第10話 看病したいカノジョ
……風邪を引いた。
昨日家に帰って、ちょっと濡れていた天音にお風呂を譲ってたりしたら、しっかり風邪をひいた。
夜中、あまりの寒気に目を覚ましたらこれだ。
ちなみになんで天音が俺の部屋にいるのかといえば、それはリビングでゴソゴソ薬を漁っていたら見つかったから。
「大丈夫? 熱何度だった?」
天音が心配そうに顔を覗き込む。
「38.4度……」
体温計の数字にげんなりする。これ、自分が熱があるって分かった瞬間しんどくなるってやつだろうな。
「しんどいやつじゃん。ごめんね、せめてお風呂先に入ってもらってたら良かった」
「いや、お風呂は俺が押し付けたから……」
それよりも天音が風邪ひかなくて良かった。
「でもこうやって風邪ひいちゃったし。確実に一颯くんの方が濡れてたのに」
「まぁ、俺は大丈夫だからさ」
「全然大丈夫じゃないよ。とりあえず冷えピタ貼るね」
おでこの髪をすくうようにどけて、天音がそっと手を当てる。冷たくて細い手。
しっとりしたそれはちょうどいい冷たさで。
熱い……、と呟いてから、天音は冷えピタを貼った。思わず冷たっ、と声が漏れる。
「ごめんね。してほしいことあったらなんでも言ってね」
「あ、うん、ありがとう」
「とりあえず今は夜中だから、朝になったらポカリと薬買ってくるね」
「ありがとう」
「じゃあ、私、布団持ってくるから」
「……ん?」
「ちょっと待っててね」
「ん……?」
天音はいそいそと部屋を出ていった。
同棲してから、同じ部屋で寝たことはない。天音が冷たかったのと、あとはそこまでの度胸がなかった等々の理由で。
まぁつまり、免疫はないわけで。
――ていうか天音も、めっちゃ積極的になったよな……?
カーディガン事件があって、それから仲直り? して。2日間の出来事とは思えない。濃い。
大きな布団をたたらを踏みつつ運んでくる天音。埃をたてないようにか床にそっと置くと、広げた。
「ここで寝るから、なにかあったら言ってね」
「あ、う、うん、あ、ありがとう」
彼女はそう言うと、電気を消した。布団に横になる。ベッドと布団。天音はすぐ横に布団を敷いたから、かなり俺と近い距離で寝ている彼女とバッチリ目が合う。
「おやすみなさい」
薄い唇が、ほんの少しだけ笑みをたたえた。
☆
朝起きると、じゃっかん熱は下がっていた。
とは言っても……
「37.8か〜」
体温計を見てぼんやりと呟く。
天音は朝から薬とポカリを買いにいってくれていた。ありがたい。
とりあえず早く治そうとベッドに横になる。せっかくの休日――天音の分も潰しちゃったし、明日は学校あるし。
悶々としながら掛け布団にくるまっていると、天音が帰ってきた。
ノックのあと、静かに扉が開く。
「いろいろ買ってきたんだけど、おかゆだったら食べれる?」
「うん、ありがとう……あと、迷惑かけてごめんな。休みも潰れちゃったし」
「いやいや、元はと言えば私が上着貸してもらってたからだし。看病は任せて!」
天音が腕まくりをした。けれど二の腕はちょっと細くて、頼りない。
☆
「はい、おかゆ」
お盆に乗って出てきたのは、台所から良い匂いをたてていたおかゆ。上にかきたまと刻んだねぎが乗せてある。
「ちょっと少なめに作ったんだけど、食欲ある?」
「うん、いつもほどじゃないけど、それくらいは全然食べれる」
「分かった、じゃあ、はい……」
天音はトコトコと近づいてきて、俺のベッドの端に腰掛けた。だからちょうど――向かい合う形だ。
「あーん」
幻覚を、見てるんだろうか……。
天音って、こんなだったっけ……?
「ほ、ほら。えっと、恥ずかしいから早く食べて」
天音が真っ赤になる。今度は正真正銘、首まで真っ赤だ。
「は、はい。ありがとうございます」
言われるままに口を開けるとそっと入れてくれた。なんていうか、恥ずかしいなこれ。
世の恋人たち、よくこんなことやってるなと思うくらいには恥ずかしい。
「ま、まだ食べれる?」
嚥下し終える頃には、次のがスタンバイしていた。天音は、なんだかんだ言って最後までしてくれるらしい。けれど1口運ぶたびめちゃくちゃ真っ赤になっている。可愛い。
天音が用意してくれた分は全部食べて、薬も飲んでからもう一度横になる。熱があるせいか、やたら眠いしダルい。
そういや風邪ひいたのなんて、何年ぶりなんだろう。それなりに運動してきたし、体は強かったはずなんだけどな……
「ねぇ、一颯くん」
後ろでゴソゴソ音がして、ついでに天音の気配がする。
振り返ると、ゼロ距離に天音の顔があった。
「へ……?」
突然のことに混乱する。そりゃするよな。そりゃするわ。
だって、信じられないほど冷たかった恋人が。
2日経って。抱きついてきて。
……しかも、同じベッドの中で。
「どどど、どうしたんですか、天音さん」
「いや、その、なんていうか、甘えていいからね」
「ん……!?」
「私のせいで風邪ひいたんだし」
「いや、別にそれは気にしないで」
「元はと言えば私が冷たかったせいなんだし、なんか申し訳ないなと思って」
「いや、それも気にしないで」
「本当は、大好きなんだけどね」
「えっ、あっ、ありがとう。俺も大好きだよ」
突然の告白にどもりながら頷く。
「それと、もう1つだけ言いたいことがあって、」
俺の告白については、あまり触れてもらえなかった。あのタイミングで言うのけっこう恥ずかしかったんだけど。
「言いたいこと……?」
「そう。あ、向こう向いてもらったら」
「あ、了解です」
天音に言われた通り、寝返りをうった。
「一颯くんが昨日、デジャブがどうのって言ってたのは――」
デジャブ……そういや昨日、言ってたな。
確かに、天音が俺のフードを被ったあの瞬間、見たことがあると思った。昔、どこかで、必ずこの子に会ったことがあると思った。
実際天音に会ったのは中学に入ってからだから、ありえないんだけど。
「ううん。今はまだそのときじゃないかな。ごめんね、いろいろ」
後ろで起き上がる気配がした。
「また今度話すよ……とは言っても、大した話じゃないんだけど」
少しだけ乱れた髪を整える天音。心臓は相変わらず、ドクドクと脈打っている。
けどそれにしても――話って一体なんだったんだろう?
本人は大した話じゃないって言ってたけど、抱きつくなんて普段の天音じゃ考えられないことをしてきたわけだし。
また悶々としつつ考えていると、風邪薬の影響かかなり眠くなってきた。閉じそうな瞼を必死にこじ開ける。
もしかしたら、まだ天音だって話したいことあるかもしれないし。
そうやって耐えていると、頭になにか乗った感触がした。
しっとりした、細い手。ここ何日かで覚えた、天音の手の感触。
頭を撫でているらしいと理解するのに数秒かかった。
でもなんか、手つきは優しいし、眠く……
「やっぱり言えないよね。あの体制なら言えるかと思ったけど……実は5歳のときから会ってました好きでしたなんて言えるわけないし、もっと言えばヤンデレだなんて……言えるわけないな。後者は言うつもりもないけど。嫌われたら本当に死んじゃうし」
……ん?




