、一颯くんの写真を眺める。
もう何度も見た写真。10個目を見たときだった。
「あの、ちょっとお姉さん」
声をかけられて、顔を上げる。
目の前にはチャラい男性。たぶんナンパか、スカウト。
何度もされたことはあるけれど、やっぱり慣れない。
「今事務所とか入ってますか?」
スカウトか……
「いいえ」
「あの、俺、最近事務所作ったんですけどね、あの、そういうの考えたりは……」
「すみません」
やんわりと断る。
「あ、じゃあ、今からお茶したりは」
「……は?」
思わず低い声が出た。
「いや、だから、お茶して詳しく話聞かない?」
「興味ありませんので……」
本当に、芸能活動にはなんの興味もない。だってそんなことしたら、一颯くんと一緒にいられなくなってしまうだろうから。
「うーん、勿体ないなぁ。君めっちゃ美人なのにね。売れるよ、絶対」
「だから興味ありませんので……」
「じゃあ連絡先だけでも」
思ったよりしつこい。いつもはもっと早く解放してくれるのに。
周りに助けてくれる人もいないし、どうしようかと考えていたら、ぽんと両肩を叩かれた。叩かれた、というよりも、そっと置かれたような感じ。
「あの、なにかご用でしょうか」
この声、匂い、あと手の感触は……
「一颯くん……!」
「あー、彼氏さんいらっしゃったんですね。じゃ、失礼しました」
男はしつこかったわりに、案外あっさり、去っていった。
「ありがとう、一颯くん」
「いいや、てかあいつ、かなりしつこかったな。レジしてるときから見えてたんだけどさ」
一颯くんの機嫌がほんのちょっとだけ悪そうで、それが嬉しい。助けてくれたし。
「帰ろうか」
するりと手を滑り込ませ、恋人繋ぎをすると、一颯くんも頷いた。
「うん、帰ろう」
園内には、閉園時間を知らせるアナウンスが流れている。
☆
「あ、雨」
最寄り駅から歩いてすぐ、雨が降り出した。
「今日雨降るって、天気予報じゃ言ってなかったよな」
「言ってなかった」
今日一日、いいお天気でしょう、とピカピカ笑顔で言ったお姉さんの顔が恨めしく思い出される。
「ほら。もう雨宿りするより帰った方が良いだろうから。風邪ひくよ」
「いいよ、こんなの一颯くんが風邪ひくじゃん」
パサり、と頭からかけられたのは、一颯くんのジャケット。ふんわり、一颯くんの匂いが香ってくるけれど。
「俺は体強いから大丈夫」
そう言ってはにかむ。
「……分かった。ありがとう」
素直に受け取ってしっかりかけ直すと、ん? と一颯くんが不思議そうに声を上げた。
「どうしたの?」
「ん、いや、なんというか、デジャブっていうか、その……ま、でも、気のせいだよな」
首を捻りつつ、前を向く。
――あぁ、もしかして。
ちゃんと一颯くんは、覚えているのだろうか――
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