表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【WEB版】錬成師アリアは今日も頑張ります ~妹に成果を横取りされた錬成師の幸せなセカンドライフ~【コミカライズ】  作者: 日之影ソラ
第三章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

57/84

54.自助努力から始めよう

 彼の思いは間違っていない。

 助けられたことへ恩を感じ、恩に報いるために行動する。

 胸の中に詰まっている感情は善意だ。

 真っすぐさも感じる。

 私自身、助けられた側だからよくわかる。

 その気持ちは……わかるんだ。

 だからこそ、それだけじゃ駄目だと知っている。

 報いたい気持ちだけでは、誰かのためにという思いだけでは……駄目なんだ。

 そこに自分がいないから。

 

「役に立たないオレに価値なんてないんです。本来ならオレは、ここにいられる人間じゃない。あの場所で死ぬまで生き続けてたはずなんだ」


 生まれた環境の辛さもある。

 子供ながらに大人びているのは、過酷な環境で生きてきたからだ。

 普通の人間とは死生観が異なっている。

 私たちが、明日は何をしようかと考えていた時。

 彼は今をどう生き抜くかを考えていたはずだ。

 明日なんてくる保証はない。

 今を生きなければ、数秒先の未来すら危うい。

 そんな環境で生きてきたからこそ、今の平穏が特別だと思える。


「オレの命なんて、あの場所でなくしたも同然なんですよ。役に立てなきゃ意味がない。仕事も果たせないオレに居場所はない」


 そうなのかもしれない。

 もし、公爵様に出会わなければ、彼は今を生きていなかったかもしれないんだ。

 光の指す場所へ出てこられたのも、運命的な出会いがあったからこそ。

 差し伸べられた手の温かさ、強さを私も知っている。

 知ってるのだから、言うべきなんだ。

 もっと自分を……ううん、やっぱり私じゃ言えない。

 仮に私が彼とまったく同じ立場なら、今の彼と同じことをしたと思うから。

 だって、正しいことなのだから。

 間違っていないのに、君は間違っているなんて言えないよ。

 でも、もし言えるとしたら……


「だから姉さんも、オレが必要なくなったら言ってくださいね。その時は――」

「だめぇー!」


 勢いよく開いた扉。

 それ以上に大きな声で飛び込んできたのは、イリーナちゃんだった。

 

「イリーナちゃん」

「姫様」


 彼女は涙目だった。

 でも、悲しんでいるわけじゃなさそうだ。

 表情はむしろ怒っている。

 初めて見るくらい顔を真っ赤にして、幼い鬼のように。

 

「フサ君!」

「え、はい」

「さっき、なんて言ったの?」

「えっと……」


 イリーナちゃんはギロっとフサキ君を睨んでいた。

 一歩ずつゆっくりと歩み寄り、彼に迫る。

 動揺するフサキ君は普段通りに言葉が出ていない。


「さっきって?」

「……必要ないとか言わないで」

「え?」

「自分が必要ないとか! 自分がどうなろうとなんて言っちゃ駄目だよ!」


 イリーナちゃんが涙を流す。

 瞳からこぼれ落ちる涙が頬をつたり、床を濡らす。


「姫様……」

「命は一つしかないんだよ! 死んだら何もできない。誰にも会えないし、おしゃべりもできない。一人ぼっちになるんだよ!」


 彼女だからこそ深みのある言葉。

 命を燃やし、明日を夢見ていたかつての彼女だから、命の大切さを知っている。

 ゴミと命が同価値だったフサキ君の生まれと、早くして命の終わりを感じ取っていたイリーナちゃん。

 二人は似ているようで、似ていない。

 片や命の軽さを知り、片や命の尊さを知った。

 彼が投げ捨てようとしている命は、彼にとっては軽いのかもしれない。

 だけど、その命の価値を誰よりも知っているのは……


「私は……フサ君とおしゃべりするのが楽しかった。狭い部屋で一人ぼっちでいた時に、フサ君が来てくれて嬉しかった」


 ボロボロと流れる涙。

 そして思い。

 あふれ出る感情が言葉に乗る。


「あの時間があったから……明日も生きたいって思えたの。フサ君がいたから、今も笑っていられるの。フサ君にとってはお仕事だったのかもしれないけど、私はフサ君がいてくれるだけで良かった。お話できるだけで幸せだったの」


 もしも、彼に言葉を届けられるとしたら一人だけ。

 彼の仕事ぶりではなく、彼自身を心から求めている人だけだ。

 彼女を置いて、他にいない。

 

「……役割も果たせないオレなんて無価値ですよ」

「そんなこと言わないでよ。私はフサ君がいてくれないと寂しい。一緒にいてくれるだけで楽しい」

「ただしゃべってるだけなら、オレじゃなくても出来ますよ」

「フサ君がいいの。私がおしゃべりしたいのはフサ君なんだよ」


 純粋な思い。

 それこそが人の心を突き動かす。

 外からも、内からも。

 

「ねぇフサ君」


 イリーナちゃんのお陰で、今なら言えることがある。

 彼と同じで、助けられた側の人として。


「フサ君の命はフサ君の物だし、これからどうしたいかは自分で決めれば良いと思う。でもね? その命を大切に思ってくれる人がいるんだよ。才能とか立場とかじゃなくて、君だから傍にいてほしいって思う人がいるんだよ」


 命は一つで、その人のもの。

 だけどその命を支えている人たちがいる。

 触れている誰かがいる。

 失われることで、温もりが涙に変わってしまう。


「私の場合は後悔したくないからで、フサキ君とは違うかもしれないけどさ? 何かをするにも、誰かを助けるにも、まずは自分が生きていないといけないんだよ?」

「そうです! お姉さまの言う通り! 生きてなきゃ何も出来ないんだよ!」

「姫様……姉さん……」

「自分を大切にして! フサ君がいなくなったら私、どこにでも探しに行くから!」


 どこにでも。

 それはつまり、向かった先が死地であろうと。


「……そっか」


 彼は笑う。

 呆れたように、吹っ切れたように。


「だったらここで頑張るしかないですね」


 きっとそれが、正しくて幸せなことだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作投稿してます! 下のURLをクリックしたら見られます

https://ncode.syosetu.com/n7004ie/

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

5/10発売予定です!
https://d2l33iqw5tfm1m.cloudfront.net/book_image/97845752462850000000/ISBN978-4-575-24628-5-main02.jpg?w=1000



5/19発売予定です!
https://m.media-amazon.com/images/I/71BgcZzmU6L.jpg
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ