第25話 帰り道のカノジョ
出店を一周して、帰路についた。
手を繋いだ紅音ちゃんはウトウトしている。もう10時だもんな。いつもなら寝ている時間だ。
しかも紅音ちゃんもこんな風に遊びに出かけたことがあまりないらしいから、余計に疲れたんだろう。
「紅音、歩けそう?」
「うん……歩ける……」
半分目を閉じたまま紅音ちゃんが言う。歩けそうにないな、これは。
「……タクシー呼んだ方がいいかな」
天音が指を顎に当てた。考えるときの癖だ。
「俺、おんぶしようか」
「えっ、でも重くない? 大丈夫?」
「いやさすがにそれくらいの力はあるから」
紅音ちゃんまだ小学生だし。ここでおんぶしなければ、男が廃るというものだ。
「ほら、乗れる?」
「うん……」
背中を差し出すと、目を擦りながら紅音ちゃんが乗った。
「よっし」
歩きはじめてしばらくすると、スースーと寝息が聞こえてきた。相当眠かったみたいだ。
「疲れてたんだな」
「今までこんな時間まで遊ぶこともなかったからね……私だって、初めてだし。門限5時だから」
「高校生で5時はキツいよな」
「そうなんだよね〜。だから、あんまり遊びに行く機会とかもなくてさぁ」
天音があまり友達とつるんでいないのも、そうやってできた習慣なのかもしれない。
「だから、秋祭り来れて本当に良かったんだよね」
天音が出店をもう一周したときに買ったりんご飴をかじる。最初に買ったのが普通のやつで、2回目が姫りんご。そういや、りんご好きだって言ってたもんな。
「だな。楽しかった」
「ね、本当に帰るのが惜しいくらい」
「帰りたくないよな」
終わっちゃうからな。帰ったら。もう出店も閉まってきてるけど、ここから離れたら完璧に終わってしまう。
「帰りたくないな〜。だけど、それくらい楽しかったんだし、それに……」
すぅ、と息を吸うのが聞こえた。
「文化祭だってあるし、今日以上に楽しいこと……ううん、同じくらい楽しいこと、これからいっぱいあるだろうし。だから、なんていうか、それも楽しみっていうか、普段から今日と同じくらい楽しいっていうか、家にいるだけでもすっごく楽しいし。いつでも一颯くんといるときはそれくらい楽しくしていたいっていうかなんていうか……そっちの方も楽しみっていうか……」
「そうだな」
確かにそうだ。いつか終わりが来てしまうなら、これだけ楽しいことを未来でたくさん作ったらいい。
「ちょっとボケて返してよ〜」
少し先を歩く天音の耳が赤い。
「なんかポエムみたいなこと言っちゃったし今めっちゃ恥ずかしいんだから……りんご飴食べる?」
「唐突だな」
「ちなみに拒否権はなし」
「ないんだ」
振り返った天音が口にりんご飴を突っ込んでくる。照れ隠しだろうか。
シャリ、とかじると甘酸っぱい味がした。
……ていうかよく考えたらこれ間接キスじゃん。
心臓がドク、と鳴って前を向くけど、少しだけ先を歩く天音の表情はよく見えない。
「来年もまた来たいな。あ、それか夏祭りにも行ってみたい。今日ちょっと寒かったし」
「確かに夏祭りの方が良いかもな」
「あ、でも夏祭りは丘で花火見れないな」
「たぶん他のところからでも見れるとは思うけど……?」
天音が黙り込む。しばらくしてから、口を開いた。
「まぁ、他のところからでも別にいいんだけど……」
「いいんだけど?」
「いいんだけど、丘の方はその、ジンクスがあって」
「ジンクス?」
「ま、もうそろそろ駅着くしあとでも……」
「え〜気になるなぁ」
からかい気味に言うと、スっと横を向いた。
「えっと、その、カップルで見たら、末永く幸せになれる……的な?」
「あの丘そんなジンクスあったんだ」
「あ〜もう、本当に恥ずかしい。さっきからなんか誤爆ばっかだし」
うがぁ、と天音が頭を抱える。
頭をぽんぽんしたい衝動にかられたけど、今は背中に紅音ちゃんが乗っている。だから、またいつかに取っておこう。
「ねぇ、天音」
なんとなく声をかけると、また振り向いた。今度はゆっくりだ。
「また来たいね」
ニコッと笑った。
「来年も、絶対来ようね」




