第16話 アイコンタクトを送るカノジョ
朝から走り込み、とかいうバカきつい課題をこなし、息も絶え絶えで教室へと辿り着いた。同じバレー部の秀真も隣で息を切らしている。
「朝からキツすぎだろ」
「それな。あー、今日授業寝ちゃうかもな」
昨日は眠れなかったし、朝から運動したし。数学とか英語とか、キツい授業がないのが救いだな。
呟くように言うと、秀真が目をぱちくりとさせた。
「お前ってけっこう優等生だよな。あんまり授業中に寝てるとこ見ないし」
確かに俺は、あまり授業中寝たりしない。塾にも通っていないから、聞かないとついていけなくなってしまうのだ。
……まぁ天音が賢いから、家でいくらでも聞けるんだけど。
「確かに寝ないな」
「てか朝から言おうと思ってたんだけどさぁ……」
秀真が眉を寄せる。
「お前今日めっちゃクマ濃くない? 大丈夫そ?」
結局どれだけ顔を洗おうと(当たり前だけど)クマは取れるはずもなく、天音みたいにコンなんとかでクマを隠す技術もなく、俺の目の下に居座っていた。
おかげで今日の人相は最悪だ。まぁそうなった理由が理由だから……うん、幸せなクマだけども。
「いや、昨日ちょっといろいろあって寝れなくてさ」
「いろいろ、ねぇ」
「……一応言っとくけど、たぶんお前が想像してるようなこととは違うからな」
遠い目をした秀真を軽くこづく。
「あ、そうだったの」
「そうだよ、マジでなんもないから」
なんもない、とはちょっと違うかもしれないけど。
「あーはいはい。まぁ、そんな簡単に関係が進展するとは思ってなかったけどさ」
「そもそも仲直りしてから1週間経ってないし、それに……」
「それに?」
「それに、まぁ、責任取れないから」
「真面目だなぁ」
再び遠い目をした秀真から照れ隠しで逃れ、席に着いた。
俺からちょうど対角線上にある天音の席の周りには、女子がたむろっている。雑誌を広げているのを見ているかぎり、メイクや服のことでも喋っているのだろう。
「可愛いよなぁ、翠月。顔面が強すぎるんよな」
天音のことを見ていると、不意に声をかけられ、振り向いた。後ろの席の高田だ。クラスではお調子者的位置にいて、あまり喋ったことはない。
この前の中間テストのあとの席替えで、やっと近くの席になった。
「まぁ、そうだよな」
クラスの人たちには、天音と付き合っていることを喋っていない。そんなことをしたら、学校中の男子からジェラシーの篭もった目で見つめられることは必然だから。バレたくはない。
「でもやっぱり観賞用だよな。なんていうの? 美人すぎて、手が出せないっていうかさ、見てるだけで良いっていうか。性格も良いし、あいつと付き合えるやつ幸せだろうけどな」
「だろうな」
まさかその付き合ってるのが俺だなんて言えるわけない。
「結婚するやつどんなやつなのかな。野球選手とか、芸能人とかかな。それか資産家? いや、やっぱ家柄すごいっぽいし、もう許嫁とか決まってたりすんのかな」
結婚、か。
天音は将来どうするんだろう。もちろんこの後も付き合っていきたいし、最終的には……と思うけれど。高校生なんて3ヶ月付き合えればいい方だっていうし。
「おーい。どうしたのー」
手を目の前で振られ、我に返った。
「あ、いやなんでもない」
「初めて早川と喋ったけど、なんていうか、思ったよりこう、抜けてたりするんだな」
「そうか?」
「うん。なんていうか、もっと真面目なやつだと思ってた。西野とかとは喋ってるみたいだけどさ」
「確かに、西野とかとは喋るけど、そんな真面目じゃないよ」
西野は、端っこの席でだるんとしていた。溶けた猫を思い出す。
「なんかちょっと意外だったわー」
高田がそう言った瞬間、チャイムが鳴った。しばらくしてから、担任が入ってくる。
「また話そーな」
陽キャ特有の笑顔を見せる高田に笑い返し、前を向く。視界の端に入った天音がなにやら目をシパシパさせたり口を開いたり閉じたりしていて、クラスの人には気づかれないように首を傾げる。
天音はなぜかキョトンとした顔をしたあと、頬杖をついて微笑んだ。




