47.毒の香り
「甘い匂い? そんなのするかな?」
「え? してますよ。ほら、なんか御菓子みたいな……臭い……」
「フサキ君?」
様子がおかしい。
さっきまで元気だったフサキ君の顔色が、急激に青ざめていく。
ふら付き出したり、瞼も重たそうだ。
「これ……まさか……」
「どうしたの? フサキ……く……」
あれ?
なんだか急に身体が重くなって……
「くそっ、油断した……姉さんこれ以上吸っちゃ駄目だ。これ毒です」
「ど、毒?」
「甘いのは毒の匂いだ。気付かないくらい薄い量をバラまいて、オレたちの感覚を鈍くしてたんですよ」
フサキ君は意識を保とうと唇を噛みしめる。
私は木の実の臭さのお陰か、まだ倒れる程の負担じゃない。
それに毒なら解毒ポーションもある。
取り出そうとした時、私に向って矢が飛んでくる。
「姉さん!」
フサキ君が私の肩を押してくれて、何とか矢は刺さらなかった。
フラフラなのに無理をしているのがわかる。
「大丈夫ですか?」
「う、うん」
「良かった。一旦ここを離れ――」
たぶん、普段の彼なら躱せていたに違いない。
毒は私たちが気付くずっと前から森に漂っていた。
ごくわずかに吸い続け、五感が鈍くなっていたのだろう。
急激に毒の濃度が高まり、自分が立っているのか倒れているのかも曖昧。
そんな状況でも私を庇ってくれたのは、私を守ろうと強く意識してくれていたから。
だから、自分のことはおろそかになって、背後から振り下ろされる剣に気付けなかった。
「がっ……」
「フサキ君!」
彼の背後にはならず者みたいな風貌の男が立っていた。
刃が振り下ろされ、フサキ君の背中を斬りつける。
私はふらつきながら彼に手を伸ばす。
その手は届くことなく、別の男に捕まれてしまった。
「おっとお嬢さん、あんたはこっちだ。連れてくるようにいわれてるんでね?」
「なっ、離して!」
「姉さん……」
「フサキ君!」
彼の背中から大量の血が流れている。
痛みとショックで倒れても不思議じゃない傷で、彼はまだ立っていた。
どこからか取り出したナイフを手に、私を救おうと構えている。
「その人を……離せ」
「こいつしぶといな。俺が連れてくから適当に処理しとけ」
「了解だ。これは殺して良いんだよな?」
「ああ、旦那からは言われてんのは、この女をつれてくることだけだ」
旦那?
この人たちのリーダー?
誰かが私を誘拐するように指示したってことなの?
一体誰が……ううん、今はそんなことどうでもいい。
「離して! フサキ君を治療しないと!」
「うるせーなー! どうせ死ぬんだから関係ねえんだよ! つーか大人しく寝てやがれ!」
「うぅ!」
無理やり液体を飲まされた。
苦いけど甘い匂いがする。
ばらまいた毒の原液だったのだろうか。
思考が止まる。
意識が急激に落ちて、何も考えられなくなった。
◇◇◇
暗くて、冷たい。
意識が水の中に沈んている。
溺れてしまいそうなことに気付いて、私は必死にもがいた。
思い出す様に水をかき分けて、上へ上へと昇っていく。
「――ぅ、こ、こは……」
目覚めた私は見慣れない光景に戸惑う。
天地が岩、左右も同じ。
暗くて揺れる炎がよく目立つ。
ぽたりと天井から落ちる水滴が、私の頬につたる。
私は身体を動かそうとした。
ジャラン。
金属音が響く。
気付けば両手両足を鎖で縛られ、身動きがとれない状態にされていた。
「な、なにこれ?」
「お目覚めのようだね」
「え――」
暗闇から聞こえる声に、私は恐怖を感じた。
知っている声だった。
できれば二度と聞きたくないし、二度と聞くことはないないと思っていた。
なぜなら彼は……
「ラウルス……殿下?」
「もう王子じゃないよ。君たちのお陰でね」
暗闇から姿を現したのは、みすぼらしい風貌になり果てた元王子。
私を利用し、陥れて、最後には罪の全てを自白し処罰された。
そんな彼がどうしてここに?
「どうしてここに……」
「おや? 知らなかったのかい? 僕たちはあの国を追放されたんだよ」
「追放……? それに僕たちって……」
「ああ、僕と彼女だ」
コトン、コトン。
彼の背後からもう一人が姿を現す。
こちらも出来れば、会いたくなかった人物。
しかしラウルスのこと以上に、顛末が気になっていた相手。
「セリカ?」
「……」
私の妹で、ラウルスに手を貸していた錬成師。
彼女も一緒に王国を追放されていた。
その姿には生気を感じられず、人形のように乾いた目をしている。
「さて、挨拶は済んだし本題に入ろうか?」
「本題……!」
唐突に思い出す。
私の前で背中を斬られたフサキ君の安否を。
「フサキ君は!」
「ん? ああ、一緒にいたっていう子供かな? さぁどうなっただろうね? 撒いた毒は痺れる程度だし、報告は受けてないけど……死んだんじゃない?」
「そ、そんな……」
フサキ君が……死んだ?
また私の所為で、誰かが傷ついて……
「そんなことはどうだって良いんだよ。君にはやってもらわなきゃいけないことがあるんだ」
ラウルスは私に顔を近づける。
「僕のために働いてもらうよ?」
彼は笑顔を見せた。
何度も見てきた優しい笑顔……その全ては偽りだったけど。
今は優しさなんて感じない。
狂気と陰湿さに満ち溢れた気持ちの悪い笑顔に、私はぞっとする。






