第5話 おやすみを言いたいカノジョ
「よし、私はお姫様の方にする」
「じゃあ、俺は王道でいくわ」
ゲームのコントローラーを握り、天音と一緒にソファーに座る。
テレビ画面には、ピンクのドレスを着たお姫様と、赤い帽子にオーバーオールのキャラクター。
「私この道けっこう得意なんだよ」
「俺はちょっと苦手かも……」
そういやこのゲームは得意だけど、友達の家で何回かやらせてもらってからはしていない。天音には負けるかもな……
「ちょっ、バナナ、バナナ飛んできてるよ」
「え、うそ!? あ、ほんとだ引っかかった」
……なんて思っていたけど、予想以上に天音は弱かった。今もバナナが飛んできているのに気づかず、ついでに甲羅にも当たり、現在最下位である。
「強いね、一颯くん」
「いや、うん、まぁ……」
俺は1位をひた走り、天音にバナナや甲羅が飛んできていないかチラ見するくらいの余裕はあった。……というよりも、天音が弱すぎるという方が正しいんだろうけど。
「でも私も勝つからね! 絶対! というか、1位取れるまでやる!」
気合いが入ったらしい天音がふんす、と鼻息を荒くする。可愛い。
☆
結局、天音は俺に勝てることはなかった。1回わざと失敗した方がいいのかとも思ったけど、やっぱりそれは天音に失礼な気がして。
ちなみにプレイ時間は2時間を超えている。
「明日の朝は早いし、そろそろ寝た方がいいんじゃないかな」
「そうだねぇ……」
時計を見ると、もう23時半近く。カチカチとコントローラーを鳴らす天音が手を止める。
「朝、入場時間に合わせるんだっけ」
「絶対混むから」
「そうだね。せっかくなら全部周りたいし……」
くぅ、と天音が呻き、意を決したように急に立ち上がった。レースが終わったらしい。俺が1位で、天音は2位。
そのまま、ん〜、と声を上げて伸びをする。
「それに今寝たら」
なにやら小悪魔っぽい笑みを浮かべている。
「今日1位取れなかったら、また一颯くんとゲームできるもんね」
天音がにこりと笑った。
……どうしよう、可愛すぎる。
「私、歯磨きしてくるね」
不意打ちにフリーズする俺を置いて、天音は歯を磨きにいった。
「心臓に悪い……」
いくら距離感が分からなかったとはいえ昨日と今日の温度差が大きすぎる。
だからつまり……不意打ちに対応できない。心臓に悪い。
顔を手で覆って、ため息をついた。
☆
シャコシャコ、と歯を磨きながら、さっきの自分の言動を思い出す。なんだか恥ずかしくなって、口を水ですすいだ。
「お、天音」
後ろからひょっこりと、一颯くんが姿を表す。ちょっと緊張して、へへっと変な笑い方をしてしまった。
私の歯ブラシはピンクで、一颯くんのは水色。同じような歯ブラシ。同棲してるっていう実感が湧いて、少し幸せな気分になる。
一颯くんが歯を磨くのをじっと見つめていると、彼はちょっと目を逸らした。鏡で目が合うのも、なんかいいな。
結局、一颯くんが歯を磨き終わるまで鏡の前にいて、洗面所の前で別れた。
自分の部屋に入ろうとして、あっ、でもその前に……
「そ、その、お、お」
「お?」
「お、おやすみなさい」
言い逃げしてドアを閉める。しばらくしてから、隣の部屋の扉が閉まる音が聞こえてきた。
心臓がバクバクと鳴って、ベッドに転がり込んだ。枕を抱え込んで、足をバタつかせる。
こう、恋人っぽいことは、まだちょっと恥ずかしいというか、苦手だ。
「明日早いから、もう寝なきゃな」
いつもは隠し撮りした一颯くんの写真(別の携帯で)を眺めたりしてから寝るけど、今日はそんな時間もなさそうだ。だってもう12時だし。
そう思って布団を被るけど、なかなか寝付けない。
……というより、落ち着かない。
何度も寝相を変えるけど、やっぱり眠れなくて。
「まぁ、今日だけなら……明日早いから」
言い訳するようにロッカーへと向かう。
取り出したのは……一颯くんのパーカー。
「別に嫌じゃないって言ってたし」
抱え込んで、寝転がってみる。
今日はいつもより楽しかった。急に積極的になったから一颯くん戸惑ってるかもしれないけど、でも、冷たいのはダメだなって思ったし。相変わらず気持ちは溢れそうだけど。
それに一颯くんは私に合わせてくれている感じがする。やっぱり一颯くんは優しい。
すん、と匂いを嗅ぐと一颯くんの匂いがして……
「……大好き」
やっぱり癖になってしまっていて、少し眠気が訪れる。同じ柔軟剤の匂いだけど、それに混ざって一颯くん本人の匂いがする。
一颯くんの匂いが、やっぱり1番落ち着くな。
「……大好き」
もう一度口の中で転がすように言ってギュッと抱きしめた。まだ本人とその……ハグとかキスとかは恥ずかしいけど、ちょっとだけ妄想してみたり……
パーカーに顔を埋めると本格的に眠気が訪れて、そっと瞼を閉じた。
☆
1枚の壁を通して隣あっているベッドに座っていた一颯には、残念ながら壁が分厚いせいで『大好き』は聞こえなかった。
……というか、『おやすみなさい』の破壊力にやられていたのだった……。
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