46.七ノ葉草
森の奥地へ進む私とフサキ君。
私は昔からよく森を出入りしていたから慣れているけど、フサキ君も足取りが軽い。
一歩一歩に迷いもない。
看板のあった方向からは外れているみたいだけど。
「帰り道なら大丈夫ですよ~」
私がキョロキョロ左右を見ていると、それに気づいたフサキ君が先回りで返事をしてくれた。
フサキ君は左手首を見せるように持ち上げる。
「これ見えます? すっごく薄い糸が巻き付いてるの」
「え? 糸……糸……」
じーっと見つめても、フサキ君の細い手首しか見えない。
私は見えないと首を振る。
「それじゃこっち来てください」
彼は木の影を出て、葉の隙間から日差しが入り込んでいる場所に立った。
手首にも日差しが降り注ぐ。
フサキ君は、もう一度見てという風に手首をかざす。
すると薄っすら、キラキラしているように見えた。
「これが糸なんです。なんか名前忘れましたけど、めちゃくちゃ細くて頑丈な糸をはく蜘蛛がいて、その糸を使ってます」
「それってショロウグモ?」
「あーそれですそれ! さすが姉さん、物知りですね」
ショロウグモの糸は有名だ。
目に見えないくらい細いのに、強くひっぱってもちぎれない。
複数を束ねて編み込めば、刃物のキレ味にも耐えられるらしい。
実物を見るのは初めてだ。
「これをですね? 入り口から伸ばしてるんで」
「そんなことしてたの?」
「はい! 初めての場所とか、慣れてない所に行くときは必須ですよ」
さすがフサキ君、と思った。
私よりも探索に慣れているのは間違いない。
「オレと一緒にいて迷うとかないですから! さぁ早く行きましょう」
「うん」
子供とは思えない頼もしさだ。
あの公爵様に選ばれた意味がよくわかる気がするよ。
その後、私たちは木の実を採取した。
できるだけ臭いのキツイ、渋い木の実だ。
「そんなの何に使うんです?」
「七ノ葉草の保存用だよ」
「へぇ~ でもあれって葉の形で保存法も違いませんでしたっけ? もうどの葉っぱかわかってるんです?」
「大体の予想はついてるよ。このくらいの環境で育つなら、四番かな」
七ノ葉草には葉っぱの形で番号がついていて、私の予想では四番だ。
気温は高くも低くもなく、湿気は通常よりも高め。
周囲に良く育った植物が多く、特に日陰を好む。
葉っぱの形は長細い楕円形。
「すり潰すとそのまま消毒液になるから、治療とか解毒のポーションにも使えるはずだよ」
「ふむふむ、その辺りは知らなかったですね。形は確かに、そんな風だった気も~」
「確かめればわかるよ」
「そうですね。んじゃ急ぎましょう! 帰りが遅れると殿下に怒られちゃいますから!」
時計で時間を確認する。
ユレン君には夕方までに戻ってくるよう言われている。
時間的に余裕をもって二時間弱。
あまり長くは探していられないから、私たちも駆け足気味で森を進んだ。
ニ十分後――
私は木陰の隅っこで生えている草を見つける。
「あった!」
「え? どこですか?」
「ほらあそこ。木の下に生えてる草だよ」
私が指をさした場所に、口で説明した形状の草が生えている。
周りにも草が生えているけど、それだけ形が異なる。
色合いは明るめの緑。
茎は太めで真っすぐに生えていた。
「はぁ~ よく見つけましたね。一本しか生えてないのに」
「一つだけ葉の形が違ったからわかりやすいよ?」
「オレにはさっぱりでしたよ。前に見つけたのも偶然でしたし、探して見つけられるのって凄いですね」
次から次へと出てくる褒め言葉。
ユレン君みたいだ。
「で、採らないんですか?」
「まだ駄目だよ。準備してからじゃないと」
私は木の実を取り出し、その場でぐちゃっと潰した。
絞りでた果汁を七ノ葉草にかける。
続けて土を少々拝借して、ぐちゃぐちゃになった果肉と混ぜ合わせて。
「完成。あとは抜いて、茎を差し込むだけ」
「それ一本ずつやるんですか? めんどいですね」
「あはははは、確かに面倒だけどやらないと枯れちゃうから」
そう言って私は茎をぽきっと折る。
折る場所も決まっていて、地面と一枚目の葉が付いている部分の中間。
大きくズレると効果が薄れてしまうんだ。
「でも一本は確保できましたね」
「うん。できたらあと三本くらいは欲しいかな?」
「んじゃさっさと探しましょう! その臭いきつい木の実もいりますね」
「そうだね。一つは使ったし」
一本につき果実も一つ消費する。
道中で見つけられたのは二つだけだったから、もう二つくらい用意したい。
「にしても臭いですね~ あーでも、なんか慣れたのかな? 甘い匂いも感じられるようになりましたよ」
「え?」
甘い匂い?
そんなの感じないけど……
そう、私は近くで木の実を潰したから、鼻がばかになっていた。
だから気付けなかった。
周囲に漂う危ない香りに。






