67.危険地帯
『この冒険者、人類史最強です』第二巻本日発売です!
アイル領北部の森。
魔物が確認されている危険地帯であり、領主の許可がなければ立ち入れない。
広大な自然には豊富な資源があり、領民としては有効活用したいという声が多かった。
その声に答えるように、アッシュ殿下は森の魔物たちを一掃する計画を立て、実行に移している最中。
計画は順調に進み、あと少しで殲滅が終わると思われた矢先、領地では奇病が蔓延した。
「ちょうど同じ時期だったかな。俺が奇病のほうで手一杯になってる間に魔物が増えちまったんだ。対処した時は最初の頃と同じくらいに増えてて驚いたよ」
「魔物は繁殖能力が高いと聞きますからね。兄上の所為じゃありませんよ」
「わかってるんだけどな。俺がもっと動けてればとも思うんだよ」
魔物が増えたのは自分の責任。
もし奇病が魔物由来なら尚更だとアッシュ殿下は語る。
そんな風に思うほど思いつめる必要はないと私は思うけど、これが領主としての責任なのだろうか。
土地を預かり、領民の生活を預かる者としての。
「というかユレン、フサキもだけど。別に同行しなくても良かったんだぞ?」
「何言ってるんですか! オレは姉さんの護衛ですよ?」
「まぁお前はそうだな。ユレンまでついてこなくても良かったと思うんだが?」
「……イジワルを言いますね、兄上は」
ちょっぴりむくれたユレン君は、諦めたようにため息をこぼす。
「はぁ、俺が同行しないなんて選択肢にも上がりませんよ」
「アリアのためか?」
「はい」
ユレン君はハッキリと答えた。
彼の真っすぐさに、私の胸は鼓動を早くする。
だけど私が知っているユレン君なら、その理由だけで動いたわけじゃないと思った。
「でもそれだけじゃないですよ。この地の人たち命が脅かされてるんだ。俺も黙ってみてはいられない」
「そうだな。お前はそういう奴だ」
そう、彼はそういう人なんだ。
困っている人を助けたい。
苦しんで、辛い思いをしている誰かを放っておけない。
「それに俺は強いですからね? 何せ兄上に鍛えられましたから」
「はははっ! そうだったそうだった! 俺もお前が一緒なら心強いよ。頼りにしてるぜユレン」
「はい。任せてくださいよ」
「ちょっとちょっと~ お二人だけで盛り上がらないでくださいよ! オレも役に立ちますからね!」
信頼し合う兄弟の会話を見せつけられて、フサキ君はちょっぴり嫉妬した様子。
そんな彼を二人が慰めるように、ポンポンと肩を叩く。
「わかってるって」
「俺たちも頼りにしてるよ、フサキ」
微笑ましい光景だ。
アッシュ殿下とユレン君、二人の関係性とはまた違うのだけど。
この三人も仲の良い兄弟のように見える。
ふと、自分の妹のことを思い出す。
彼女も今頃、頑張っているだろうか?
このお仕事が終わったら、一度顔を見に行くとしよう。
「――!」
「どうした? フサキ」
「何か近づいてきてる音がしますね。三……いや四? 足音の感じ人じゃないです」
彼の一言で警戒を強める。
和やかな雰囲気が流れようとも、忘れてはいけない。
ここは魔物が巣くう森、危険地帯なのだと。
「四つ足の何かが来てます。左右から」
「よし! お前ら警戒しろ! 魔物が接近してるぞ!」
アッシュ殿下の指示で、同行していた騎士たちが剣を抜き、構える。
左右で半々に別れ、私は邪魔にならないよう中心に立つ。
「魔物……」
恐怖はある。
魔物の恐ろしさを私は知らない。
だからこそ怖いと思う。
それを分かった上で同行してきたのに、いざ危機が迫ると知れば身体が震える。
「大丈夫。俺の後ろにいてくれ」
「うん」
そんな私の前には、頼もしい背中がある。
剣を構える彼の姿に、身体の震えが落ち着いていく。
そして――
「来ますよ!」
フサキ君の声と同時に、木々の間から魔物が飛び出してきた。
黒い毛並みで見た目は狼。
ブラックウルフと呼ばれ、森や草原を縄張りにする魔物の一種。
群れで行動し、獲物を見つけては罠を仕掛けたりもする賢い魔物だと本で読んだ。
迫る四匹、左右から二匹ずつ。
「怯むなよお前ら! たった四匹ならどうってことないぞ!」
こちらは騎士二十人。
数の上で圧倒的に有利な状況で、彼らも魔物との戦闘には慣れている。
苦戦するような相手ではないようだ。
現にアッシュ殿下が何もしなくとも、騎士たちだけで対処している。
陣形で包囲し、一匹ずつ確実に倒す。
「あー、これオレたちの出番はなさそう――もう一匹来ます!」
「なんだと? どこだ!?」
「この音……上です!」
フサキ君が叫ぶ。
私たちが上を見上げた時、空からウルフの一匹が飛び込んできた。
どうやら木々の枝を飛び渡って近づいていたようだ。
陣形の真ん中。
私の真上から魔物が迫る。
だけど――
「伏せろアリア!」
「うん!」
私がしゃがみ込むと、ユレン君がすぐ隣に立ちはだかり、迫るウルフと相対する。
強靭な牙を剣で受け流し、地面に着地したウルフと、剣を構えたユレン君がにらみ合う。
わずかな沈黙を挟んだ後、ウルフの方から跳びかかる。
素早い動きだ。
しかしユレン君は動じることなく、その動きに反応して剣を切り抜ける。
開いた口から胴体にかけて斬り裂き、危なげなく勝利して見せた。
「す、凄い……ユレン君」
「ブラックウルフは魔物だけど動きはちょっと早い犬と同じだ。なんてことないよ」
彼は簡単に言っているけど、私には目で追えないくらい速かった。
騎士たちよりも自分は強い。
昔から彼はそう言っていたけど、今さら事実だったと確信する。
本当に……凄い人と出会っていたんだな、私って。






