65.試行錯誤
彼はテイマさんという名前だった。
奥さんの名前はハルキさん。
教えてくれた通り、街の西で洋服屋さんを営んでいた。
こんな状況だからお店は閉まっていたけど、私たちが尋ねると綺麗な女性が出迎えてくれた。
「こんにちは。テイマさんの奥さん、ですよね?」
「はい。どちら様でしょう?」
事情を知らない彼女は突然の訪問に困惑している。
そう、彼女はまだ知らない。
最愛の人の他界を。
伝えたくないという気持ちが湧き上がる。
テイマさんの最後の言葉を聞いた私は、二人が過ごした時間が幸せに満ちていたことを想像する。
この想像はきっと間違っていない。
だって、彼の最後は優しさに満ちていたから。
そんな彼の相手が、幸せになっていないなんてありえない。
でも、だからこそ言わなくちゃ。
私が受け取った言葉を。
彼が残してくれた最後の言葉を。
「すぅーはー……大切なお話があります」
私は彼女に事情を話した。
自分たちのことはあっさりと、彼の死に際を長くゆっくり。
彼の言葉には抑揚をつけて、出来るだけそのまま伝わるように。
そして……
「そう……ですか。彼がそう言って……」
「はい」
ハルキさんの瞳からは大粒の涙が落ちる。
表情では笑顔を作ろとしても、溢れ出る感情までは抑えられない。
涙されるのはわかっていた。
覚悟もしていたつもりだけど、実際に目の前で悲しい顔をされると、私の心まで涙で滲んでしまいそうだ。
「ありがとう……ございます」
「え……」
「もう、言葉すら話せない状態でしたから。彼の最後の言葉を……聞かせてくれただけで満足です」
そう言って彼女は微笑む。
涙を流しながら精一杯の感謝を込めて。
何も出来なかったと嘆く私の胸に、彼女の言葉が優しく届く。
「頑張ってくださいね? 私も、彼の分まで頑張りますから」
「……はい。必ず」
必ずなんとかしてみせる。
もう二人のように、望まぬ別れを迎える人が生まれないように。
私のやることは一つだ。
◇◇◇
錬成台の部屋に戻った私は、早々にある素材を全て取り出し机に並べた。
一つ一つの素材を確認しながら考えをまとめていく。
「さっきのポーションで効果はあったんだ。でも根本の解決になってない。つまりこの病気は症状が風邪に似ているだけでまったく別物……」
口に出してはいるが、話しかけているわけじゃない。
考えを言葉にして発することで、自問自答を繰り返す。
「発熱も倦怠感もあくまで副次的な症状……ううん、原因とは違う? 菌とかウイルスじゃない可能性も考えなきゃ」
原因がもし魔物にあるなら、アッシュ殿下の帰りを待つべき?
でもいつ戻るかわからないし、待っていたらさらに犠牲者が出るかもしれない。
こうしている間にも苦しんでいる人たちはいる。
少しでも早く、一歩でも確実に前へ。
「フサキ君! 街の薬屋さんに行ってハーブを買ってきてもらえないかな? リストはここに出しておくから」
「了解です! すぐ行ってきますね!」
「ありがとう。ユレン君は錬成を手伝ってほしい。ちょっと段階を分けて錬成するから」
「わかった。でも俺に出来る工程までだぞ?」
「うん、それで十分だよ」
効率さえ上がれば次の工程へ進める。
情報が少ないけど、今はともかく試せるパターンをいくつかやってみよう。
最低限やることは、万能ポーションの効果時間を伸ばすこと。
これまで使われていたポーションも効果はあったけど、一時的過ぎて反動が大きかった。
それじゃ患者さんの身体にも、精神にも負担がかかる。
効果時間を長くして、症状が進行してもある程度の自由がきくように。
それで不安が多少なり軽減されたら嬉しい。
「今から十三のパターンを試すよ」
「ああ、ただアリア……いや、なんでもない」
今、ユレン君はきっとこう言いたかった。
無理はしないでくれ、と。
だけど口を噤んだ。
そのセリフを言った所で、私が止まらないと気づいたから。
ごめんねユレン君。
でも大丈夫。
私だってちゃんと、自分のことも考えているよ。
誰かを助けたいならまず自分が無事であれ。
当たり前のことを思い返す。
私が倒れたらみんなが困る。
だからそうならないギリギリで、でも最善を尽くすんだ。
「次のパターン!」
「おう!」
「素材貰ってきましたよ! 足りなかったら貰ってきますね」
全員が一致団結して錬成に取り組んだ。
試行錯誤の繰り返し。
試せるパターンは全て試す。
病気になった人たちには悪いけど、時には実験台になってもらわなきゃいけない。
健康な人じゃ意味がないから。
同意も拒否も出来ないまま、出来上がったポーションを試す。
失敗はなくとも成功もない。
ただ繰り返す。
私たちに出来ることはそれくらいだ。
そうしてあっという間に時間は過ぎて――
五日後。
アッシュ殿下が魔物退治から帰還された。






