52.強引な自分
「今日もよろしくお願いします!」
「う、うん」
毎朝、気合いの入った挨拶をしてくれる。
これだけなら単にやる気をアピールしているだけなのに、彼の場合は少し違う。
傷ついた身体を無理やり酷使して、情けないと思い込んだ自分を追い込んでいるよう。
実際そうなのだろう。
私やユレン君がどれだけ言っても無茶をする。
昨日の夜、ユレン君とも相談したけど、結局はやりたいようにさせるのが一番という結論に至った。
仮に私たちが強く注意して休ませようとしても、きっと別の形で無茶をするだけだ。
そんな危うさを感じられる。
ならせめて、目の届く距離でいてくれたほうが安心する。
「本当は休んでいてほしいけど」
そんな言葉は届いていない。
いや、届いてはいるけど聞いてはくれない。
良い意味でも悪い意味でも、彼はまだ子供だから。
少し前なら私より落ち着いていて、周りをよく見ているし、ある程度のことは割り切っている感じが大人っぽかったけど。
一つ脆さが現れたら瞬く間に崩れ落ちていく。
風で飛んでいく砂山のようだ。
「姉さん、この箱ってここでっ」
「フサキ君!」
大きめの木箱を運んでいたフサキ君が、突然箱を落として膝をついた。
あわてて駆け寄ると、額から汗が流れ落ちている。
表情でも痛みに耐えているのが伝わってきて、私は視線を彼の背中に回した。
「フサキ君、背中の傷から血が」
「っ……」
「傷が開いてるよ。すぐに治癒ポーションを出すから!」
「ま、待ってください!」
立ち上がろうとした私の腕を、フサキ君が弱々しく握る。
「オレなんかのために貴重なポーション……使わなくて良いですよ」
「何を言ってるの? ま、まさかフサキ君……私が送ったポーションも飲んでないんじゃ」
「……」
おかしいとは思っていた。
いくら重症とは言え、適切な処置をされた後に治癒系のポーションを一通り彼に渡しておいたんだ。
深い傷でも、何度か飲めば回復力が上回る。
痛みだって弱まるのに、その兆候がまったく表れなかった。
つまり彼は、飲んでいないんだ。
「どうして?」
「……オレなんかに」
「ふざけないで!」
自分でも驚くほどに大きな声が出て。
もしイリーナちゃんが近くにいたら、驚いて後ずさっていたかもしれない。
それくらい、私は怒っていた。
「命は一つしかないんだよ? それを大事にしなくてどうするの!」
「姉さん……」
「まずは飲んで! ここまで治癒してる傷なら、これ一つで全快できるから」
「……でも……」
しぶるフサキ君。
普段と違って興奮している私は、そんな彼の態度に苛立った。
苛立って、無理やりポーションを口に突っ込んだ。
「むぐっ」
「いいから飲むの!」
本当に意外だ。
これほど強引になったのは生まれて初めて。
命を大切にしない考え方が許せなかったのかも。
「……ぷは」
「どう? 傷の痛みは?」
「……痛みはなくなりました。たぶん、塞がったんだと思います」
「本当に? ちょっと見せて」
念のために確認を。
私は彼の服をまくり、背中を確認する。
包帯でぐるぐる巻きにされている上から、軽く触ってみた。
痛いなら表情を変えるはず。
それはなかったから、包帯を外してみる。
どちらにしろ血が付いているから、新しい物に替えないといけない。
包帯を外すと、傷口が顔を出した。
「塞がってるね。痕は残ってるみたいだけど」
「そう……ですか」
あまり嬉しそうじゃない。
どうせまた、手を煩わせてしまったとか考えているのだろう。
「すみま――」
「謝罪は禁止だよ」
「え?」
「謝罪って言うのは、本当に悪いことをしたときにするものでしょ? フサキ君は悪いことなんてしてない。こういう時に言うのは、感謝のほうじゃないかな?」
なんて、自分で言っていて恥ずかしい。
偉そうに言っているけど、私だってよく謝るし、感謝よりも謝罪を優先することが多かった。
だからこそ学んだ。
誰かを助けて謝られるより、感謝されるほうが嬉しいと。
「ありがとう……ございます」
「うん」
やっぱり、ありがとうは嬉しいよ。
大切な人たちから言ってもらえるなら尚更。
「フサキ君、聞いても良いかな?」
「何をですか?」
「フサキ君のこと。ここに来るまで、イリーナちゃんの護衛になる前のこと」
聞くつもりはなかったけど、自然と言葉になって現れた。
知りたかったことだ。
ユレン君が公爵様に聞くのを待つのも良かったけど、本人の口から聞きたいと今は思っている。
「……そんなの聞いても面白くありませんよ?」
「面白さは関係ないよ。ただ知りたいんだフサキ君のこと」
「オレのことなんて」
「またそういう。なんかとか言わないで」
私は彼の手を優しく握る。
いつか、ユレン君がしてくれたように。
「私は知りたい。これからも一緒にいる相手のことだから、ちゃんと知っておきたいの」
「……これからも……ですか」
「うん。私も、ユレン君たちも同じ気持ちだから」
「……そうですか」
フサキ君はどこか切なげに、ホッとしたように目を伏せる。
私が握った手が、僅かに震えたように感じた。
「わかりました。オレの話、聞いてください」
「うん」
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