第6話 朝は弱いカノジョ
今日は俺が料理の当番だ。
うるさく鳴るスマホのアラームを止め、体を起こす。
「……ねむ」
目をこすって、ベッドの誘惑から逃げる。寝起きは良い方だ、たぶん。
「なんだかんだ言って向こうでたくさん食べるだろうし、今日は少なめの方が良いかな」
いつもの朝食は食パン、スクランブルエッグ、ヨーグルト、あとたまにフルーツ、というところだけど、今日は遊園地でいろいろお菓子食べるだろうし。
「食パンとヨーグルトだけでいっか」
パン切り包丁でパンを切り、トースターに入れる。あとはいい感じにヨーグルトを用意すれば……
「普通に見た目の良い朝食にはなるんだよな」
木のお皿にのせたトーストと、ガラスの器に入ったヨーグルト。ヨーグルトの方には、バナナを切って少しだけ入れた。うん、美味しそう。
まぁホットサンドにしても良かったけど、久しぶりにトーストでもいいだろう。
「で、あとは天音を起こすだけ、と……」
うちの学校のアイドルは、実はちょっとだけ朝に弱い。学校がある日は普通に早起きで、なんならお弁当を作ってくれたりもするけど、休日になると気が抜けるのかめちゃくちゃ寝起きが悪くなる。
トーストが冷めないうちに、と少し早足で歩いて、ドアをノックする。1回、2回、3回……
「起きないな……」
いつもなら待つんだけどな。パンはあとで温めたらいいし。だけど今日は早めに家を出ないといけない。
「おーい、天音。朝、朝。起きて」
あまり響かないように抑えめの声で言う。がしかし……
「起きない、か……」
起きてるなら、返事があってもおかしくないだろうけど。ないってことは、起きてないな、たぶん。
休日の天音は、たいたい10時になるまで起きない。8時半までには家を出たいから、ちゃんと起こした方がいい……よな?
「天音、起きなかったら部屋入るよ……」
小声で言ってみるけど、返事はなし。
「いや、マジで入るから」
もう一度言ってみるけど、やはり。
これはほんとに……部屋に入らないと起きないかもしれない。
「ほんとに入るよ……?」
だんだん力が抜けていく自分の声を聞きつつ、ノックした。なんというか、気配がもう起きそうにない。
深呼吸して、ドアノブに手をかける。
緊張しつつ、ドアを押した。
「天音〜、起きて〜」
コソコソと部屋を移動する。大人っぽく、白と深緑で構成された部屋。瞳の色である緑が好きらしい。
天音は……うん、まだベッドの中、ついでに夢の中だ。
「天音、パン冷めるから……」
軽くユサユサと揺さぶると、こっちを向いて、少し目を開いた。
んぅ、と呟いて目をこする。なにこの可愛い生き物。少しだけ癖のある髪はやっぱりカールしていて。ボサボサだけど、ツヤツヤと輝くそれが1本、口の中に入りかけていた。
「あさ……?」
「うん、朝」
いつもより少しだけ高い声で、なぜかそれだけ聞いて寝ようとする彼女をまた揺すって起こす。朝は本当に弱いらしい。
「んぅ……」
もう一度呻いて、ゆっくり体を起こした。だけどくたっとしている。
ふぁぁ、と欠伸を1つ。
「おきる」
少し幼げな声でそう言うと、ベッドから出た。パジャマの胸元がなぜか少しだけはだけていて危なっかしい。
あと気づいてしまったけれど、手に持ったそれは……
「朝ごはんなに?」
片手にそれを持ったままダイニングへと向かう天音。
「トーストとヨーグルト」
「ありがとう」
「……どういたしまして」
まだ頭が起きていないのか、どこかぼんやりとしながらテーブルにつく。
それから左手でトーストの皿を手前に寄せようとして、固まった。
「あっ……」
一気に目が覚めたらしい。アワアワしながら落とした。
――俺のパーカーを。
しばらく沈黙が続く。
「その、ちょっと、こう、気分的に寂しく、的な……?」
「あ、うん、いや、別に気にしてないし、なんならあげるし……」
普段からあんまり着てないやつだし。
あと天音は……この前は繕おうとしたからカーディガンを抱き締めて寝てたって言ってたけど、もしやこれは……抱き枕的ななにかにしてたんだろうか。
「いいの?」
上目遣いで聞く天音に頷くと、嬉しそうに微笑んだ。少し上気した頬でそっと拾い上げる。はちゃめちゃに可愛い。
「大事にするね」
昨日からの急展開で未だ全く頭がついていかない。けれど、俺は頷いた。
なによりもそれくらい……天音が嬉しそうだったから。