59.出張
アッシュ殿下の話から二日後。
早朝、私は荷物をまとめてアトリエを出る。
最後に戸締りを確認して、扉に鍵を閉めて出発する。
待ち合わせ場所は城門だけど、先に室長のラウラさんに挨拶をしにいく。
「姉さん!」
「あ、フサキ君」
道中、フサキ君が駆け寄ってきた。
「準備はいいの?」
「大丈夫ですよ。元からそんなに荷物なかったんで」
「そう。でも良かったの?」
「何がですか?」
彼はキョトンとした顔で首を傾げる。
私はこれからアッシュ殿下の領地へ向かうことになっている。
依頼が完了するまで、しばらく王宮を離れるんだ。
いつ戻れるかはわからない。
もしかしたら長くなるかも、とは言われている。
「しばらく王宮に戻れないし、イリーナちゃんのことは大丈夫かなって」
「あー、それなら心配いらないですよ。姫様にはちゃんと話したし、終わったらすぐに会いに行きますから」
「二人がそれでいいなら良いけど」
「良いんですよ! 別にこれが最後のお別れってわけじゃないんだ」
彼はにこやかにほほ笑む。
そんなセリフは後々本当になりそうで怖いな。
「オレは姉さんの護衛ですからね! 姉さんが出張するならついていくのがオレの役目です!」
「そっか」
彼がそれで良いのなら、私がこれ以上言うことじゃないな。
「それより急ぎましょう!」
「うん」
私とフサキ君は駆け足で城門に向かった。
城門には馬車が止まってる。
フローリアの時みたいに馬で誰かの後ろに乗せてもらうのかと思ったら、今回は違うようだ。
私たちだけじゃなくて、騎士さんも何人か一緒にいる。
その中に騎士たちに指示をしているアッシュ殿下の姿もあった。
「殿下」
「ん? お、来たかお前ら」
「おはようございます。アッシュ殿下」
「おう。フサキも来ることにしたんだな」
「当然ですよ!」
フサキ君はアッシュ殿下とも面識がある。
イリーナちゃんの護衛をしていた件で知り合って、お互いに元気の良い性格だから気が合うらしい。
二人が拳を突き合わせている。
私にはよくわからないけど、男の人同士の挨拶なのかな。
男の人、と浮かんで彼の姿を探す。
「俺ならここだよ」
「あ――」
不意に隣から声が聞こえてきた。
彼は馬車の後ろからひょこっと顔を出す。
「おはよう、アリア」
「……」
「どうした?」
「いつも驚かされてるから、今度はこっちから声をかけたかったのに」
ちょっと悔しくてむくれていた。
正直に話すと、ユレン君は気の抜けた風に笑う。
「ふっ、そんなことで剥れてたのか。良い具合に緊張してないみたいで安心したよ」
「緊張はしてるよ? でもそれより、私の力がみんなの役に立つかもって思ったら嬉しくて、なんだかワクワクしてるんだ。不謹慎だよね」
「いいや。抱え込むよりずっと良いよ。相手を笑顔にしたいなら、まず自分が笑顔になってないといけないからな」
そう言ってユレン君は大袈裟な笑顔を見せる。
困っている人たちを、苦しんでいる人たちを元気づけるように。
安心してもらえるように。
あざ笑うのではなく、明るく照らす笑顔のお手本。
私も彼みたいに笑える人間になりたい。
そんな風に思う。
すると、私たちのやり取りを見ていたアッシュ殿下がユレン君の肩を叩く。
「良い顔だなユレン! そうだ笑顔! 笑顔こそ一番大事なんだぜ! わかってんじゃねーか」
「兄上から教わったことですから」
「そういうやそうだったか? 昔のことは忘れちまった」
「忘れすぎですよ」
呆れた顔をするユレン君の肩を、アッシュ殿下は豪快に何度も叩く。
「良いってことだ。大事なのは今だからな」
「兄上らしいですね」
「俺は俺だからな。それでは準備も出来たことだし出発――」
と、言いかけた所でアッシュ殿下が何かに気付く。
視線は斜め上に、その方角は王城だった。
彼は微笑み、首をくいっと動かすことで私たちの視線を誘導する。
四人の視線が一か所に、いや一人に集まる。
「フサくーん! お姉さまー!」
「姫様だ! 姉さんあれ! 姫様が手振ってますよ」
「うん」
王城の窓から身を乗り出す様に、イリーナちゃんが大きく手を振っている。
遠くからでも聞こえるくらい大きく、お腹から声を出す。
「気を付けてくださいねー!」
「姫様も! 元気になったからって無理しちゃ駄目ですよ!」
「なるべく早く戻ってきますね!」
「はい! 待ってます!」
彼女はお腹から声を振り絞り、私たちを見送ってくれた。
どこまでも健気で真っすぐな女の子だ。
フサキ君もそうだけど、この国で出会った子供たちはみんな真っすぐで。
それでいて優しい心を持っている。
そういう国だから、なのかな。
だとしたら嬉しい。
「お兄さまたちも頑張ってくださいねー!」
「おう!」
「任せておいてくれ!」
彼女は二人の兄にも手を振った。
アッシュ殿下とユレン君は、彼女の姿をしみじみと見つめる。
「元気になったよな、イリーナは」
「はい。彼女のお陰で」
「だな。だからこそ期待してるぜ。あいつならきっと……この窮地を救ってくれるってな」
「俺もそう思います」
二人の会話は小さく聞こえていた。
期待の言葉と視線が注がれる。
その期待に応えられるように頑張ろう。
少し前の私なら逃げ腰になっていたかもしれないけど、今は少しだけ……自信がついたから。
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