76.休日の書斎で
お待たせして申し訳ありません!
時間が空いてしまいましたが、第四章をぼちぼち更新していきます。
王宮には書斎がある。王宮で働く人間であれば誰でも自由に出入りできて、許可さえとれば本を書斎から持ち出すことも出来る。
ここで働く人たちはそれぞれの専門職。職業ごとに特別な知識が必要になる。特に錬成師は求められる知識の幅が広い。
医学や薬学、植物や鉱物、動物から魔物に至るこの世の生物など。ありとあらゆる分野の知識が必要になる。なぜなら錬成師の仕事は、新しい物を生み出すことだから。ゼロから何かを生み出すのではなくて、すでにある物質同士を掛け合わせて、新しい何かを生み出す。
この世に何があって何が存在しないのか。物の性質や特徴を正確に理解した上で扱わなければならない。
だから私たち錬成師は、常に知識を求めている。知識は私たちが何気なく日々を過ごしていく中でも更新されていく。昨日までわからなかったことも、今日には明らかになっているかもしれない。
私も錬成師を目指し始めた頃は、特に書物をたくさん読んで勉強した。本棚の端から端まで全部網羅するまで続けた。
そして今でも時折、新しい知識の獲得と復習のために本を読む。特にまったく新しい分野に挑戦するときは、入念に調べものをすることが多い。
例えばそう、今とか。
「……これにも知ってることしか書いてないな」
休日の午後、私は一人で王宮の書斎に訪れて本を読んでいた。書斎へ訪れたのは午前中だから、すでに三時間くらい経過していると思う。
テーブルの上には読み終わった本が積まれている。タイトルや本の厚さ、見た目もバラバラだけど、共通するのは一点……魔法について書かれている物だ。
魔法、それは奇跡を起こす力。遥か昔にあって、現代ではおとぎ話になりつつある魔法は、私の身近にも存在していた。
私は知ってしまったんだ。ユレン君のお兄さん、アッシュ殿下の秘密を。魔力のない人間が魔法を使えば、代償として命を削る。
そのリスクを知っていれば、誰でも使おうとは思わない。使うことで絶大な力を得られるとしても、未来を消費してしまうのだから。
ただ、彼は違っていた。リスクは理解しながら、禁断の力に手を伸ばした。己のためではなく、国と人々を守るために。他人のために命をかけられる人。お人好しで優しいのは、ユレン君とよく似ている。
そんな人だからこそ、これ以上命を削ってほしくない。アッシュ殿下は、力に手を出した自分に責任があるとおっしゃっていた。力に対してはそうかもしれない。だけど、彼は私欲のために力を求めたわけじゃない。
彼が命をすり減らしたのは、か弱き者を守るためだ。これまで彼に助けられた人たちは、きっと大勢いると思う。私もその一人だからよくわかる。責任というなら、私たち守られた者にもあるんだ。
彼一人が苦しんで、命を落とすことなんて誰も望んでいない。誰かを幸せにしてきた人ならば、誰より自分が幸せにならないと駄目だ。
私はそう思っている。
「……ふふっ、昔の私なら違ったかな?」
少なくとも今の私はそう思っている。思えるようになった。ここに来て、いろんな経験をして……命の大切さも教えられた今だから。
「さぁ頑張らなきゃ」
「頑張るのは結構! ただ、休日にもお勉強とは真面目過ぎるんじゃないか?」
「え? あ、ユレン君」
いつの間にか書斎にやってきたユレン君が、私のことを腕組みしながら見ていた。ちょうど今入ってきたのだろう。彼に気付いた直後に、書斎の扉がバタンと閉まった。
「こんにちは。ユレン君も調べもの?」
「まぁな。ちょっと今取り組んでる領地の問題で気になることが――じゃなくて! 今日は休みなんだろ?」
「うん、そうだよ?」
「だったらちゃんと休め。休日は休むためにあるんだからな」
そう言ってユレン君は呆れながらため息をこぼす。どうやらユレン君は、私が休日に隠れて仕事をしていると思ったみたいだ。
「えっと、違うよ? 別に仕事をしてるわけじゃないからね?」
「でもそれ調べものだろ? 錬成術の」
「そうだけど、これはー……お仕事とは関係ないことだから」
「そうなのか?」
「うん。個人的に調べたいことがあっただけだよ」
嘘は言っていない。私が調べているのは魔法の知識で、アッシュ殿下に関係することだ。アッシュ殿下に関わることは私が個人的にどうにかしたいと思っているだけで、王宮での業務には含まれていない。
重要度は釣り合わないけど、言ってしまえば趣味みたいなものだ。するとユレン君は首を傾げ、テーブルに積まれた本を手に取る。
「魔法について調べてたのか?」
「そうだよ。よくわかったね」
本の種類はバラバラで、主題が魔法じゃない内容のものが多いのに。
「俺も昔、魔法については調べたことがあるんだよ。ほら、兄上がいたからさ。魔法ってどんなものなんだろうと思って」
「そうだったんだ。ユレン君も」
「まぁな。ここにある書物は一通り読んで調べたよ。どれもこれも抽象的な仮説ばかりで、あんまり理解できなかったんだけどな」
「あははは……実は私もそんな感じなんだ」
ユレン君の言葉通りなら、ここにある書物を読んでも私が求めている知識は得られなさそうだ。ユレン君は真面目だし、ちゃんと隅々まで読んでいるはす。そんな彼が微妙な顔をしている時点で期待は薄いかな。
「でもアリア、なんで魔法なんて調べてるんだ?」
「え? それはえっと、興味が湧いたから」
「興味……ね……」
「ほら、魔法と錬成術って近いものがあるでしょ? 魔法について調べたら、錬成術のことも深く理解できるかなって思ったんだ」
この理由なら不自然には思われないだろう。さすがに本当のことは言えない。たとえユレン君が相手でも……ううん、逆に彼だからこそ言えないな。
アッシュ殿下の秘密を知っているのは本人と私だけだ。殿下が守ってきた秘密を、私がばらすわけにはいかない。それにもし、ユレン君がこのことを知ったならきっと無茶をする。凄く心配もする。
アッシュ殿下もそうなるとわかっているから、誰にも話さないままなのだろう。秘密を打ち明けるならせめて、全てが解決した後にするべきだ。
それまでは決して、ユレン君には知られないように――
「なぁアリア、ひょっとして……兄上が関係してるんじゃないか?」
「……へ?」
この度、双葉社様より書籍版を発売する運びとなりました!
レーベルは「Mノベルスf」になります。
担当して頂くイラストレーターは『ぽぽるちゃ』先生です!
3/14発売となりますので、楽しみにして頂ければ!!






