53.何も背負っていないから
彼は語り出す。
幼い日から、少しだけ背伸びをした今までの出来事を。
私はそれを、身体が触れ合える距離で聞く。
◇◇◇
彼が生まれた場所を一言で表すなら……戦場。
セイレムは周囲を八つの国に囲まれている。
ほとんどが友好的な国だが、一部そうではない国があった。
その国とは争いが絶えない。
当時も、土地を奪おうと進行する軍勢とせめぎ合いを続けていた。
戦場とは悲惨なものだ。
命の奪い合いなのだから当然かもしれないけど、その場所での命は軽い。
ヒラヒラと舞って消える花弁のごとく、簡単に散ってしまう。
子供の命なんてもっと軽いだろう。
生まれた場所が悪かったと、大人たちは言うのだろうか。
そんな場所で彼は生まれ、生きていた。
一人で。
「おい! そっちに逃げたぞ!」
「あのガキ、俺たちの食料を盗みやがって!」
過酷、なんて言葉では到底表しきれない日々。
奪い奪われは日常茶飯事。
子供だからといって容赦はされず、反対に保護されることもない。
生きるためには何でもする。
それくらいの覚悟がなければ、今を生きることさえ叶わない。
争いが続くほどに周囲は荒れ果て、無秩序に血が流れていく。
何人、何十人の死体を踏みつけたのかわからない。
明日……いや、今日にも自分が死体になるかもしれない。
彼は恐怖と戦いながら生き続けていた。
「っぐ……」
「ったく手間取らせやがって」
彼は子供だ。
どれだけ素早くとも、知恵を振り絞っても、大人には敵わない。
時間が経つにつれ追い詰められてしまった。
ボコスカと殴り、蹴られる。
「はっ! 食料分全部吐き出しやがれ!」
「ちょうどいいな! イライラしてたところだしよぉ~」
「これで女だったら最高だったんだけどな~」
無慈悲だ。
子供相手に大人が複数人で虐めている。
見ていられない光景も、周りには誰もいない。
仮にいたとしても同族だ。
助けることはなく、いじめに加わるほうが確率も高いだろう。
捕らえられた時点で諦めるしかない。
「このまま全身の骨を折っちまおうぜ!」
「――子供相手に情けないな」
「は? ぐっ」
「な、なんだこいつら!」
ぞろぞろと騎士たちを引き連れ、高貴な振る舞いの男性が先頭に立っている。
彼は虐める大人たちを剣の鞘で叩き倒して行った。
「よく聞け貴様ら! ここは今日から私が管理する領地となった! 我が領地で不義理な行いなど一切認めん!」
その人は堂々と宣言した。
当然、周りの大人たちは反発しようとしたが、屈強な騎士たちが控えている。
自分の身が大事な彼らは、従うしかなかった。
納得しないままに、その場を立ち去る。
「傷だらけだな、少年」
「……あんたは?」
「人に名前を尋ねる時は、自分から名乗るのが礼儀だぞ?」
こんな場所で礼儀を出すのかと、少年は首を傾げる。
しかし答えなければ相手も答えない。
察した少年は名を名乗る。
「……フサキ」
「そうか。私は陛下よりこの地を預かった者、名はガーデンだ」
「ガーデン……」
「酷い目だな」
ガーデン公爵はフサキに向って冷たい言葉を口にした。
フサキの目は、泥水のように濁っていた。
絶望の中に身をゆだねていた彼には当たり前のことだが、およそ子供がしていい目ではない。
「フサキといったな。いつからここにいる?」
「……わからない」
「なら両親は?」
「知らない」
彼はここで生まれた。
その事実以外は記憶にない。
両親の顔なんて、僅かにすら覚えていないのだ。
それを悲しいと思う余裕すらない。
日常は過酷で、残酷で、悲惨なものだから。
「ならばこれからどうするつもりだ?」
「これから?」
「私が統治する以上、盗みなんて許さない。それでどうやって生きていく?」
「……わからない」
それしか知らないから。
幼い彼には答えることが出来なかった。
すると――
「行く当てがないのなら私の元で働け」
「え……」
「聞こえなかったか? 丁度人材不足なのだ。子供の手でも借りたい程にな」
「……」
公爵は呆れた顔でそう言った。
実際、どこまでが本心だったのかはわからない。
優しさなのか、憐れみなのかも。
ただ……
「どうした? こんな場所で蹲って生きていたいのか?」
「……嫌だ」
彼にとって、救いの手だったことに変わりはない。
理由なんて関係ない。
分からなくても構わない。
今を壊してくれる人が目の前に現れた。
だから彼は、その手をとった。
◇◇◇
「――って感じで、その後は旦那の所でしごかれました。色々と叩き込まれましたよ」
「そうだったんだ」
ガーデン公爵の優しさを感じた。
やっぱりあの人は、ただ厳しいだけの人じゃないんだ。
困っていた彼を放っておけなかったんだろう。
「優しい人だね」
「そうなんですよね。見た目は怖いけど、あの人ほど優しい人を知らないです。お陰でオレは綺麗に生きる場所を貰えました。何もなかったオレに、生きる目的をくれたんです」
だから、役目を果たさなければならない。
期待されてるのだから、応えなくてはならない。
たとえ何を犠牲にしても、自分の価値を示す。
「オレは何も背負ってないんです。だからオレがどうなろうと、与えられた仕事を全うしなきゃ」
それが彼の本心だ。
救われたからこそ、応えたいという思い。
優しい思い。
けれど……






