第14話② その日の、ヨル
2人で歯磨きをして、ベッドに寝転がる。
俺が奥で、天音は手前側。シングルベッドだと狭くて、体が密着する。今日の映画について感想を言ったり、ゲームについて話していると、少しだけ落ち着いてきた。
一応昨日シーツは洗濯したけど、臭くないよな? 大丈夫だよな?
「あったかいね」
会話が途切れ、しばらく沈黙が続いたあと、そっと背中から抱きついてきた天音が言った。ちょうど耳の位置に天音の口があるみたいで、吐息がかかる。
「あったかいな」
「ふふっ、一颯くんの匂いがする」
天音が、俺のお腹に回す腕に力を込めた。距離が、また近くなる――
心臓はもう限界を迎えていて、心拍数はもう190とか超えてる気がする。
どうしても、天音の方に顔を向けられない。向けたら、なにかが終わってしまう気がする。
……あんな風に、からかわなければ良かったかもしれない。
「ねぇ、一颯くん。最近焦ったり、冷たくなったり、いろいろしちゃってごめんね」
足の先が絡みつく。
「なんか自分で考え込んでたら、必死になっちゃってさ」
「それは本当に気にしてないから……」
「だからさ、今日焦ってる? て聞いてくれて、嬉しかったの。ちゃんと気づいてくれるんだなぁと思って」
「声色と仕草で、なんとなく……」
「でもそんなの普通の人、気がつかないもん」
――ねぇ、こっち向いて。
天音の柔らかい声につられるまま寝返りをうつ。
暗い寝室の中で、天音の銀髪がぼんやりと浮かび上がる。窓から差し込む月光が当たった天音は、それはそれは綺麗で。天使みたいで。本当に、俺のために天から舞い降りてきてくれたんじゃないかと思うほどで。
息を飲んだ。
「もしこれからもさ、おかしいなって思ったら、正してほしいの。わがままなお願いだし、こんな彼女、嫌になっちゃうかもしれないけど」
「嫌にはならないよ、絶対に」
良かった〜とクツクツ笑い、そっと手を伸ばしてくる。もう感触を覚えた、冷たくて細いその指が、俺の頬を撫でた。
目が合って、心臓がいっそう早く鳴り出した。吸い込まれそうなその深緑色の瞳に、クラクラするような気分になる。
幸せそうに微笑む天音を見ていると、ヤンデレだなんだなんて悩んでたことが、全部どうでも良くなってきて……
「おやすみなさい」
ほんの少しだけ空いていたその距離を、天音が一気に詰めてくる。思わず息を飲み、目を閉じると、唇に柔らかくて暖かい感覚。とろけそうなほどのそれは、いったいどれほどの長さだっただろう。
一瞬のようにも思えたし、数分続いていたかのようにも思える。
驚きで目を開けた。
目が合うと照れたように笑った天音は、しばらく見つめ合うとそっとベッドから出た。顔が真っ赤で、いつもの癖で、顔を手で仰いでいて。
「おやすみなさい」
「お、おやすみ」
真っ白いパジャマと銀髪で、本当に天使のように見える。
挨拶をすると、静かに部屋を出ていった。
……もうこれ、今日は絶対に寝れない。




