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7.一夜を過ごす

 暗い階段を歩く。

 思い出したくない過去が頭に過って、自然と出る足が遅くなる。


「アリア?」


 それに気づいたユレン君が、心配そうな細い声で私の名前を呼んだ。


「どうかしたか?」

「ううん、何でもないよ」


 私はハッと気づかされ、何事もなかったかのように歩く速度を戻す。

 あきらかに不自然ではあったけど、私がそういう態度を見せたから、ユレン君も深くは聞かなかった。

 彼は再び前を向いて、私の手を引き歩いてくれる。

 階段を下り、まっすぐの暗い道を行く。

 私は彼の後姿を見つめながら思う。


 同じ……に思うのは失礼だよね。

 ユレン君はあの人とは違う。

 

 どちらも優しい人だと思ったことは同じ。

 だけど、似ていると思ったことは、一度だってない。

 同じ優しさでも、二人はまったく違うんだ。

 結果だけを言うならば、あの人の優しさは偽物で、ユレン君の優しさは本物なのだろう。

 ユレン君は声が、顔が、心が……彼の全てが優しい。

 私を引っ張るために握った手も、無理に力を込め過ぎず、握った感触だけが強く感じられる。

 歩くペースだって、私がゆっくりになれば自然とそれに合わせてくれる。

 この人はそう言う人なんだ。

 昔から、出会った時からそうだった。

 私の人生は転落の繰り返しで、良いことなんて早々起こらない。

 それでも、彼と出会えたことだけは、心の底から幸福なことだったと思える。


 私は彼の手を握る。

 彼はその手を同じ力で握り返す。


 

 しばらくまっすぐに歩いた。

 最初は真っ暗で不安もあったけど、途中からそれも解消された。

 彼の後姿が、一緒にいてくれることが心強くて、不安なんて感じなくなった。

 そして、再び階段に差し掛かる。

 今度は下りじゃなくて、一段一段上っていく。


「この階段を上りきったら王城の地下室に出るよ」

「う、うん」


 不安がなくなった代わりに、緊張が徐々に込み上がってくる。

 耳にしたことはあっても、一度も訪れたことのない隣国。

 その王城。

 どんな場所なのか知りたい気持ちより、自分がどういう風にみられるのかが心配になってしまう。

 

「そう心配するな。出てもまだ地下室だし、時間的に今日は遅いから、ちゃんと紹介するのは明日だ」

「え、そうなの?」

「俺はそのつもりだったけど? アリアが今日が良いって言うなら、父上の所まで直行しようか?」

「う、ううん! 明日で大丈夫」


 私は慌てて首を横に振った。

 いきなり国王様に会うなんて考えたら、今以上の緊張が押し寄せてしまう。

 今日は色々なことが起こり過ぎた所為か、いいかげん落ち着いてゆっくりしたいという気持ちもある。

 彼が明日で良いというのなら、その厚意に甘えよう。


「もうすぐ着くぞ」

「うん」


 彼がそう言って数段上ると、入り口と同じ四角い扉が暗がりでうっすらと見えた。

 ガチャガチャと金属音を鳴らしながら、ゆっくりと扉を開ける。

 扉の先は未だ暗い。

 地下室という話だったけど、雰囲気は通ってきた階段と変わらない。

 何だか牢屋みたいで、お城の一部だとは思えなかった。


「この地下室は昔、戦時に王城の人たちが隠れるための部屋だった。それも数十年以上前のことで、今は戦争もないし使われてない。見ての通りロクに警備もされてないし、ほぼ放置状態だ」


 どうやらユレン君は、私が疑問に感じていることに気付いたらしい。

 私が質問する前に、聞きたかった答えが返ってきた。

 牢獄のように見えるのは、耐久性の高い鉱物で壁や天井が造られているから。

 加えて明かりが一つもない暗がりだからだろう。

 疑問が解消されてスッキリした。

 お陰でもう一つ、聞いておきたい疑問が浮かぶ。


「ね、ねぇユレン君。国王様への紹介は明日にするとして、今夜はどうすればいいの? いきなり部外者が王城にいたら怪しまれるんじゃ……」

「まぁ怪しまれるだろうね」

「そ、そんなにあっさり言うんだ……」


 何か考えがあるのかと思ったら、そういうわけでもない?


「大丈夫。この時間の警備の配置は頭に入ってるから、誰にも見つからずに俺の部屋まで行けるよ」

「そうなんだ。じゃあ安心……え?」

「ん? どうしたアリア?」

「え、えっと……今、ユレン君の部屋って……」


 聞こえた気がするけど、気のせいだったのかな?

 聞き返すと、彼は当たり前のように答える。


「そう。今夜は俺の部屋で過ごしてもらうよ」

「……え」


 ええええええええええええええええええええええええ!?


 驚きと同様で、言葉にならない叫びが頭の中だけに響いた。


 動揺する私の手を引き、ユレン君は警備の人たちの目を欺いて、自分の部屋まで歩く。

 さながら暗殺者の様に音を一切立てず。

 ふつうに横から見ていたら、とても一国の王子様とは思えない。

 その後は特に何の問題もなく進み、あっという間にユレン君の部屋にたどり着いた。


「よーし、これで今夜は大丈夫だな」

「う、うん」


 何の問題もなく、たどり着いてしまった。

 ちょっと駆け足で来たこともあって、息切れとドキドキが重なる。

 もう何のドキドキなのか、どっちなのか区別はつかない。

 一先ず落ち着こうと深呼吸をすると、ユレン君が私に言う。


「今日は疲れてるだろ? 俺のベッドを好きに使って良いからゆっくり休んでくれ」

「え? じゃあユレン君は?」

「俺はそこのソファーで寝るから」


 そう言ってユレン君はソファーに腰を下ろす。

 この時点で私は、ユレン君がそういう展開を考えていないことを察した。

 自分だけが考えていたことが無性に恥ずかしくなって、顔を赤くする。

 と同時に、自分がベッドを使うことへの申し訳なさを感じる。


「駄目よユレン君。ここはユレン君の部屋なんだし、ユレン君は王子様なんだから」

「肩書きなんて関係ないよ。むしろ女の子をソファーで寝させて、自分がベッドで寝るなんて……そっちの方が恥ずかしい」

「で、でも……」

「いいから寝ておけ。明日から、忙しくなるぞ?」

「……うん」


 こういう時のユレン君は頑なだ。

 昔からそうだった。

 私は申し訳ない気持ちを感じつつ、ベッドを使うことに。

 離れているとは言え、男の子と部屋で一緒に寝る。

 そう考えてしまうと、一人で勝手にドキドキしてしまっていた。

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