75.力の代償
静かな部屋に、窓から風が入り込む。
揺れるカーテン。
テーブルに置かれた本は風にあおられてページがめくられる。
穏やかで落ち着いた時間が過ぎて。
「ぅ……」
「兄上!」
「ユレン……か」
「はい!」
ベッドで眠っていたアッシュ殿下が目を覚ました。
ユレン君は泣きそうな顔で彼に話しかける。
「俺の顔は見えていますか?」
「ああ、よく見えるよ。身体はまだ怠いけどな」
「そう、ですか……良かった」
普通に会話が出来ていることに安心したのか、ユレン君は肩から力を抜く。
「気分はいかがですか? 殿下」
「アリアか。気分はまぁ、悪くない。言った通り怠さだけだ」
「痛みとかはありませんか?」
「特にないな。別に怪我したわけじゃねーしよ」
そう、怪我をしたわけじゃない。
この三日間、彼が寝込んでいたのは疲労によるものだ。
お医者様も私も、そう結論付けてみんなに伝えた。
事実、どこにも怪我はしていない。
「無茶しすぎなんですよ兄上は。急に倒れた時は焦りました」
「悪いなユレン、アリアも、心配かけた」
「……いえ、殿下のお陰で魔物は倒せました。あれから街で病気にかかっていた人たちが次々に回復しているんです」
「本当か?」
私はこくりと頷き肯定する。
変化は私たちが街に戻ってきた翌日から起こった。
重症化していた人たちが揃って目を覚まし、急激な回復を見せたのだ。
身体に出現していた茨の紋様も消え初め、一晩のうちに半数が歩ける程度には回復した。
「予想通りあの魔物が病の原因になっていたようです。これは憶測ですが、病に罹っていた人たちは、あの繭の養分にされていたのかもしれません」
「養分……なるほどな。だから元気な奴ほどかかりやすかったのか」
「はい。病が魔物にとっての目印になっていて、遠く離れた場所から生気を吸い取っていた。だから魔物が倒されたことで、皆さんも回復したのだと思います」
ほとんど私が考えた憶測だけど、あながち間違ってはいない気はしている。
現にみんな回復したし、あとは落ちた体力さえ戻れば、日常生活に戻れるだろう。
「そうかそうか! んじゃこれで一件落着だな」
「ええ、さすが兄上ですよ」
「……」
一件落着……か。
確かにこの街で起きていた問題は解決した。
だけど私は、隠しきれないモヤモヤを胸の内に秘めている。
それを今、ユレン君もいるこの場で尋ねるべきなのか。
私が悩んでいると、アッシュ殿下がユレン君に尋ねる。
「ところでユレン、父上への報告は済ませたのか?」
「いえまだ。兄上も眠っておられましたし、目覚めてから帰りの準備をしたほうがいいかと思って」
「そうだな。じゃあ悪いけど帰る準備を進めさせといてくれるか? 明日には動けるようになってるだろうし、出来るだけ早く報告した方が良いだろ」
「俺としてはもう少し安静にしてほしいんですが……そうですね。わかりました」
ユレン君は席を立ち、部屋の扉の方へ歩いていく。
「少し席を外します。アリアは俺がいない間、兄上が無茶しないか見張っててくれ」
「うん」
「おいおい信用無いな」
「心配してるんですよ」
そう言い残し、ユレン君は部屋を後にした。
意図してか偶然か、私は殿下と二人だけになれた。
今なら聞ける。
そう思った私より先に、殿下が口を開く。
「で? 何か聞きたいことがあるんだろ?」
話しながら身体を起こす。
やっぱり意図的か。
だったらもう、気づかないふりも必要ない。
「……魔法、使ってるんですよね?」
「やっぱ気付いてたか」
殿下はため息をこぼす。
拍子抜けするほどあっさりと認めて、乾いた笑顔を見せる。
「なんで気付いた?」
「……人間には限界があって、その限界を超える方法が魔法だと教えてもらいました。殿下は人間離れしすぎている。その理由を……もしかしたらって思ったんです」
「なるほどな。良い予想だ」
「いえ……」
気付けたのはネーベルさんのお陰だ。
彼女が最後に残した言葉の意味、あれはアッシュ殿下のことだったんだと。
「いつからですか?」
「最初か? 随分前だったかな。戦いで窮地に陥って、俺はこの力に頼った。肉体をより強靭なものに作り変える魔法だ。使えば使うほど強くなれる」
「でもその代償は……」
「わかってる」
人間が魔法を使うと寿命を削る。
何かを生み出すには、必ず見合った対価が必要なんだ。
彼は人間離れした強さの対価に、人とのして生きる時間を削っている。
どのくらい寿命が減っているのかは、彼自身にもわからないそうだ。
「ユレンたちには内緒にしてくれよ」
「で、でも」
「頼む。言うなら自分の口から話したい。その前に何か良い解決策でもあればって探してるんだけどな。中々見つからん」
失った寿命を取り戻す方法を、彼は密かに探していたそうだ。
初めて魔法に頼った日からずっと。
しかしまだ、目ぼしい手掛かりは掴めていない。
半ばあきらめかけていると、彼自身の口から悲し気に語られた。
「……なら、私にも協力させてください!」
「協力?」
「はい! 殿下の悩みを解決する方法を、私も一緒に探します。私の錬成術は、新しい物を生み出せます」
「そいつは心強いが無理しなくて良い。これは俺の問題だ。力に頼った責任は俺自身で背負うべきなんだ。だから――」
「そんなの関係ありません!」
私は力強く否定する。
殿下も私が言い返すと思っていなかったのか、酷く驚いている様子だ。
「殿下がいなくなったら大勢の人が悲しみます。ユレン君も、国王様も……そんな未来が来ると知っていて、何もしないなんて出来ません」
「アリア……」
「私はもう、目の前の命を諦めたくないんです」
みんなが笑って楽しく生涯を過ごし、幸福に最後を迎えられるように。
それが私の願い。
私だけじゃなくて、ユレン君の理想でもある。
その中には当然、アッシュ殿下のことも含まれているんだ。
「……傲慢だな。ユレンが惹かれるのもわかるぜ」
「え?」
「わかったよ! 俺も死にたいわけじゃない。叶うならこの先も、みんなと生きていたい」
彼は強く拳を握る。
「期待してるぜ、錬成師」
「はい!」
この日、私は新しい期待を背負った。
誉れ高き戦士の、王子の命を任せられたんだ。
これにて第三章は完結となります!
ここまで読んで頂いた方々に最上の感謝を!
第四章も準備中です。
執筆でき次第更新していきますので、しばしお待ちください。
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