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【WEB版】錬成師アリアは今日も頑張ります ~妹に成果を横取りされた錬成師の幸せなセカンドライフ~【コミカライズ】  作者: 日之影ソラ
第三章

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74.限界を超えて

 ドクン、ドクン、ドクン。

 地面が揺れるほど大きな心音が鳴り響く。

 音は徐々に大きく、力強くなっているようだ。

 繭の中に潜む何かが、今にも飛び出してきそうな気配を感じる。


「急ぐぜ!」


 繭から出してはならない。

 アッシュ殿下は本能的にそう感じたのだろう。

 豪快でも慎重に攻めていた彼が、強引に前へと足を進め出す。

 それを阻むように魔物たちが立ち塞がった。


「退けお前ら! 邪魔だ!」


 大剣の一振りで突風が吹き抜ける。

 しかし凶暴化した魔物たちは踏ん張り、アッシュ殿下に襲い掛かる。

 繭の鼓動と連動するように、魔物たちも強くなっている。

 遠くから見ている私にはよくわかった。

 明らかに魔物の動きが速くなっていることを。


「くそっ! こいつら動きが」

「連携しろ! 互いに背中を預け合うんだ!」

「兄上!」

「わかってる!」


 陣形が崩れ始めていた。

 原因は魔物たちの凶暴化と、単純な実力差だ。

 騎士たちは決して弱くはない。

 それでもアッシュ殿下の実力には遠く及ばず、歩みの速度にも差が生まれる。

 辛うじてついていけるのはユレン君一人。

 他の騎士たちは魔物対処で手一杯で、その場から動けない。

 対照的にアッシュ殿下はどんどん前へと進んでいく。


「あと少し、もう少しだ」


 彼は自分に言い聞かせるように言葉を発しながら、迫る魔物たちを斬り伏せている。

 一歩一歩確実に前へと進んでいるのは明らかだ。

 言葉通り、あと少しで繭に剣が届く。


 が、それを阻む魔物も必死だ。

 自らの親を守るように、命がけで立ち塞がる。


「兄上こいつら数が」

「ああ。後から増えてやがるな」


 数が一向に減らない。

 そのわけは、周囲から次々に新しい魔物が寄ってきているからだ。

 一匹倒すごとに二匹増え、前へ進むごとに魔物の層が厚くなる。

 次第に殿下たちの進む速度も落ち始めていた。

 

「はぁ、っ……」

「きばれよユレン! あと少しだ!」

「はい!」


 命に牙が届くほどギリギリの戦い。

 死を避け、生を拾い続けることの難しさは私にはわからない。

 それでも伝わってくる圧倒的な疲労。

 特にユレン君は呼吸も乱れ始め、額から大量の汗が流れ落ちていた。

 すでに限界が近い。

 それはユレン君だけではなく、アッシュ殿下も同様だった。


「ちくしょう、あと少しだってのに」


 目と鼻の先に親玉がいる。

 あと数歩、駆け出せば一瞬でたどり着ける距離にいるのに。

 このわずかな距離が果てしなく遠く感じているようだ。


 繭の糸が解れだす。 


「兄上! 繭が!」

「っ、もう時間がねぇな」


 繭から新たな命が顔を出そうとしていた。

 その所為か空気が一気に重くなる。

 瘴気の臭さとは別に、異様な臭いが充満する。

 この場にいた誰もが思った。

 直感的に感じた。


 繭から顔を出させてはならない。

 

 自らの死を感じ取り、身体が震える。

 ただ一人、彼だけはその震えを力に変えて叫ぶ。


「まだだ!」


 アッシュ殿下は大剣を担ぎ、大きく地面を蹴る。

 迫る魔物たちを飛び超えて、一気に繭まで突っ込むつもりだ。


「兄上!」

「顔は出させねぇ!」

「駄目です兄上! いくら兄上でも無茶が――」

「無茶も無謀もいつも通りだ! 俺はいつだって窮地を越えてきた! 限界くらいぶっ飛ばしてやるぜ!」


 猛々しい背中が語る。

 俺に任せろ、と。

 皆が奮い立ち、勇気の炎を胸に灯す中、私だけは違った。

 胸騒ぎが強くなる。

 嫌な予感が、予想が脳裏に過る。


 霧の魔女ネーバルさんは言っていた。

 人間には限界があって、その限界を簡単に越えられる方法が魔法だと。


 ユレン君は言っていた。

 アッシュ殿下はいつだって、会う度に強くなっていると。


 アッシュ殿下は叫んだ。

 限界くらい吹っ飛ばしてやる……と。


「駄目……」


 その言葉の意味に、私は気づいてしまった。


「駄目です殿下!」


 だから叫んだ。

 めいっぱいの声で大きく。

 でも届かなくて、それよりも速く、アッシュ殿下は地を駆け抜ける。

 おそよ人間には不可能な速度で颯爽と。

 重い大剣を軽々と振り回し、鼓動をうつ繭を一刀両断してしまった。


「はぁ……はぁ……」

「凄いさすが殿下だ!」

「兄上」


 魔物の繭から紫色の血が流れる。

 うるさいほどだった鼓動も止まり、完全に機能は停止した。

 魔物たちもピタリと動きを止める。

 まるで魂が抜け落ちたように。


 戦いは終わった。

 私たちの勝利で。

 アッシュ殿下の活躍によって。


「ぐっ……」

「兄上?」


 私はもう走り出していた。

 魔物が動きを止めたからとか、戦いが終わったからじゃない。

 ただ気付いていたんだ。

 この場にいる中で私だけが、そうなる未来を予測できた。


「ぐっ、う……ごあ……」

「兄上!」

「アッシュ殿下!」


 私が駆け寄った時にはもう、アッシュ殿下は膝をついていた。

 苦しそうに胸を抑え、呼吸を荒げながら。


「はぁ、悪いユレン……後は頼む」

「兄上! しっかりしてください!」


 彼はそのまま倒れ込むように意識を失う。

 ユレン君や私が何度呼びかけても応えなかった。

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