第20話 お姉ちゃんをするカノジョ
「えーっと」
天音が目を泳がせる。さっきからそんな感じで、天音は挙動不審だった。もしかしたら、天音の妹だという……紅音ちゃん? のことは苦手なのかもしれない。それか、家族には俺のことを隠していたか。いや、様子を見るに隠してるんだろうけど。
それに銀髪の天音とは対照的に紅音ちゃんは黒髪黒目だ。なんでかは分からないけど。
紅音ちゃんはずっと俺のことを睨んでいた。
「どういう関係? いやまぁ、分かるけどさ」
見たところ小学校低学年だと思うのだが、そのわりには淡々としている。淡々、というか大人びているというか。
とにかく小学生だとは思えない。
「その、あの、彼氏で……」
「ふーん、それで一緒に住んでるってこと?」
「まぁ、そんな感じかな」
紅音ちゃんは唇をムズムズとさせると、ふん、と横を向いた。
「あたしは認めない」
「あ、あの、俺は早川 一颯っていうんですけど……」
とりあえず場の空気を懐柔しようとタイミング悪く口を挟んだけど、紅音ちゃんは横を向いたままだ。
「とりあえず、ご飯食べよっか。材料2人分しかないし、出前でも取る? ちょうどクーポンあるし」
確かにもう7時。お腹も空いてきた。
「……あたしフライドチキン食べたい」
紅音ちゃんの一声で、出前に決まった。
☆
「それで、お姉ちゃんが一人暮らしするために家を出てったのは、早川と付き合うためだったの?」
出前が届くまで誰も喋らず、空気は凍りついて非常に気まずかった。
なぜかものすごくにこやかだった配達員のお兄さんには感謝だ。
……まぁ、とは言っても修羅場なことに変わりはないんだけど。相手、小学生なのに。
「いや、それは違くて……お姉ちゃんが一颯くんと付き合ったの、1ヶ月くらい前だし」
「9月か。早川はどうしたの? 家出たの?」
紅音ちゃんは、俺のことを頑なに早川と呼び捨てにする。せめて下の名前で読んでほしかった。
フライドポテトを口に放り込んで、答える。
「いや、俺は一人暮らしで、天音に一緒に住もうって言われたから、住んでます」
「お姉ちゃんのこと、呼び捨て……前の家はどうしたの?」
「解約、しました」
「じゃあもう、戻れないってわけ? 親は?」
「遠いところに住んでるんで……」
「はぁ」
紅音がため息をつき、天音があんまり失礼なことしたら怒るよ、と顔をしかめた。なんか彼女がお姉ちゃんしてるのって、いいな。
「お姉ちゃんの彼氏なんて、あたし認めないから」
最後のフライドチキンを飲み込むと、紅音ちゃんは派手な音を立てて席を立った。もしやこれは……俺、というか彼氏に嫉妬してるのか? まだ分からないけども。妹に彼氏ができるのを認めないお兄ちゃん的な。
が、紅音ちゃんはこの家に来たばかり。家具や部屋の配置も分からないみたいで、行き場を失ったままモジモジとするだけ。
「えーっと、とりあえずどうする? 3人でゲームでもする? ほら、テレビでできるよ」
「ゲーム!?」
今までのイライラはどこへやら。見かねた天音の提案に途端に目を輝かせる。
やっぱり、こういうところは小学生らしいみたいだ。
☆
「よっし」
「まだまだ1番は取れないかぁ……」
「そうやってやるのね」
例のゲームをプレイすると、それなりに盛り上がった。2人でしかできないから、とりあえず最初は紅音ちゃんが観客で。
天音はやはりというべきか1位が取れず、紅音ちゃんは小学生には珍しい集中力で画面をガン見している。
「次、紅音ちゃんがやる?」
「ちゃん付け辞めてもらえる?」
「あ、すみません」
……紅音さんと言えばいいのだろうか――には、未だに心を開いてもらってないらしい。頑固だな。
天音もちょっと頑固なところあるけど。
天音にこら、と怒られた紅音ちゃんは、ぷぅ、と頬を膨らませた。
「……いいよ、ちゃん付けでも。呼び捨てはあんまり好きじゃないから。次あたしもやっていい?」
天音には素直らしい。
「うん。ここを動かせば左右に動かせて、あとこのボタン押せばアイテム投げられるから」
「見てたから分かる」
紅音ちゃんはコントローラーを渡されると、華麗に操った。大げさかもしれないけど、才能あるんじゃないか、というレベルで、動きに無駄がない。結果は、余裕の1位。天音は、やっと2位までいけたみたいだ。
たぶん賢いんだろうな。これだけの早さで、ゲームの仕方、コツまで覚えたんだから。
「うぅ、もう1回やろう! もう1回。今日どうせ宿題もないし!」
天音がコントローラーを握り直す。テンションの上がったらしい紅音ちゃんもわーい、とはしゃぎ、そんな微笑ましい光景をぼんやりと見つめる。
もし家族になったらこんな感じなのかな……と思うのは、恥ずかしすぎるからやめておこう。




