第24話 花火を見るカノジョ
「ん、あれりんご飴の店じゃない?」
前の方に見える、赤い屋根を指さす。
「ほんとだ! 買ってくるね」
「おぅ」
天音はちょっとはしゃぎ気味に向かっていった。隣では、紅音ちゃんがハグハグとわたがしを食べている。
「ねぇ、一颯くん。りんごだけじゃなくて、ぶどうとかもあるんだね」
りんご飴屋の前で、屈みながら天音が言う。隣に立つと、目を輝かせているのが見えた。
「あといちごとかあるよな」
「知らなかったな〜。お祭り来たの初めてだったから」
「お祭り、初めてだったんだ」
そういや、遊園地も行ったことがない、て言ってたな。中学とかでも誰かと深くつるんでる印象なかったし、こういうところに来ることはなかったのかもしれない。
「だからね」
りんご飴とお釣りを受け取って、天音は微笑んだ。帯につけた飾りが揺れる。
「初めてだから、一颯くんと来れて良かったなって。ありがとう」
……破壊力ありすぎじゃないですか?
「こ、こちらこそありがとう。天音と来れて良かった」
どうにかそれだけ返すと、天音は耳真っ赤、とからかうように笑った。そう言う天音の顔もちょっと赤いけどな。
「それで、最後に花火が上がるんだって」
出店を楽しんだあと、お祭り周辺からはちょっと離れたところに俺たちはいた。少し丘になったところで、ここが1番よく花火が見えるらしい。同じことを考えているのか、ちらほら人が見える。
「へぇ。じゃ、もうそろそろか」
「うん。打ち上げ花火見るの久しぶりだから楽しみ」
「花火は見たことあるんだな」
「家から見えるし、旅行先とかで何回か」
「確かに花火は家からも見えるもんな」
天音は頷く。ここから少し離れたところでやる夏祭りでは、毎年花火が上げられる。
俺の実家からもよく見えていた。
「あたしはまだ見たことない」
「紅音ちゃんは初めてなんだな」
こくりと頷く。
それから最後のひとかけらになっていたわたがしを飲み込んだ。
「紅音の場合はいつも引っ込んじゃうからでしょ」
「外で聞くとけっこう音がでかいからびっくりすると思うよ」
「でかいの……どれくらい?」
「どれくらい……雷くらい? でもそれ以上に綺麗だよ。見なかったら後悔するくらい」
「雷かぁ」
「紅音、雷苦手だったよね」
「言わないで!」
「紅音ちゃんにも苦手なものあったんだな」
「苦手じゃないし」
ぷぅ、と少しだけ紅音ちゃんが頬を膨らませ、そっぽを向く。思わず吹き出すと、無言で頬をつねってきた。けっこう痛い。
「あ、もうすぐ始まるっぽい」
天音の一声で一気に空を見る。
すっかり真っ暗になった空に、花火が輝いた。
轟音が響いて紅音ちゃんが耳を塞ぐ。
大丈夫だよ、と声をかけたけど首を振ったままだった。大きな音はかなり苦手なのかもしれない。小さい頃は俺も苦手だったし。
けれど、目線はまっすぐ花火の方を向いている。
「綺麗……間近で見ると全然違う……」
紅音ちゃんの隣を見ると天音がぼーっとした顔で花火を眺めていた。目に花火が反射している。ところどころで打ち上げられる花火に、細やかに輝いていて。
たまに照らされる顔に、息を飲む。
「ここで見れて良かった」
目尻を下げる。
花火とも相まってこの世のものとは思えないほど美しくて。まるで花が咲いたみたいな、それこそ打ち上げられた花火みたいな笑顔で。
目が合って1秒、1番大きな花火が打ち上げられた。視線が、空に戻される。
心臓がうるさい。花火の音にかき消されているだろうけど。
「これがクライマックスだったのかな」
「やっぱり綺麗だな」
「あたしはハートのやつの方が好きだった」
座っていた芝生の斜面には、ときおり風が吹いていた。少し冷たい風が熱を逃がしていく。
「もうそろそろ、終わるね」
「だな」
「終わってほしくないなぁ」
天音が呟いた瞬間、花火は終わった。
「……終わってほしく、なかったな」
本当に、永遠にここにいたいと思った。永遠にここで花火を見続けられたら幸せだろうな。
まぁ、一瞬で終わってしまうものだから、一時のものだから美しいと思えるんだろうけど。
人生はよく花火に例えられるけれど、よく考えたら終わってしまうんだもんな。天音と一緒にいられるのだってある意味一瞬で。
永遠に一緒にいたいと思えるけど、いつか終わりは来るのか。当たり前だけど、考えたくないことだ。
「帰ろっか〜。あ、それとも出店見て回る?」
「あたしはもうちょっといたい」
「俺ももうちょっと見て回りたいな」
この秋祭りはもう永遠に来ないんだ。だから、もう少しだけ。
「じゃあ、もう一周する?」
「だな」
「それか、終わりまでここにいようか」
いたずらっぽく笑うのは、紅音ちゃんがまだ小さいからかな。
「紅音、眠くない? 大丈夫?」
「まだまだ大丈夫」
「じゃあ、行こっか。人生初めての門限破り」
よぉし、と手を上げた天音につられるようにして、立ち上がった。




